異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。

2020年8月に読んだ本(スプロール・フィクション特集で少し調べてみました)

 少し早めに更新。
 久しぶりにシミルボンに投稿しました。
 筋金入りのパンクSF。かなり激しい小説だが、多く読者に手に取ってほしい作品である。

『タイムラインの殺人者』アナリー・ニューイッツ
早川書房リンク
 
 SFマガジンを読んだ。
まずは(進みはのろいが)スプロール・フィクション特集のフォロー。SFマガジン2004年6月号二回目の特集(一回目の感想はこちら)。
2004年から時間が経っているので、その分、監修の小川隆氏が率いたムーヴメントが浸透をしていることが各作家の翻訳作品がその後出版されたことで確認ができる見事なセレクションともいえる。各作品の感想に加え、その後の翻訳本をざっと振り返る。ちなみに()内は翻訳刊行年(例によりameqlistを参考にさせていただきました。いつもありがとうございます)
「ジョン」ジョージ・ソンダース
 背景ははっきり説明されないが、なんらかの理由で管理下に置かれた若者たちについての小説で、どうしても昨今の社会状況を思い浮かべてしまいラストも不穏な印象を受け取る。この時点で『パストラリア』(2002)『フリップ村のとてもしつこいガッパーども』(2003)が刊行されていたが、その後も『短くて恐ろしいフィルの時代』(2011)、『人生で大切なたったひとつのこと』(2016)、『リンカーンとさまよえる霊魂たち』(2018)と順調に紹介が進んでいる。
「ある日の”半分になったルンペルシュティルツヒェン”」ケヴィン・ブロックマイヤー
 半分になってしまったルンペルシュティルツヒェンの暮らし。カルヴィーノの『まっぷたつの子爵』を連想したが、特集解説によるとカルヴィーノ創作コンテストの首席に選ばれ、開催した雑誌に載ったものと記されていてなるほど。奇妙な味系で残酷なユーモアが楽しい。『終わりの街の終わり』(2008)『第七階層からの眺め』(2011)が刊行された。これらは残念ながら未読だが(特に後者は)短編好きの間では名前が挙がることの多い本である。
「基礎」チャイナ・ミエヴィル
 男の耳から離れない<基礎>の声。ミエヴィルの重く怖ろしいヴィジョンに打ち震える。傑作。ミエヴィルはSF/ファンタジーでは人気作家。この時点では『キング・ラット』(2001)のみだったようだ。その後『ペルディード・ストリート・ステーション』(2009)、『アンランダン(2010)、『ジェイクをさがして』(2010)、『都市と都市』(2011)、『クラーケン』(2013)、『言語都市』(2013)、『爆発の三つの欠片』(2016)、『オクトーバー -物語ロシア革命』(2017)と年間ベスト作品や話題作が並び、今や巨匠の風格が漂う。
「飛ぶのは未だ超えざるもののため」ジェフ・ヴァンダーミア
 ラテンアメリカ文学の影響を感じさせる、シリアスな背景を持つ幻想譚。作品としては<サザーン・リーチ>3部作(2014-2015)が翻訳されたが、(特集で記されているように)アンソロジーの編集者・批評家としても活躍していることもあり、ノンフィクション『スチームパンク・バイブル』(2015)、『ワンダーブック』(2019)が訳出されていて、そうした人物を押さえているあたりに小川隆氏の紹介者としての偉大さが感じられる。
「ほかの都市の物語」ベンジャミン・ローゼンバウム
 カルヴィーノ『見えない都市』(あるいはササルマン『方形の円』)を思わせる様々な都市の掌編。古から続く権力者たちがわがものと欲する都市の幻想譚「平和の都」、幻の都市「アヘイヴァ」、バラードの未来都市を彷彿させる「イラズ・チョイス」、犯罪が跋扈し探偵業が発達する「ズヴロック」、キノコトリップシティ「ジュイゼル=オ=シャンテ」といずれも面白い。
結局今でも訳書はないのが残念である(SFマガジンでは短編がいくつか)。
「境界なき芸術家たち」テリ・ウィンドリング
 不勉強ながらこの人物のことは全く知らなかったのだが、ファンタジー系の編集者として有名なようだが、<間隙芸術>というキイワードを使用しているように、越境的なセンスを自覚的に推し進めていて自身も作家であり、またヴィジュアルとのコラボレーションについても積極的に取り組む姿勢が文章内にみられる。こうした人材がこの<スプロール・フィクション>提唱の一つの背景であるように思われる。

