異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

扇湖山荘(鎌倉園)をようやく見てきた

さて以前のブログで扱った鎌倉園こと扇湖山荘、

https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kamakura-kankou/event/1125senkosansou.html

(全くご存知でない方のために補足。わかもとで財をなした長尾欽彌の別邸がここ。私事になるが、鎌倉に転居して散歩していたら広大な敷地の自然豊かな場所があることに気づいたのだ) 

平成22年鎌倉市に寄付されてから時々公開している。たぶん昨年からではないかと思うが全く気づいておらず、久々にググったら今年の公開が近いことを知り今日見てきた(とはいえ危うく忘れそうだった。どうも最近記憶がゆるくていけない(苦笑)

https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kamakura-kankou/event/1125senkosansou.html 

これまで閉じられていた黒い門が開いた!

もうそれだけで大興奮である。

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さてまずかやぶきの門というのがある。

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ここから入って右が椿園になっている。残念ながらもう花は終わり気味なので写真は省略。ただ鶯が鳴いていた。整備された庭園や植物園と違って普通に木の近くに行けるのが新鮮。

メインの建物は本館というようだが、もう一つ鄙びた伏見亭という茶室がある。

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庭がうまく撮れなかったが、部屋は複数あって割とここも広い。やや小さめながら角度によっては海が見える庭は季節の変化が楽しめそうだ。

結構な広さで存在感があるのが竹林。今日は風が強く、竹の当たる音が響いて風情があった。

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紅葉もそこかしこにあり、うっかりしていたが桜や梅に紫陽花あるようだ。

そして本館からの海の眺め。

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扇のように見え海なのに湖のように穏やかで扇湖山荘とつけられたという。

昭和9年に飛騨高山の民家を移築・改築したというのがこの本館。

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どことなく鎌倉文学館(旧前田侯爵家別邸)を思わせる和洋混合のつくりが時代を偲ばせる。まあ微妙につくられた時代は違うが。

椿トンネルを抜けて一周し終了。

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おそらく公開されたのは一部なのではないかと思う。少なくとも通行止めの通路はあって、もっといろんな角度から庭が楽しめそうだ。あまり庭園に詳しくないので雑感だが、これだけの規模の庭園は鎌倉にはなかなかないのではないか。その分維持も大変と思うが、なんとか保存されて欲しいと思う。

その存在に気づいて10年。ようやく夢が叶った。

秋にも公開があるらしい。美しい紅葉が楽しめそうだ。

 

 

 

 

 

2018年3月に読んだ本

『鉄の夢』ノーマン・スピンラッド
 途中まで読んだ状態で数年放置していたがようやく読了。アメリカに渡ってB級SF作家になったアドルフ・ヒトラーが書いた「鉤十字の帝王」とその解説からなる、改変歴史ものの入れ子構造で有名な作品。もちろんこの「鉤十字の帝王」は安っぽく歪んだ小説として作られているのだが、ソ連に支配された世界の中で書かれた設定になってる解説の方もまたその政治観を括弧付きで読まなくてはいけないというひどくねじくれた作品でよくこんな考えるだけでも面倒な代物を形にできたなあとほとほと作者のひねくれたセンスに感心する。さらに書かれた後にソ連が崩壊してさらにまたもうひとひねり加わっているところも元々の発想の秀逸さゆえだろう。
『盤上の夜』宮内悠介
 囲碁、チェッカー、麻雀、チャトランガ、将棋にテーマをとり、現代社会に生きる個人の苦悩と世界認識といったスケールの大きいテーマにつなげていく、あまりに見事なデビュー作。鮮やかなアイディアとストーリーテリングの合間にのぞく勝負に生きる登場人物たちの孤独と切迫した心象風景が痛みと共に胸に響く。
『アメリカ最後の実験』宮内悠介
 アメリカを舞台にしたスピリチュアルな音楽小説。作者の一味違った一面が感じられる。
『ユートロニカのこちら側』小川哲
 『ゲームの王国』の前にひとまず読んでみた(いやそちらはいつ読めるかわからないがw)。人々が自ら入居を希望する高度な管理実験都市が成功しはじめた近未来。実存に関する精緻で切実な問いかけと秀逸なアイディアがバランスよく融合し、この作品もまたデビュー作とは思えない端正な連作長編。
『柔らかい月』イタロ・カルヴィーノ
 大きくは天体から小さくはミクロの世界、さらには幾何学まで自由自在。数理的なイメージあふれる奇想で抜群に面白い。カルヴィーノやっぱりっすげえ。積読していてはいけなかったw
『砂の本』ホルヘ・ルイス・ボルヘス
 再読。以前ぼんやり読んでいたせいか、「汚辱の世界史」などにピンとこない部分があったが、正史には描き切れないこの世界の不可思議さをとらえていこうというボルヘスのセンスがしっくりくるようになった。いろんなところから引っ張ってくるところはDJ的でもあるね。これまた今更だがやっぱりボルヘスもすげえw
『サピエンス全史』ユヴェル・ノア・ハラリ
 これね・・・。ホモ・サピエンスの進化に関する最新の研究を紹介した本だと思ってたんですよ。読み始めたらなんか違っていたんで随分時間がかかりました。まあ予想と違っていたんで誰のせいでもないです自分のせい。とにかく読み終えましたw
『動きの悪魔』グラビンスキ
 鉄道ネタというしばりにしてはバラエティに富んでいてグラビンスキはなかなかアイディアがある人だなあと感じる。ある意味幸福な鉄道の仕事に没入してしまった男を描いた「音無しの空間」、妙にエロティックで異様な熱量の「車室にて」、どことなくラヴクラフトっぽいタイトル作、マシスンのようなSFホラー「待避線」などが面白く、グラビンスキのセンスは先駆的で現代にフィットしていると思う。 

