異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<新訳「ヴァリス」三部作記念トーク>@Cafe Live Wire に参加してきた

次から次へとコアな読書系トークショーを仕掛けてくるCafe Live Wire
 先日のSFなんでも箱に参加したら、なんと訳者の山形浩生さんを囲んでの『ヴァリス』トークショーがあるというではないか。大慌てで新訳読んで参加したっす(ちなみに旧訳創元推理文庫ヴァリス』は既読だったが三部作のその他は未読という状況)。
 山形浩生さんの他は山形さんとも古くから交友のある特集翻訳家の柳下毅一郎さんにこちらもお二人と旧知であり評論家の牧眞司さん。さらには途中から客席に翻訳家・評論家の大森望さんが登場。いやあこれは強力布陣。ディックと関わりが深くかつ踏み込んだ発言が期待出来そうな顔ぶれである。で、期待通り面白かった。
 まず牧さんから山形さんの東大SF研時代のファンジンでのディック批判が引用される(<こういう資料がいきなり出てくるからコワい(笑))。つまりディックの読者におもねる様なあざとい仕掛けが人気の秘密なのではないかと斬り捨てた内容で、
牧さんから山形さんへの質問「何故そう評価した山形さんがディックの(特に批判の対象としていた)『ヴァリス』を新訳したのか。」
山形さん「ディック批判については(ディックの神学をやたらと持ち上げるような)研究本や雑誌の特集を仮想敵とする要素はあった。『ヴァリス』旧訳(大瀧啓裕訳)について参考とする部分は多くあったが、間違っていると思う部分がいろいろあり、まず最初の章を訳し直していたら、いつのまにか続きもやるようになり、これは大変なものに手を出したなあと思いつつ最後までやることになった(笑)。」「しかし訳し直してみるといろいろ発見があって、例えば人格が分裂してその人格同士が遠回りをしながらコミュニケーションをするようなところが『スキャナー・ダークリー』に似ている」「旧訳では神学の部分が中心となっているが、神学を相対化しようとする部分もあるのでそれを直したいと考えた。」「<庭のある家>についての話が途中登場するが小説としては全体と特に関係が無く、個人的な体験も全て関係しているとの認識から(小説としてのバランスとかに構わず)書いた印象があり、そこも含んで読んで欲しい。」(ちなみにこのディック批評では吾妻ひでおの漫画に登場する<牛のような現実>というフレーズをパロディとして用いていたのだが、どうも皆さん気づいておられなかった様子(笑)←この<牛のような現実>というフレーズが思い出せなかったのだが牧眞司さん御本人に教えていただきました。ありがとうございました。
 ここでディックがどれぐらい推敲を意識していたかという話になり、そこからディックの特徴の話になる。有名作品が多く邦訳された後に邦訳された知名度の劣る書き飛ばしたような作品の解説を多く書かれた牧さんから「初期作品は特に推敲されていない印象を受ける。」
山形さん柳下さん「いや全体的に推敲はどうなのかな・・・(笑)」
柳下さん「山形訳が分かりやすい分『ヴァリス』でもフィルとホースラヴァー・ファットの書き分けのが結局あまり上手くいっていないことが分かってしまうところもある。」
牧さん「そんなディックのゆるさは一方で自己投影しやすさもあり、(良くも悪くも)<俗情との結託しやすさ>がある。」
山形さん「ディックのダメな部分が出ているのが『聖なる侵入』であれは旧訳でもいいやという気に。まあそういう訳にはいかないが(笑)」(※ブログ主は未読なのだが安易な救いが登場するダメぶりらしい笑)
牧さん「『ヴァリス』には友人からの助言に自らの神学への逡巡する様なところがみられる。実際(自らの神学を書いた)<釈義>を何度も書いては破り捨てたといわれている。」
柳下さん「そもそもディックは小説家的には三文作家(SF自体の持つ属性ともいえるが)で、狂気の部分が重要で旧訳にはそれが出ている気がする。読者に(誤解を含め)そういった部分を印象づけたところも旧訳のいいところ。山形は狂った部分が全くない人なので新訳は非常に分かりやすく素晴らしいのだが身も蓋もないところもある(笑)。」(※この辺りはオカルトにも造詣の深い柳下さんらしい発言で面白かった)
山形さん「1980年代としてはエロかった表紙もブームの秘密だったかもしれない(笑)」
牧さんからの質問「現在のアメリカでの『ヴァリス』の受容状況はどうか。」
山形さん「今やディック自体が文学研究の対象となっている。<釈義>も研究対象(文学研究、宗教的な研究)になっているほどで抜粋が出版されているが、オカルト的な要素が強いものについてはディックの遺族が表に出るのを避けているようである。」
大森さん「最近行ったサンフランシスコではディックの立派な叢書がずらりと並んでいて別格扱いだった」