SFマガジン今年の号も読んでみた。
2020年6月号
「鯨歌」劉慈欣
 デビュー作。ちょっととぼけた感じのユーモアがある。
ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」P・ジェリ・クラーク
 タイトルの通り奴隷制をテーマにしたスリップストリーム傾向の作品。奇想と皮肉なユーモアがほどよく混ざり、面白かった。
英語圏SF受賞作特集
 橋本輝幸氏の特集解説は多様なメディアから得た情報を俯瞰していてコンパクトで分かりやすく、ありがたい。
「ガラスと鉄の季節」アマル・エル=モータル
 シスターフッドを感じさせるファンタジー。靴に抑圧のイメージが重なるのはわかるが、毛皮は獣性・暴力か。鉄はなんだろう?
「初めはうまくいかなくても、何度でも挑戦すればいい」ゼン・チョー
 韓国の伝承イムギを題材にしている。マレーシア出身、英国在住とのことで、韓国にルーツがある作家なのかは分からないが、龍になれない存在というのはなかなかフィクションとして魅力的で、現代的なちょっとユーモアの漂う温かいファンタジーに仕上がっている。
「ようこそ、惑星間中継ステーションの診療所へー患者が死亡したのは0時間前」キャロリン・M.・ヨークム
 ゲームブック風の形式をユーモアSFに導入した感じ。まあまあかな。
緊急企画「コロナ禍のいま」は各作家が現在どのように考えているかのレポートとして断片的に面白く思える内容もあったが、さすがに現在進行形の問題であり、どうとらえるかについてはなかなか難しいところもあるな、というのが正直なところである。


ジョイスケルト世界』鶴岡真弓『複数の架空の語り手で進む、ノンフィクションとしては変わったスタイルだが、ジョイスには不案内な自分にもそのルーツの重要性がわかり、異形の生き物が出てくるケルトの伝説の魅力、オスカー・ワイルドの母の功績など知ることが多く、非常に面白かった。
※2020 年9/14追記 NHKBSで2000年の番組の再放送「小泉八雲アイルランド幻影」やっていたので録画してから観てみた。やはり映像があるとわかりやすい。八雲のトラウマ体験で、小さい頃に年長の従姉妹からかけられた言葉(地獄で焼かれるぞ永遠に!みたいなやつ)が出てきた。コワかったなあ(笑)。
『おれの目を撃った男は死んだ』シャネル・ベンツ
 新鋭の短編集。2014年に本書に収録されている「よくある西部の物語」でO・ヘンリー短編賞を受賞しているように、どの作品も高度の技巧性を持ち、読者の意表をつく。全体にノワールっぽさがあることや、現代を舞台にしているものより、古い時代を舞台にしているものがやや目立つのが面白い。
『世界が終わるわけではなく』ケイト・アトキンソン
 予備知識なく読み始めたら、バラエティに富む作品がゆるやかにつながるかたちになっているのが(かっちりした連作短編集というわけではないものの)ユニークな風味を醸し出していて良かった。

またまた丸屋さんオンラインイベント備忘録

丸屋さんのオンラインイベントは以前聴いたものでも大幅にアップデートされていることが多いので聴き逃せない。
真夏の万物評論家スペシャルで公開されたものを(ディレイで)視聴。
・Q-B-CONTINUED vol.11 REMIXED】サバクトビバッタだけじゃない!地球は昆虫帝国だ
 これは以前観に行けなかった企画。口も触角も足だったというのはすごい。
・【Soul Food Assassins vol.16】アメリカ黒人ヒストリー
 Soul Food Assassinsというタイトルに隠された意味(気づきませんでした)など、地域による奴隷制度の違い(合衆国に酷さ)、「国民の創生」によるKKKの再隆盛、Bootsyの名の由来などなど発見が(いつもながら)多く、特にハーレムルネッサンスの文化的な幅広い力が印象的だった。今後行われるだろう、後の時代の話も楽しみ。
・【Q-B-CONTINUED vol.40】さらばレッドスキンズ!今こそネイティヴアメリカン
 ネイティヴアメリカン文化・歴史について全くの無知であることを気づかされた。多様な文化があり、こちらの頭がステレオタイプでしかとらえていないこともわかった(「無知は罪である」という丸屋さんの体験に基づいた話も重い)。苦難の歴史の中で、ハードロックカフェネイティヴアメリカン経営だというのはちょっと驚かされたし、贔屓にしたくなる話。
・【Q-B-CONTINUED vol.17 REMIXED】 CAT PLEASE! ねこ・ネコ・猫を語ろう
 過去ブログに記載を忘れていたようだが、これも以前に聴いたもの。が、それでもpuma(american panther)、leopard(african panther)、jaguarのところはいつも混乱してしまう(苦笑)。