3月に観た映画など

とはいえ劇場で観たのは1本のみ。来週は観られないので備忘録。
劇場で観たのは
ブラックパンサー」(2018年)
 宣伝で知ってからアフロフューチャリズム好きとしては観たくてたまらなかったのだが、時間がなくてようやっと。内容は期待以上のもので大変素晴らしかった。まずはこれまでメジャー映画では人種差別や歴史を扱ったシリアスな作品やストーリーの周縁をいろどるものでしか登場しなかったアフリカ文化が従来の壁を打ち破るド派手なSFアクションの文脈で真正面から取り上げられているところが凄い。ストーリー、映像、音楽、配役・演技どれも上質で文句なしの完成度だ。本国で大ヒット、エポックメーキングでありまたアフリカンアメリカン的な文化の浸透があることが感じられる。しかも対立構造として密かに文明の発達させ豊かに暮らすワカンダと世界で苦しむアフリカ同胞たちを無視していいのかという人々(世界を牽引しようという動きが常にある米国の文化が背景にあるアフリカンアメリカンという立ち位置が象徴的)があって現実社会を反映しているところもアクセントを加えている。SFとしてはヴィヴラニウムという架空の物質で進歩した文明というかなり古式ゆかしい伝統芸的なものを基盤としているのでそこに目新しさはない。また十分に配慮されたものとはいえアフリカ文化への視点がまだまだステレオタイプだとする批判もあるようだ。 
http://www.monitor.co.ug/OpEd/columnists/DanielKalinaki/film-Black-Panther-okay-statement-deeply-problematic/878782-4342070-rhp3igz/index.html 

しかしそれを鑑みても本作の存在は歴史的なものとなるだろうと思う。本作のポイントは薄汚れたそしてゴールも廃品でつくられたようなバスケットボールコートで遊ぶ少年たちだ。貧しい少年たちが夢を抱くのはバスケットボールプレイヤーやヒップホップアーティストかはたまたドラッグディーラーやピンプだったりしてしまうかもしれない。そして彼らの一部は宇宙を見上げそこからマザーシップが救いにくるのを待っている・・・アフロフューチャリズムにはそんな面があるように思う。ワカンダは宇宙にあるわけではないが、伝統と先端技術が融合した(ある意味荒唐無稽な)夢の国だ。ティチャラ(ブラックパンサー)が空からやってくるのは偶然ではない。空を見上げる彼らを救ってくれる存在なのだ。そう思うとティチャラがジョージ・クリントン(若い頃)に見えてくるのだった。

カッコーの巣の上で」(1975年)
 TV録画視聴。精神病院を扱った映画で社会派として認識していたが、実際の社会問題云々は別として(時代も変化して意味も変質するだろうし)、映画自体は抑圧とそれに対する抵抗といったもので米国らしい作品といえる。登場人物たちそれぞれの苦悩がからみあって進むストーリーはバランスよく完成度が高い。各種賞を受賞したのも当然だろう。

