異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。

トン・ゼー(Tom Zé)@三鷹公会堂、行ってきた

 1960年代ブラジルの音楽を中心とした芸術運動トロピカリア(Tropicália)。1990年代のカエターノ・ヴェローゾCaetano Veloso)の再評価と共に知ったのだが、そのオリジナルの一員であるトン・ゼー(Tom Zé)がまさかの初来日。やや仕事場から遠いのだが10/31三鷹に遠征してきた。
 とはいえカエターノの来日公演は観たりしていたものの(これは素晴らしかった)、一時ほどブラジル音楽を追うことがなくなってしまい、トン・ゼー自体は来日公演が決まるまで聴いたことがない状態であった。ただ情報やジャケット、本人の佇まいからして曲者っぽい匂いがプンプンしていたので気になる存在だったこともあり、早めにチケットはおさえて少しずつ音楽を聴いていた。
 iTunes等でもいろんな曲が聴けたが、さすがに活動期間が長く、はじめは今一つピンとこない感じもあったが、だんだん面白さがわかってきた。例えばこの曲。

 
 
 実にビート感覚が新しくヒップホップ以降という気がするが、アルバムEstudando O Samba(邦題:サンバ学習)は1976年である。そしてこの曲。



 はい。このヴォイスモデュレーターの使い方。やはり直感は間違ってはおらず、変な音にぶっとんだサウンド好きの人、ブラジルのひとりP-Funk、要はジョージ・クリントンに資質が近い人だったのだ。これはまさしく当ブログ主のツボにきます(まあデビット・バーンのプッシュによって再評価が進んだミュージシャンだから当然といえば当然。1980年代にトーキング・ヘッズロック系としてはいち早くP-Funkのバーニー・ウォーレルを登用していたからね)。
 さて来日公演、小さめのハコで手作り感あふれるも、ポルトガル語のわからない当ブログ主の様なオーディエンスにも優しい、日本語字幕付きかつ同時通訳の方も随所にトークを訳すというアーティストの意図を丁寧に伝えようというスタッフの高い志がしっかりと感じられるコンサートであった。時にスペイシーな詩情あふれる歌詞と真摯なメッセージ、そしてなんとも味のあるユーモア。様々な要素を持つ豊かな歌詞世界を知ることができた。
 しかも御年83歳(!!)にして元気いっぱい、サーヴィス精神は過剰なほど旺盛、もちろん派手ではないもののちょっとした演出に百戦錬磨の特異なセンスが光る。男性の良い面と女性の良い面を・・・といったメッセージがあり、ちょっと今の時代への苦言でもあるのかなと思ったら「そんなわけで女性の下着をはきます」(!?)と言って、舞台上で一生懸命ははき始める始末(これがまたベタな赤いスケスケのやつなのよ(苦笑)。このどこまで本気にしていいのやらわからない食えない飄々としたところが絶妙で、なんともサイコーな爺さんである。
 というわけでにわか勉強に近く、少々曲名の把握が甘いのだが、この2010年のライヴ盤に収録されている曲が多かった印象である。

https://www.amazon.co.jp/Pirulito-Ciencia-Tom-Ze/dp/B003P6OXM2/ref=sr_1_5?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=Tom+Z%C3%A9+ciencia&qid=1572790075&sr=8-5

 あまりに熱心にメッセージを語るあまり予定より曲が少なくなったらしいのもご愛敬。なんとも自由で変、それでいて深遠なトン・ゼーワールドを堪能した。特に自由という点ではあまり類を見ないコンサートであったように思う。与えてくれた開放感はちょっと他にはないものだ。
 さて話が飛ぶが11/2にlivewireで世界の最新SF情報をテーマにトークが行われ参加した。その感想はまた書こうと思うが、チリ留学中の池澤春菜さんがデモの様子やそうしたデモの背景についてのお話もあった。軍事政権下でいかに文化が失われ、その後も長く影響を受け続けてしまうことについて、身近な問題として伝わった。トロピカリアも反軍事政権といった側面を持ち、また商業主義的な音楽への変質に対する危機感をきっかけに生まれている。トン・ゼーたちの行った運動がいかに重要であったか、そしてその意義は余裕の失われつつあるこの国でもあらためて着目すべきもののように思われてならない。