2020年7月に観た映画

連休があったので家で映画をいくつか観た。
「ビール・ストリートの恋人たちから」(If Beale Street Could Talk)(2018)
 恋愛映画のような紹介になっているが、James Baldwin原作、70年代NYの黒人たちが差別に苦しみながら支え合う姿が描かれる、どちらかというと今も続く問題を描くビターな作品。俳優陣の好演が心に残った。
ゴーン・ガール」(Gone Girl)(2014年)
 David Fincher監督作品だったのを観てから気がついた(苦笑)。えーもう6年も前の映画なのか。かなりイヤな話という噂のみ知っていたが、どちらかというと異常者やダメ人間がからんで予想外な方向に展開するぶっ飛んだミステリだった。米国のセレブリティやマスコミの世界の不気味な側面がある意味主役といえそうな作品。
「ヘレディタリー 継承」(Hereditary)(2018年)
 最恐的なキャッチフレーズがつくが、どちらかというとトラブルを抱えた家族の辛い軋みをバックに、切り替えの速いシャープな演出で上げた現代的なホラー映画という感じ。知らなかったがAri Aster監督は次作がミッドサマー(未見)と30代にして既にメジャーな存在になってるのか。
太陽の帝国」(Empire of the Sun)(1987年)
 CSで録画視聴も冒頭少し欠いてしまった。実はちゃんと観たことがなかった。エキストラもふんだんに使われたなかなか豪華な映画である割にどこか地味なところがある不思議な印象の作品だが、J.G.BallardのモチーフとSpeilbergの映像マジックが融合した、今思えばなかなか貴重な作品でもある。主演はC.Baleだったのも知らず、驚いた。10代前半としてはキツい撮影だったように思う。大物になって苦労が報われたといえるか。他J.Malkovichや伊武雅刀の出演も失念していた。
「リアル 完全なる首長竜の日」(2013年)
 第9回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作の映画化。えーもう7年も(以下略)。wiki読むと多少原作と違うのね。黒沢清っぽいタッチで前半展開して、意外な展開があって驚かされるところまでは良かったんだけど、終盤のちょっとバタバタした感じは(まあ見せ場といえば見せ場なんだけど)あんまり好みではなかったかな。まあでも十分楽しめました。