「極底探検船ポーラーボーラ」(1977年)
 TV録画視聴。円谷プロの日米合作映画。まずはジェンダー的な描き方でアウトなんだが、ストーリーもグダグダ特撮もしょぼいという見るべきところのない作品。ちなみにところで川本博士役の中村哲はどことなくThe Man in the High Castle(半分くらいしか観てないw)のCary-Hiroyuki Tagawaを思わせる。米国視線からの重厚な日本人顔というか。

海の近くに住んでいるが雪が降ってもタイミングが合わないとなかなか景色が見られない。
今日は3月で休みなのでちょっと散歩に出てみた。
雪と桜
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雪と梅
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海に着いた。薄っすらと砂浜に積もっている
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こんな寒さでもサーファーが
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気温のせいだろうか海から蒸気が上っている
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いつもは人気のレストランのテラスもこんな様子
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おしまい

2018年2月に読んだ本、と観た映画・美術展

2月はとりわけあっという間に過ぎてしまったので(当然)、全部まとめて。

横浜駅SF』柞刈湯葉
 失礼ながら意外にもアイディア豊富で話のバランスも取れていて面白かった。ちなみに昨日も現実の横浜駅はまだ工事を続けていた(笑)。

『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』マイクル・ビショップ
 シミルボンに投稿。
 
shimirubon.jp


『ポオ小説全集2』
 「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピム」集中半分の分量を占めるポオ唯一の長編。まさしく波乱万丈なんでもありの起伏に富んだ展開で意外なラストも含めとてつもないエネルギーに満ちた作品。現在となっては差別的な部分があるのは記さないといけないとしても、細部の書き込みは執筆時の状況がよく反映されていて貴重な記録にもなっている。
「沈黙」一読ではなかなかとらえきれないが東方やアフリカのイメージが強い。ポオの幅広いセンスが感じられる。
「ジューリアス・ロドマンの日記」アメリカ開拓記これまた当然差別的な内容であるが、それを除けばストーリー・テリングは巧みでいろいろ当時の状況がつかめる小説ではある。
「群集の人」掌編だが空虚な現代人の内面を虚構の手法で切り取ったかなり先取のセンスが感じられる作品。
「煙に巻く」軽妙な味のミステリといったところかなあ・
「チビのフランス人は、なぜ手に吊繃帯をしているのか?」ちょうバカバカしいユーモア小説。でも楽しいよね。
小林秀雄訳であるボオドレエルの解説当然文章が現代ではやや硬いので読みやすくはないが時代を感じさせて悪くない。

『カブールの園』宮内悠介
 アイデンティティに揺れる日本ルーツの米国在住者を描く(いわゆるSF要素はほとんどない)一般小説2編。いずれも傑作だが特に「半地下」が素晴らしい。

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド
 シミルボンに投稿。
shimirubon.jp

映画は1本のみ。
「悪女 AKUJO」
 秘密組織で育成された女暗殺者は育ての親である男に恋心を抱きやがて結婚するが、男を敵対する組織に殺され復讐に成功するも逮捕され、子どももいる彼女はミッションを10年間に果たせば自由の身にさせてやるという約束の基に今度は国家に雇われる。しかしてそのミッションは・・・という話は後半多少バタバタした感じに展開するんだが冒頭と終盤のアクションは斬新だったので一見の価値あり。

美術展いくつか行った。
<ルドルフ2世の驚異の世界展>@渋谷Bunkamura
ハプスブルク家神聖ローマ皇帝で1583年に首都をウィーンからプラハに移したことで知られる。アルチンボルドブリューゲルやサーフェリーなどの絵画、ケプラーガリレイの貴重な書籍もよかったが<驚異の部屋>の舟形杯、象の形をしたからくり時計が素晴らしかったなー。最後の立体アルチンボルドも楽しい。
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ブリューゲル展>@東京都美術館
 さてそのブリューゲル、初心者には有名どころだけでも三代と沢山いてわけわからん!ということなんだがわかりやすい展示で今回大変ありがたかった。それにしてもピーテル1世(まあいわば元祖)にピーテル2世(長男)、ヤン1世(ピーテル元祖の息子、ピーテル2世の弟)にヤン2世(ヤン1世の息子)とここまではいちおうついていけるとして、ここにヤン・ピーテル・ブリューゲルとゆー奴が登場したりする(ヤン2世の息子、つまり元祖の孫の世代)。そんな状況に元祖に対し「ボス2世」と称されることもあったというさらに混乱をぶち込むスタイルの解説文が好き(<絵の話をしろよ)。

