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異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

<R.A.ラファティ生誕100年祭 一期一宴>@Cafe Live Wire に参加してきた

読書(海外SF) 読書関係イベント

去る11月7日ラファティのトークイベントがあったの参加してきた。いつもながら備忘録的に簡易レポート。(ラファティは近年ようやく少しずつ楽しめるようになったかなーというブログ主なので、いつもよりさらに間違いがあるかも知れず悪しからず)。また話の順番は整理のために多少入れ替えてあります

 ゲストはSF評論家の牧眞司さん、ラファティ翻訳でお馴染み翻訳家の井上央さん。井上さんはラファティと直接コミュニケーションを取った日本では数少ない方だそう。
まず牧さんから作家ラファティの紹介。
「文学者としてホメロスラブレーラファティと連なる作家だと個人的に考えている。一般的なSF作家としての受容としては、1950年代に雑誌アスタウンディング誌を中心とした論理重視だが科学技術により大衆をリードしていくようなテクノクラート思想やアメリカ覇権主義的な要素を持つ本流SFに対する反発で生まれたギャラクシー誌などに掲載される作家でウィリアム・テンやロバート・シェクリイ系譜としてとらえられていた。人類優位主義への懐疑、1960年代のアメリカンニューウェーヴの作家の一人としてサミュエル・R・ディレイニーやアーシュラ・K・ル=グィン、ロジャー・ゼラズニイらと並んで扱われていた。しかしラファティはそういう文学運動からはかけ離れた人物。(アンソロジストとして知られる)ジュディス・メリルがコンベンションで泥酔しているラファティを見て「知性のかけらもない」と評したエピソードが有名で、メリルがラファティの小説から予想していたインテリジェンスの高い人物ではなかったということを示しているが、ラファティはラジカルな政治運動家であるメリルの様な都会のインテリ女性が苦手であったのではないか。ラファティは『世界をよりよく変えていこう』という考え方を否定しているのではないが、『新しいとされている事も昔から似たような事はある。古いものの中に既にある』という考え方。」
井上さんは神戸大学のSF研究会のご出身で古くからのSFファン。神戸大他海外SF研究会など関西の大学関連のSFファンには後に翻訳家や海外SF紹介などのプロになった方々が多い(イベントの後半に当時のファンジンをいろいろ見せていただいたが執筆者に米村秀雄さん、大野万紀さん、水鏡子さんなどなど商業誌の様な名前の並びだった)。大学入学当初は遺伝学や農学関係が専攻で理系だったそうだが、アメリカ留学の際に農場で研修を行い、結局文化人類学を研究されるようになったという経歴で、水鏡子さん「agricultureで留学しcultureになってもどってきた」と言われたとのこと(笑)。さてはじめて読んだラファティの印象「アーサー・C・クラークフレドリック・ブラウンなどが好きだったが、ラファティはそうした作家の一番好きなところが集まった作家だと思った」。
他に井上さんのお好きな作家について「フリッツ・ライバー、ル=グィンなど。ロバート・アバーナシイも好きだった。フィリップ・K・ディックJ・G・バラードも読んでいた」。
ラファティの一つの短篇の背景にどれくらい深いものがあるのだろうと心酔、当時から『ラファティ馬鹿』と呼ばれるほど好きだった(笑)」。
長篇については「駄作が無い。よく読むと言いたい事を詰め込んで書いていて無駄が無い」。
翻訳家の伊藤典夫さんはラファティについて「例えば(自分は)『ファニーフィンガーズ』が理解できないが、ラファティの場合訳が分からなくてもいきなりシンクロしてしまう読者がいる」と評されたそうで井上さん御自身はそのシンクロしたタイプだろうとのこと。
「(通常の)文化人類学よりもラファティの想像力が上回っていて、深い理解に立っているのではないかと思う事がある」。
「(内容に関する質問など)ラファティに7回手紙を書いたが、全て1週間以内に返事が返ってきた」。
「(ラファティが高齢になり)何とか一度会わなければいけないと思い、体調が悪く本人は会いたくないようだが『手紙をわ渡すだけでもいい』と強くお願いし半ば強引に会った(笑)。本当に手紙を渡すだけの短い間の印象でしかないが、いわゆるホラ吹きの酒飲みのおじさんといった豪快なイメージと違い、繊細な方と感じた」。
牧さん「日本語を学んだ(が難しくて断念した)という話もあり、日本に興味を持っていたと思われ、井上さんの手紙もそういった嬉しさを感じていたのではないか。また日本のファンが小説を読んでいた事も嬉しく感じていたと思われる」。
「野生の知識人といった印象がある」。
井上さん「いったいどこで仕入れたのかという知識を持っていることがある。例えばローマに関する歴史小説The Fall of Romeにローマ時代のユダヤ人コミュニティ(?)の話が登場するが、それを読んだ本職の歴史家が時間をかけて調べて正しい事が判明し、専門家ではないラファティの情報元について首をひねった」。
「(井上さんのラファティの訳書が出版されている)青心社との縁は、海外SF研究会の企画を青木さん(青木治道さん?)が気に入ったことがきっかけ」(※ウィキペディアを見ると元々青心社は関西のSFファンによってつくられた会社の様です
「(井上さんの訳された本について)『子供たちの午後』は楽しんで訳した。難しい作品は選ばなかった。『悪魔は死んだ』はラファティ流の<アメリカの良さ>といった要素があり訳したのがアメリカで生活をした時代だったこともあってそんなに大変ではなかった。『パストマスター』は神学的哲学的な所があり、(例えば)スコラ哲学の要素を入れなければならなかったりなど難しかった。(いろいろある長篇の中で)『蛇の卵』を選んだのは中期の作品には重たいものがあって、後期の明るいリリカルなところがあるものを選んだ。また世界観的にも他の作品のガイドになり得るものを選んだ」。
「(翻訳について)詩、リズム感といったものも再現したいと考えるようになった」。
 最終盤に特殊翻訳家ラファティ翻訳者としてもお馴染み柳下毅一郎さんが登場。他大学SF研ファンジンに載っていた翻訳作品群に対抗して若さに任せて(笑)類のない長篇翻訳として『地球礁』のファンジン連載を行った話が面白かった。
 他柳下さん井上さんから今後の翻訳の話など。未訳作に詳しくないので記憶がおぼろげだが、既訳分と今後訳される分含めてアウストロのシリーズが本にならないかとか(←例によってらっぱ亭さんのHPをリンク)話題が出ていた。(お二人が推していたのは自伝の要素のある子ども時代の話ということだったのでSFマガジンの特集を読むとMy Heart Leaps Upではないかと思うが覚えている方や詳しい方御教示ください←牧さんからやはりそうだと教えていただきました。ありがとうございます!)

 出席者の方々からもラファティ作品との出会い、好きなところなどなどいろいろな話が出て興味深かった。上記のように沢山のファンジンを見せていただき、熱心なファンの方々に支えられラファティは出版されてきたのだなあと実感し、理想的な作家とファンの関係がここにあるのだなと感慨深いものがあった。
 当ブログ主もラファティの奥深さをもっと知るべく読み残しをカヴァーして既読本も読み直していこうと思った。