TH No.83にレビューが掲載されます! あと2020年7月に読んだ本

発売中のTH No.83 『音楽、なんてストレンジな!〜音楽を通して垣間見る文化の前衛、または裏側』で、特集で韓国ロック黎明期を描いたイ・ジン『ギター、ブギー、シャッフル』、特選品レビューで陳楸帆『荒潮』を紹介しました。今回は音楽特集ですよ~♪よろしくお願いします!
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さて読了本は諸般の事情で少なめ。
『死美人』ローレン・ヘンダースン
 90年代に女性主人公のハードボイルドのムーブメント<タルト・ノワール>があったらしく 新潮文庫で数冊出ていてその一つ(4人の作家が仕掛けたようだが、(ホノルル生まれがいるものの)英加で米以外なのがちょっと面白い)。まあまあかな。
アレフ』J.L.ボルヘス
 「不死の人」 〈不死の人々の都〉を探すローマ軍司令官の手記。不死についての形而上学的な論議が目をひくが、冒険・SF小説めいたところがあって、結局読むことや書くことに結びついていくところがボルヘスらしく面白い。
「死人」 そのままミステリ雑誌に載ってもおかしくない作品で、ミステリ好きということがわかる。
神学者たち」 神学、異端についてなかぬか難しい面もあるが論議など興味深い面も多い。
「戦士と囚われの女の物語」数奇な運命を辿った古の兵士と自らの祖母の符号を見つめるボルヘスらしい射程の大きい視座には驚かされる。
「タデオ・イシドロ・クルスの生涯(一八二九ー一八七四)」
宿命についての一編。短いが鮮やか。
「エンマ・ツッツ」これもミステリタッチな作品で復讐劇。
「アステリオーンの家」ミノタウロスのことなのね。幾何学的な迷宮のイメージ。
「もう一つの死」とある人物の死にともないその足跡について各者の記憶に矛盾が生じ、その原因を神学的なレベルで考察する、なんというか超ミステリといった印象の作品。
「ドイツ鎮魂曲」実在のナチス党幹部の手記というスタイルのもの。解説に死刑を待つとあるが、日本語wikiを参照すると死刑になっていない。ほほう。
アヴェロエスの探究」今度はイスラムの学者が題材。なんでも知ってるという感じだな。これまた難しい作品だが、古代ギリシアとの交点を探るなど欧米の視点からは生まれない、"周縁"の知性ならではという感じがした同じく"周縁"から物を見ている人間として勇気づけられる。
「ザーヒル」これまた難しいが、愛する美女の死と硬貨から連関する思索が広がっていく。
「アベンハカン・エル・ボハリ―、おのが迷宮に死す。」ミステリといえるかも?いやメタミステリか。コーンウォールでナイルの王について語り合う、という作品を書くアルゼンチン作家という跳躍感覚がすごいな。
「二人の王と二つの迷宮」迷宮はいかにもボルヘスな題材だが、短い歴史絵巻のような感じは意外と珍しいかも。
「待ち受け」謎めいた男がある仮名を使い、その本人に襲撃されるというこれまたボルヘスらしい作品。
「門口の男」失踪した裁判官の運命が描かれる、といっていいのかな。裁かれるものと裁くものの転倒とか、異教的な側面とかが含まれている。
アレフ」これも愛する者の死が描かれ、詩作のディスカッションや気に入らない人物の詩論を聞かされる苦痛がやや戯画的に描写される中に、やや唐突に無限を覗く扉が開かれるようなこれまた一筋縄ではいかない作品。ウェルズ「水晶の卵」の影響があるとボルヘス自ら明かしており、なるほど。
自己解説としての「エピローグ」、それから巻末の詳しい解説も読む手掛かりを与えてくれる。

続・丸屋九兵衛さんオンラインイベント備忘録

 丸屋九兵衛さんはアクティブにオンラインイベントを更新されている。
 ということでフォローし続けている(すべてではないが)。
・Soul Food Assassins vol.15 KICKS FOR KICKS!足もとを見て知るスニーカー史。NIKEadidasからLI-NINGまで
 スニーカーとブラックカルチャー、ビジネスが関わる分野について、これまで全く知らなかったあれこれを知るることができありがたかった。世の中にはまだまだ知らないことが沢山あるなあ。
・【殿下のようで殿下とちゃう!生誕祭前日に掘り返す「まるでプリンス!」の系譜】丸屋九兵衛 feat. 西寺郷太
 当代屈指(個人的な見地からは随一といってもよい)の西寺郷太さんも参加しての、プリンスフォロワー研究イベント。これで一つのイベントになるぐらいフォロワー(あるいは関連者)いっぱいいるのよねえ。西寺さんの「実はプリンス(の他の人が真似できない)才能は作詞能力なのではないか」という指摘におおっ!と賛同する。やはり西寺さんは鋭い。
・Q-B-CONTINUED vol.38 LGBTQと『スター・トレック』。プライド・マンスに考える多様性のファイナル・フロンティア
 スタトレのLGBTQに関してというこれぞ丸屋さんというイベント。以前DS9についてちょっと当ブログで触れたこともある、が、当然丸屋さんのスタトレ知識は無尽蔵なので聞いたことがない話も多く面白かった。人種問題に比べると少し対応が遅れ気味であったということやその原因もきちんと分析しているのが丸屋さんらしい。
・緊急企画【丸屋九兵衛 meets 町山智浩】7月4日にアメリカ映画を語る!
 丸屋vs町山の映画よもやま話。町山さんは時差のためかなり眠そうであった(笑)。それでも内容は面白く、「人種差別がなかったかのように描写する」映画の問題点ということが意外と伝わっていないという重要な指摘があった(「昔の映画について人種差別的だと非難するときりがない。不毛である。」といった論点が的外れな反論だということを指摘している)。また町山さんによる黒人たちはboyやuncleと呼ばれ、成人男性とはみなされていなかったという指摘もまた興味深かった。先日オンデマンドで観た「ビール・ストリートの恋人たちから」(If Beale Street Could Talk)(2018)はJames Baldwin原作で70年代NYの黒人たちが差別に苦しみながら支え合う姿が描かれ、俳優陣の好演が心に残るビターな佳品だったが、これは自立しようとしても妨害や嫌がらせを受ける黒人青年の苦悩という見方もできるのかなと思った。
・【重金属の小部屋! 門外漢による門外漢のための、めくるめくメタル・ナイト】
 80年代メタルで時間が止まり気味の当ブログ主だが、後追いメタルファンであるところの丸屋さんのメタル歴がこれまた自分との違いが興味深く感じられた。とはいえ80年代ものの選曲がいちいち納得でそれまた楽しかった。後半は多様性を意識してのミュージシャン紹介で、Phil Lynott周辺はもちょっと掘り下げていきたくなった。