(「西海岸のご当地作家なのかも」との声あり)
 ここでディックの小説の他力本願的な傾向と他の作家との比較。
牧さん「アメリカSFの一つの代表はハインラインで<自ら道を切り拓く>という傾向があるが、ディックは全く逆で他に人になんとかしてもらう様な話ばかり。自分の力では世界はどうにもならない、誰か助けてくれ!のようなところがあって(笑)、それが読者の心に響く。安易な救いが小説として機能してしまう様なところがある(笑)。」
山形さん「SFには誰かに助けを求める様な安易さがあって、例えば『幼年期の終わり』だってそんな話なのでは(笑)。」
柳下さん「アメリカSFの本質であるハインラインも一種の願望充足なのだが、ディックはまた願望充足の別な有り様を提示している。」
牧さん「願望充足とは言えない<脱け出せなさ>もある。例えばJ・G・バラ―ドの小説には一種の到達点があるが、ディックは違う。」「一方、ラファティも小説が上手いと言えない。」
山形さん「ラファティの長篇は正直何をしたいのか分からないところがある。良いのは『地球礁』までかなあ(つまり最初から三つめまでの長篇のみ?)。」
柳下さん「ラファティの小説は始まりと終わりが無く、間が語られている。」「ディックは小説が下手だが、ラファティは書き方が分かっていない(笑)。」「SFの特徴は概念をガジェット化出来る点で、その安易さをディックは武器にすることが出来、SFで本領を発揮することが出来た。」
 再び『ヴァリス』の話に。
牧さん「『ヴァリス』はSFとして成り立っていないと思う。ソフィアの位置づけも難しい。それにしても(宇宙の神秘的存在)Zebraをそのままシマウマと訳したのには有難味が無くなっててウケた(笑)。」
柳下さん「ソフィアの死によって小説として成立している。読ませる要素がある。」
大森さん「シーン単位ではディックは非常に上手いと思うが、つながりの部分が上手くない。」
牧さん「連載小説の引きの部分という点ではヴァン・ヴォクトは読者を惹きつける強さがあったが、一方次の号で全く関係ない話が始まったりしていた。彼の小説は破綻するより前にどんどん話が進むところがあった(笑)。」
山形さん「(ヴァリスの原型である)『アルベマス』は小説としては良く書かれていて、その時出版されてもいい内容だが、刊行されていたらヴァリス三部作は無かったともいえる。」
 ここで好きな他のディック作品について。
山形さん「初めて読んだディック作品の『パーマー・エルドリッチ三つの聖痕』、訳した『暗闇のスキャナー(スキャナー・ダークリー)』。(昨年訳出された処女作)『市に虎声あらん』はのちのディックを思わせる内容が多く、面白かった。」
柳下さん「『ユービック』『暗闇のスキャナー』。初めてSFを読む時何がいいのかと聞かれたので、『ユービック』をすすめた。その人に次に他『宇宙の眼』は過小評価されていると思う。一方『高い城の男』が何で評価が高いのか良く分からない。」
牧さんは話の流れからPKD総選挙の自らの投票結果を披露。⇔ http://twilog.org/ShindyMonkey/search?word=PKD%E7%B7%8F%E9%81%B8%E6%8C%99&ao=a 
また最低作品の話題も出たが(笑)、内容は忘れてしまいました残念。牧さんが「最低作品といわれても、初期の書き飛ばした作品ばかり解説を書いているからなあ(笑)」と言っていたのが印象的。それから初めての人にすすめる話題のところだったと思うが山形さんが「シマックの『小鬼の居留地』はいいよ。可愛くて。」とらしくない(笑)発言をしておられたのもこれまた印象的だった。


あと質問コーナーでラテン語の時制の質問も出るなど、聞く方も熱気十分。あと『ヴァリス』途中で映画を友人たちと観に行く場面があるが、映画『ヴァリス』のモデルとなった映画は無いものの、友人たちと映画を観に行ったの実際にあったエピソードで映画は『地球に落ちてきた男』だったらしい。また『ヴァリス』ではローマ時代とタイムスリップしたかのような部分がみられるが、ディッシュ『334』(オムニバス短篇構成)の『後記ローマ帝国の日々』という短篇があって、これも作中の現代とローマ帝国のタイムスリップがある。また『ヴァリス』でディッシュの名も出てくるので、当ブログ主は「東海岸ディッシュと西海岸ディックの間にアイディアの交換といったことはあったのか」という質問をしてみたが、テリー・カー辺りがそういった橋渡しになっていたかもしれないが、基本的には二人の年齢の差が大きく手紙のやり取りぐらいだったのでは?というお話だった。

 たっぷりディックの話が聞けて本当に面白かった。本棚をちょっと見たら話題の『アルベマス』があったので読んでみることにした。

※8/6ちょっと補足しました。多くの方に読んでいただきありがとうございました。