ジェフ・ヴァンダミアの名を初めて知ったのはSFマガジン2004年6月号のスプロールフィクション特集Ⅱだったと思う。このスプロール・フィクション、保守化していく主流派に対しジャンルを越境し革新を図っていく伴流<スリップストリーム>文学をギブスンのスプロール三部作にちなんで小川隆氏が名づけいている(SFマガジン2003年6月号)。いわば「SFともファンタジーともつかないちょっと変な小説」で、実はそういうものは日本でも大きな潮流になっている気がする。数回に渡って特集が成され一部しか読んでいないのだけれど、一番イメージにぴったりするのはケリー・リンクかな(チャイナ・ミエヴィルやニール・ゲイマンも登場しているが)。
ところが解説によると<ニュー・ウィアード>の一派の様なことが書いてあって、ン?となったのだが、またまたSFマガジン2005年5月号特集「ニュー・ウィアード・エイジ 英国SFの新潮流」を読むと英国勢に混じってたしかにジェフ・ヴァンダミアの名も出てくる。煎じ詰めちゃうとチャイナ・ミエヴィルがやや強引に(タイプの様々な英国SF作家まで巻き込もうとして)ぶち上げた「これからは今までのSFやファンタジーと違う新時代の<ニュー・ウィアード>で行くぜ!」に対して、「いやオレはちょっと違うんでないの」と及び腰になった一部の英国作家たちを尻目に、アメリカのヴァンダミアらは「オレたちはその話乗ったぜ!」となったみたい(あくまでも雑感)。たしかに読んでみたらミエヴィルとヴァンダミアあとゲイマンあたりは奇想系ホラー系といったカラーで共通する要素はある気はしてヴァンダミアの気持ちは分かる。それからヴァンダミアはアンソロジストとしても活躍していて、SF系では中心となりつつある感じはしていたので、初の本格紹介となるので期待していた。三部作なのでちょいと尻ごみしていたけどなんのなんのこれ無茶苦茶面白いよ。
前置きはさておき。本書はサザーン・リーチ三部作の一作目。
突如として世界に出現した謎の領域<エリアX>。生態系は異様な変化をし、その範囲は次第に拡大。監視機構<サザーン・リーチ>から調査隊が派遣されている。生物学者の主人公ら女性4名のメンバーに次々と問題が発生して・・・。
(以下内容に触れます)
危険領域に人が派遣され恐ろしい事が起こるというB級映画もかくやという設定で、さらに読み進むうちにこれまでも何度も調査隊が滅茶苦茶な目に遭っているにも関わらず性懲りもなく調査隊を送り続けている監視機構の非現実ぶりに一見違和感を覚えるのだがおそらくそこは計算されているのだろう。実はこの小説、テキストについての小説であり、まず全体が生物学者の手記なのだがこの生物学者が元々精神的に不安を抱えている上に序盤から早々に<エリアX>の生態系により神経を侵されていることが示唆され記述がどこまで正確か判然としない「信頼できない語り手」ものなのだ。さらには壁に現れる文字、以前の探検隊が残した断片的な記述、すれ違い生活だった夫の記述の読解、など読む解くこと/読まれることについての話が繰り返し登場する。調査隊を襲う怪現象はクトゥルーものっぽさを漂わせており、不条理な出来事を論理的に追及するところにはニューウェーヴSFっぽさもある。こうした様々な要素がいったいどこへ読者を導いてくれるのか大変楽しみである。