2020年6月に読んだ本

なかなか世の中が落ち着きませんなあ。
『となりのヨンヒさん』チョン・ソヨン
 訳者あとがきにあるように、本短編集は一部(となりのヨンヒさん)と二部(カドゥケスの物語)にわかれ、一部の方は独立したSF(やや奇想系っぽいものを含む)作品が並び、二部は宇宙船による移動が可能になっているが格差が固定されている未来社会での人々を描いた連作。一部では、なんといってもアリス・シェルドンが登場する「アリスとのティータイム」には驚かされた。ティプトリーに対する思い入れが感じられるしみじみとした逸品である。他台風の被害をテーマにした「馬山沖」孤独な少女の世界をSF的に描いた「雨上がり」もよかった。二部含め、全体的に孤独や家族関係等が焦点となり真摯で抒情的な作風。中には既視感のあるアイディアの作品もあるが、切り口がユニークだったり興味深い作品集だ
『海女たち』ホ・ヨンソン
 観光で知られる済州島だが、日本占領期1930年代の抗日闘争、その解放後の済州島四・三事件と苦難の歴史を歩んできた。その歴史を見つめてきた知られざる島民たちの「声なき声」を拾い上げた詩集。文字通り一人一人の声を反映した表現(個人の名が記されている形式)、丁寧な背景説明、その声を余さず届けようとする訳業(姜信子、趙倫子)で、歴史に明るくない当ブログ主のような読者にも、人々の思いが歴史の重さと共にずしりと伝わる。素晴らしい本である。
侍女の物語マーガレット・アトウッド
 世評高い作品だが、遅ればせながら読了。ディストピアものとしては個人の内面をじっくりと追っている点で『1984年』の系譜に属する印象(というわけで、丸屋九兵衛の解説にあるように、『声の物語』が本作を意識していることは間違いないだろう)。立場の違いによって(いずれも悪夢なのだが)、抑圧されたそれぞれの女性キャラクターの運命や心理が、細やかに描かれている分に現実の世界の陰画となっていることが強く印象付けられる。やはり歴史に残る小説だろう。
SFマガジン8月号特集・日本SF第七世代へ』
 珍しく新世代の批評・論考が並んだのでそこだけだが読んでみた。(正直第七世代がなんなのかよくわからないが)
「この世界、そして意識―反出生主義のユートピア(?)へ」木澤佐登志
 多くの著作を引いて、現代の技術における意識と社会というテーマをユートピア文学としてのSFを題材に検証していて読み応えがある。著作も読んでみたい。
「Re:Re:Enchantment」青山新
 疫病と社会特に都市デザインという観点から歴史的変遷をたどるが、ミクロからマクロへと視点が大胆に動くところにSF的想像力の面白さがある。フィクションの方にも優れた資質があるかもしれない。
「かたる、つくるーデザインとSFの交差する場所で」佐々木未来
 デザイナーをされているとのことで、デザインというものが幅広い概念を有し、未来の世界のあり方といったSFとも交錯する領域が多いことを伝えてくれ、知見を広げてくれる内容だった。
「プログラムの保存先」田村俊明
 ゲームの世界は全く疎く、時間があればなあと思う。月並みだが、進歩がすごいなあと。
「異常進化するバーチャルアイドルVRVTuberの新たな可能性‐」届木ウカ
 現役VTuberによるVRアイドル論。これまた送り手・受け手双方の感覚の進歩に驚かされる。特に送り手側の意識がよくわかり根本的に新しい時代が訪れていることを伝えてくれ面白かった。
フェミニストたちのフェミニズムSF」近藤銀河
 現代のフェミニズムSFをその視点と共に多く紹介しており、なかなか消化が追いついていない身としては、読まなくてはと思わされる。個人的な印象だが百合とフェミニズムは少々ずれがある気がしている。
「「ユートピアの敗北」をめぐってー山野浩一「小説世界の小説」を読む」前田龍之祐
 Fマガジン8月号「ユートピアの敗北」をめぐってー山野浩一「小説世界の小説」を読む」(前田龍之祐)
 季刊NW-SF山野浩一連載評論「小説世界の小説」でのユートピアSF、特にウエルズについての批評を中心に、ウエルズの「ユートピア志向とその限界」というジレンマを焦点をあて、そこから山野浩一のスペキュレイティヴ・フィクションへ向かう歩みを示す。「小説世界の小説」を直前に読んでいたので(NW-SFvol18「現実としての未来世界ーハインラインとウィルヘルム」)、 明快で関連図書への言及も多い本論考は、大変示唆に富む内容だ。今後への意思表明も頼もしい。

