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異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

『パーキー・パットの日々』 フィリップ・K・ディック

ディック傑作集〈1〉パーキー・パットの日々 (ハヤカワ文庫SF)

 PKD総選挙というものがあり、やはりディックは好きな作家ので投票しようと思い、実は近年少々ご無沙汰だったディックのこの本を再読してみた。いやーなんか結構忘れてるんで新鮮に楽しんだ(笑)。

フィリップ・K・ディックの現実」/ジョン・ブラナー 的確にディックの魅力を紹介した序文でコンパクトな形としては現在でもつけくわえることも特にないのではないか。さすがである。
「ウーブ身重く横たわる」 原住民から安価で買った豚が宇宙船内にやってくる。不気味で愛嬌のあるキャラクターづくりの巧さがこの作品でもよく現れている。<奇妙な味>っぽさも感じられる。
「ルーグ」 いきなり犬が呼びかけている場面からはじまる。こうした説明を省いた場面の描写で徐々に背景を明らかにしていくのも得意としている。しかもそのテンポが素晴らしい。
「変種二号」 米ソに戦争が起き荒廃しロボット兵器が日常化してる世界。ソ連じょり緊急事態の発生についての直接会談の要請が飛びこむ。言わずと知れた名作。誰が味方かといういかにも冷戦らしい強迫観念が描かれている。
「報酬」 多額の報酬と引き換えに2年間の記憶を失った男。しかしその欠落した2年の間に自らは報酬を得る代わりにいくつかの手掛かりを残していたのだ…。「ペイチェック消された記憶」で映画化。非常に引き締まった展開の良質のSFミステリ。
「にせもの」 主人公はある日突然宇宙からのスパイ容疑で拘束されてしまう。死んだ人間の記憶を植え付けられその人物になりすましているのだと言われ、自らの潔白を証明しなければならなくなる。オールタイムベストSF短篇部門の2位に選んだ大好きな作品。以下ややネタばれで文字の色を変えるが、「にせもの」という言葉が結節点となりラストに収束するメタフィクショナルな構造が大変素晴らしい。 
「植民地」 周囲の物が襲ってくる星。幻覚かそれとも現実なのか。顕微鏡が人を襲ったりするところに奇妙なユーモアがあり、ディックらしさである。星新一作品の様な切れ味もある。
「消耗員」 これまた蜘蛛が主人公に語りかける場面から始まる。不気味でユーモラスなシチュエーション、妄想に囚われた主人公ともとらえられ得るシチュエーションの描き方が上手いんだよね。「植民地」もそうなんだけど基本は1950年代SFの典型的なアイディアストーリーの骨組みや道具立てなんだけど、そこからアイデンティティの揺るがすような悪夢的な世界を現出させ全く別物を作り上げてしまい、同年代の凡百の古びてしまった作品の数々とは全く違う時代を超越した人間の本質を突く作品にしてしまう手腕をひしひしと感じる。
「パーキー・パットの日々」 核戦争後生き残った人々はそれぞれの穴に閉じこもる小さいコミュニティに別れて暮らし、人形遊びにいそしんでいる。これもディックの特質が十二分に生かされた名作だろう。ケア・ボーイ、まぐれ穴、パーキー・パット等、独特のスタイリッシュな言語感覚で読者がつい口ずさみたくなる造語を説明抜きにどんどん入れてスピーディに展開するカッコよさはディックならでは。またこの人形遊びのルールは良く分からないところが多いのだが、読んでいる間読者に全くそんなことは感じさせない。例えば勝負の相手がコニー・コンパニオンという成熟した女性設定の人形を持っていることで、「相手は強い、負けそうだ」と主人公が感じるんだけど、よく考えるとその人形設定と勝負の結びつきが分からない(笑)。ところがそれを他の作家には見られない強い腕っ節でそういった悪夢の世界に強引に引きずり込まれてしまうのだ。それは主人公の生活描写だとか細部や本人の強迫観念に圧倒的な説得力があるからだろう。
「たそがれの朝食」 米ソの全面戦争で終末感漂う世界。そこからの脱出を主人公が図るが…。これもアイディアストーリーのつくりなんだが、印象に残るのはその苦さの方。
「フォスター、おまえ、死んでるところだぞ」 戦争が常態化した世界で、軍備への積極的関与が美徳とされている中、反体制的な父親との関係に苦しむ主人公。しみじみとした良さがある。

 1950年代の作品が多く、その時代らしいアイディア・ストーリーの形の物が多い一方で、こうした作品が当初は普通のSFとして受け取られていたのもなかなか面白い。色んなディック傑作短篇集があってどれをまず選んでいいかと迷いが当然あると思うが、ハヤカワの1991年に出たこのディック傑作集とそのシリーズはセレクションが良くおすすめである。