プラド美術館展>@国立西洋美術館
 上野に行ったのでこちらも合わせて観てきた。とにかくベラスケスが大好きなのです。圧倒的だと思うのですよ技量が。現代に直接通じる画風でスッと入ってくるし。自分の中ではNo.1の画家。音声ガイド行く前は聞かないつもりだったんだがミッチーだったので聞くことにした(笑)。ガイドを聞いたりしながら、ベラスケスはエリート主義者というか上昇志向が強くて近くにいると嫌な人物だったかもなあとも思ったり。でもそういったことは評価には関係ないな。本質を見つめることができてそれを表現する力があったのは作品から明らかだもんね。
 

2018年1月に読んだ本(それから参加したイベントなども)

もう2月か・・・。読んだ本やイベントの話など。
黒死病ーペストの中世史』ジョン・ケリー
 14世紀のヨーロッパを席巻したペストの広がりを丹念に追った研究書。病原体の特定ができていない時代の大量死についての貴重な記録がまとめられていて発見が多い。病の深刻さも去ることながら繰り返されるユダヤ人殺害の歴史に暗澹たる気持ちにさせられる。ちなみに最近ナショナルジオグラフィック黒死病感染経路に新説うんぬんの記事が出ていたけど、2005年原書刊行、2008年翻訳刊行の本書にも同様のことが既に書かれていると思うよ。

1月12日には丸屋九兵衛さんのトークイベントSoul Food Assassins4+Q-B-CONTINUED21が開催され、例によって参加してきた。特にSoul Food Assassinsの方は映画「オール・アイズ・オン・ミー」公開記念ということで、2Pacが遅れてきたブラック・パンサーという面を持っていることがわかった。ダブ・ポエトリー(レゲエでポエトリー・リーディングをする)のリントン・クウェシ・ジョンソンがブラック・パンサーであったことにも驚かされた(British Black Panthersなんてのがあったとは!)。もちろんQ-B-CONTINUED21のキングスマン2公開記念ロンドン・英国文化特集も丸屋さんらしい異種混淆文化分析が面白かった。こちらに太田出版のレポート。
www.ohtabooks.com

このイベントに合わせて丸屋さんの本も2冊読んだ。
『丸屋九兵衛が選ぶ2パックの決めゼリフ』
 括目せよ!第1章が「時には準宝石のように」だぞ!
 閑話休題。2パックが出自からもブラック・パンサーの影響を受けているのはよくわかるが(母・実父・継父みなブラック・パンサー)、激しく短い生涯のため、ともすると偏ったイメージ(特に暴力的な)がつきがちな彼のシェイクスピア好きで読書家、元々NY出身の俳優志望で人好きのする青年と多様で意外な人物像が浮かび上がってくるのが最大の読みどころだ。北カリフォルニアと南カリフォルニアの文化の違いというのも本書ではじめて知った。とにかく2パックにより興味が沸き起こってくる一冊である。もちろん決めゼリフだけにブラックカルチャーでのさまざまな言い回しの紹介も楽しい。
『丸屋九兵衛が選ぶヒップホップの決めゼリフ』
 こちらは2014年に出た本。実は一時G-funkやEminemを聴いたぐらいのうすーいヒップホップリスナーなので、言い回しのさまざまな面白さに加えていろんなヒップホップアーティストの関係みたいな部分がこれからいろいろ聴くための手がかりになる感じだ。特にLil Wayneはちゃんと聴いておきたいところ。あとがきにはこの本で2Pacのフレーズが紹介されていないことを後悔されていて第2弾を考えているとつづられていて、なるほどそれが3年後に実現したのだなあということもわかった。
ついでに
『ブラック・パンサー』レジナルド・ハドリン
 名前だけ同じで政治集団とは関係ないアメコミの方も読んでみた(まあネーミングとしてはつくる側になんらかの意図はあったのかもしれないが・・・)。こちらは進んだ技術と豊かな資源で欧米に追随せず自立を保つ架空のアフリカの国の王がヒーローでもあるという作品の翻訳。痛快アクションで楽しかったが、付録的な原型の古いコミックが時代を感じさせていろいろ興味深かった。映画のおかげで翻訳されたのだろうけど波及効果はありがたい。
Gil Svott‐HeronのThe Revolution Will Not Be Televisedがサンプリングされたちょっとかっこいい曲が予告編にあって、映画自体も期待したいな。
youtu.be