2020年5月に読んだ本

『ペストの記憶』ダニエル・デフォー
 コロナウィルス蔓延の前から少しずつ読んでいたのだが、なかなか読み終わらず。ようやく読了。1665年にロンドンで発生したペストの被害について、その後数十年してデフォーが架空の語り手で記述した作品である(刊行は1722年、ちなみにデフォーは1660年ロンドン生まれ)。ということで今でいえばドキュメンタリータッチのフィクションということにもなるのだろうか。とはいえかなり詳細な情報によって沢山の出来事が並び、内容からしても流言などを元にした飛躍や偏りはそれほど感じられず、かなり事実に基づいている印象がある。その上で考えると、数百年した現在と驚くほど似通った状況や問題が提示されており、科学技術が発達してもなかなか人間社会の根本的な問題は容易には解決しないという重い現実につきあたる(たとえば患者隔離や自由移動、迷信や偽科学、状況を左右する貧富の格差などなど)。架空の語り手で記述されるのだが、(ランダムではないものの)基本的には様々な出来事が羅列されるような形である上に、間に感染を避けるために放浪をする<さすらい三人衆>のエピソードが入るなどするので、現代的な視点から言えば語りが一定ではないために少々読みづらいところはある。ただ、時に現代人からみるとおかしな科学的考察が混ざるものの、約300年前の書物としては驚くほど現代からみて違和感のない客観的で冷静な視点で物事がとらえられており、人間と社会について考えさせられる。あと読んだのは『ペストの記憶』と題された2017年に出た研究社の単行本で、地図や注釈が充実している。またロンドンの地図が相当細かくなかなか見にくいのは事実で、研究社がネットにアップしている。こちらがそれに関するツイート → https://twitter.com/Kenkyusha_PR/status/1252431475410006018?s=20 
『ホテル・アルカディア』石川宗生
 奇想短編集でありつつ、(タイトではないものの)メタフィクショナルな構造を持つ作品。各編想像力を強くかき立てるイマジネーションの豊かさと独特のユーモア感覚はちょっと類をみないものだ。作家・アーティスト・作品名への言及が多くあり(実在人物と強く相関したりそうてもなかったりする)、それも楽しい。SFマガジン6月号の横道仁志氏の評が示唆に富んだ内容で、本書を読んだ方はおすすめ。
J・G・バラード短編全集2 (歌う彫刻)』J・G・バラード
 ゆっくり読んでいたら刊行から随分経っていて・・・(こんなんばっか)。でもねバラードはいいよ。やっぱし。
「重荷を負いすぎた男」 整った病院都市、時間の停止する世界、人間の退行といったお馴染みのモチーフが扱われている。
「ミスターFはミスターF」若返りをという古典的なアイディアがバラード流に処理されているのが読みどころ。
「至福一兆」人口爆発自体は日本では想像しにくいテーマになっているが、娯楽がスポーツであるところとかやはり鋭い。
「優しい暗殺者」時間ものだが、戴冠式が扱われているので少し昨秋を思い出した。
「正常ならざる人々」精神診療に対する興味もバラードの特徴の一つ。
「時間の庭」時間の止まる花、終末を目の前にした伯爵と美しい作品。SFっぽさはあるが根幹にあるのは正統派のファンタジーのイマジネーションで、バラードの場合どこからの影響か気になる。