『隣接界』クリストファー・プリースト
 シミルボンに投稿済み
shimirubon.jp

 さて奇妙な世界の片隅でのkazuouさん主催の怪奇幻想読書倶楽部第12回読書会にも参加させていただいた。
kimyo.blog50.fc2.com
今回は迷宮・巨大建築ものとポー。楽しくいろんなお話をさせていただいた。迷宮・巨大建築ものは基本的にはあまり読んでいないのでいろいろ新しい情報を与えていただいた。ポーもこの機会に創元の全集を読み始めることになり、ちょうどいいきっかけになったしやっぱり偉大な作家であったことが今まで以上に理解することができた。
ということで
『迷宮1000』ヤン・ヴァイス
を読んだがこちらもシミルボンに投稿済み。
shimirubon.jp
で、創元推理文庫のポオ小説全集は初期は難物と聞いて3、4を読んでみた。いずれも面白かったし、本格ミステリ、怪奇、ファンタジー、SFなどなど多様なタイプの小説を残し随所に現代にも通じる視点があることに驚かされた。小説の神に愛された人だと思う。

 そうそうようやく評判の
『堆塵館』エドワード・ケアリー
 読んだよ。評判通り面白くて一気読み。ゴミから財をなした謎めいたアイアマンガー一族とその大きなお屋敷の話で、一族は誰もペアとなる<物>があり、主人公の少年はその<物>の声が聞こえるという設定、19世紀末ロンドンが舞台と道具立てがまず秀逸でしかも息もつかせぬストーリー展開。次にいきたいところだが他にもいろいろ読みたいものがあって・・・。

 それから生頼範義展にも出かけた。
上野の森美術館 - 展示のご案内 - 生賴範義展
もちろんこの人の表紙やポスターで育った世代だからねえ、まとめてみると感慨深いものがある。SFアドベンチャー表紙の女性シリーズは懐かしくて全集といわないまでも活字でいいから完全リストが欲しいくらい。文庫や本のタワーのところがレア本もあったりして妙にテンションが上がったりもしたが(笑)。
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2018年1月に観た映画

年明けてから家での観賞を含め何本か観たので感想(たぶん今月はもう観ない観られない)。

君の名は。」(2016年)
 ようやく観た(パソコン視聴)。基本的にアニメは詳しくないのだが、古典的な入れ替わりテーマを定石を適度に外しつつテンポよく見せている手つきは巧みでよくできていたと思う。特に興味がなくても耳に残ってしまった前前前世の曲が流れるまで冒頭から少し時間があるのも長いオープニングといった趣向で観客を惹きつけていくところがあったし、そもそも全体が長いオープニングのようでもあった(それ自体はストーリーの引っ張りがうまいということでもあり、手法として悪いことはではない)。しかしどうしても納得がいかないところがある(ここからネタバレなので一部文字の色を変えます。まあもう既にネタバレは多くの人がしているようですが、自分のように遅れて観るけど予備知識を入れたくない人は以下は読まないでください)。核となるアイディアは入れ替わる三葉と瀧には3年のタイムラグがあるというのに共に気づいていないというものだ。入れ替わった時には夢の中にいる感じなので記憶がおぼろげという描き方なので、気づいていないというところまではまあいいだろう。ただお互いの体が入れ替わった体験があるという設定がある上で、三葉が瀧に会いに行き偶然会ったところで「その少年が瀧であることに気づくが、それでいて3年前の瀧であることには気づかない」というのはどうだろうか。この二人には3年のズレがあるので、入れ替わった時のやり取りは同い年の17歳が喧嘩したり相談したりするという描写(に自分には感じられた)で、そうなると三葉は自身が入れ替わって体験した17歳の瀧ではなく14歳の瀧に出会っているわけである。それなのにその違和感についての描写はほとんどなかったように思われる(身長が変わっているとかそういう意見もネット上ではあるようだが、そういう間違い探し的なものについてはこの際置いておく)。3年というのはティーンエージャーにとってものすごく大きい(時に残酷な)時間のギャップでそこが青春ものの作品では重要なのではないだろうか。たとえば14歳の瀧はもっと幼くなければいけない。ならば見知らぬ高校生のお姉さん(である三葉)から声をかけられて、都会の洗練された少年であると思しき瀧が「お前」とかいうのだろうか。あるいはもし入れ替わった時の記憶がぼんやりしているのなら三葉がすぐ瀧と認識ができることがおかしいことになる。口噛み酒キモイとか、終盤の展開が説明不足とか入れ替わった時に日付も見ないのかとか、瀧が過去に三葉に会ったのを忘れているのにもらった紐は大事にしているのが変とかのとかまあいろいろあるのだが、むしろ個人的にはこの「瀧が3年前の瀧であることに三葉が気づいていないが最大の疑問点青春もののフォーマットを使用しているのに、変わっていく時間に対する視点が雑。(もしかしたら細部でつじつま合わせはあるのかもしれないが)作り手が3年という少年の成長に重きを置いていないのは明らかで、人工的に類型に押し込んで机上の論理でまとめている構図が透けてみえてしまった。だって別のエピソードでは奥寺先輩は誰か知らない人と結婚しちゃうわけでしょ。そこでは時間の変化があることを描いているってバランスが悪すぎるだろう。ちなみに学生時代に慣れ親しんだ東京のエリアが出てくるということを旧友に知らされて慌てて観たのだがそれなりにわかったもののそれほど直接的ではなかったなあ。あの階段のところも位置はわかるがほとんど行ったことがないな。雪の新宿は記憶がある。都内では珍しい大雪の日があってたまたまその日はオフ日で当時は新宿近くに住んでいて電車も動いていたので西新宿の高層ビルのエリアをわざわざ見に行ったことがある。休日でさすがにほとんど人は歩いていなくて世界が終わったかのような実に美しい光景だった。ただこの作品で出てきたのはあくまでもちょっと降っている程度の新宿だったが

「新感染 ファイナルエクスプレス」(2016年)
 特急内にゾンビが現れるパニック映画。軽くネタバレをしてしまうとずっと鉄道に乗りっ放しというわけではない。ただ無理に乗りっ放しの図式にこだわらず、適度にメリハリをつけつつ全体としては鉄道や駅が効果的に生かされ伏線もよく効いてエンターテインメント性の高いノンストップアクション作品に仕上がっている。主人公のファンドマネージャーを演じるコン・ユは大沢たかお東出昌大似のイケメンでカッコいいが、肉体派マ・ドンソクがよかった。ああいう顔と存在感が韓国俳優の好きなところ。背景には社会不安や政府など管理する側への強い不信感が人間のエゴイズムの恐ろしさといったものが垣間見えるが、下記の「ソウル・ステーション・パンデミック」と比べると間接的描写にとどまっておりその分娯楽性寄りのスタンスと感じられる。

「ソウル・ステーション・パンデミック」(2016年)
 「新感染」と同じヨン・サンホ監督で、前日譚といった内容のアニメ映画。本来はアニメ監督らしい。こちらは駅やソウルの街が舞台。貧しく裏社会とつき合いながら生きざるを得ない若者たちや一般社会から疎まれるホームレスたちがゾンビに襲われ、助けを求める国に切り捨てられるという情け容赦のない展開の上にダメ押しともいうべきキツいオチが決まるというなかなかヘヴィで社会に対する怒りがこめられた作品だった。検索した感じだと社会派的作品が多いようで、納得。他もそのうち観てみたいな。

キングスマン:ゴールデン・サークル」(2017年)
 実は1作目未見(今後はこういうことが増えそうだなあ・・・なるべく避けたいが時間がないので・・・)。なるほどこれはUK文化萌え映画なのだな。特にアルコール礼賛(スコッチ>>バーボン)、UK-USギャップものでもある。ちょっといい加減なところもあるけどまあダレ場もなかったし楽しかったから許すか。たぶん評判のよかった1作目は必見なのだろう。いつ観られるかが問題なのだが(苦笑)。