「ステラヴィスタの千の夢」初読時の印象は薄かったが、亡くなった美しい映画スターの心理が投影された空き住宅に夫婦で移り住むことにした夫の歪んだ欲望が描かれる傑作で、倦怠期のインテリ夫婦を描くのが実に巧い。
「アルファ・ケンタウリへの十三人」宇宙の夢を信じないバラードらしいアイロニーが光る。
「永遠へのパスポート」これはバラードとしては意外なほどのスラプスティックなコメディ。
「砂の檻」20世紀SF(河出文庫)にも収録された作品だが、以前はピンとこなかった。改めて読み直すと、宇宙開発の挫折と破滅が結びつき、現在の状況とも一部重なる傑作であることに気づく。
「監視塔」これも閉塞感漂う寓意的な小説。
「歌う彫刻」交通事故で顔に大怪我をしてから人気を得た女優という、バラードらしい人物が登場するが全体としては非モテのいじましさのコミカルな味がある。
「九十九階の男」比較的同時代にもあったようなアイディアストーリーかな。
「無意識の人間」加速した消費社会を描いた割合ストレートな風刺小説になっている。
「爬虫類園」バラードらしさもあるが他の作家でも書きそうな作品でもある。
「地球帰還の問題」ジャングルを舞台に宇宙飛行士の消えた謎を追う、らしいモチーフでミステリとしても完成度の高い作品。
「時間の墓標」再読だが読んでいる途中、ピラミッドの盗掘が発想の元かなと思ったところ、解説にも言及あった。「サイバー」という用語が既に使用されているところにニヤリ。
「いまめざめる海」夜ごと忍び寄る海の幻と危機を迎えた夫婦、というこれまたらしい一編。海のイメージが印象的。
『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ
 2016年に本国で刊行され、話題になった抑圧状況にある現代女性を描く小説。訳者解説にあるように、必ずしも極限的なエピソードを取り上げるのではなく、<ささやかさ>のある苦難を連ねることによって普遍的な共感を呼んだというのはありそうだ。大枠として本人の内面の記録される形だが、無駄のない文章でシャープなレポートのようにつづられているので読みやすく問題提起がストレートに読者に伝わり、それが成功している。ある意味より深刻な問題を抱えている日本の優遇された性の人間としては、改善のために何をするべきか真摯に向かわなくてはいけないと思わせる一冊。
音楽本3冊。
『ジャニーズと日本』矢野利裕
 ちょっとジャニーズの歴史を知りたくなり読んでみた。ジャニーズに詳しくない人間には通史を知る上で参考になったが、(スキャンダル的な視点とは関係なく)あまり切り口に新鮮さはなくもう一つ食い足りない感じだった。
『大韓ロック探訪記 (海を渡って、ギターを仕事にした男)』長谷川陽平
 韓国ロックに関り、90年代中盤から韓国に住み、音楽活動も積極的に行ってきた著者のことが対談を中心に語られる。対談中心だが、編著の大石始氏が丁寧に歴史を追い、対談者も黎明期の伝説的ロッカーから若手DJまで幅広く、レコード情報・写真も多く、単なる個人の半生記ではなく韓国ロック史を紹介する一冊にもなっている。好奇心と情熱だけで海を渡り、いつのまにか伝説のバンド(サヌリム)に参加することになる展開は胸アツ間違いなしだが、読了後パラパラ見直してたらこの長谷川陽平氏、なんと竜雷太太陽にほえろのゴリさん)の息子であることに気づき、さらに驚いた。
『K-POP 新感覚のメディア』金成玟
 K-POPの発展の歴史を豊富な資料で分析した本。サウンドの特徴、米国や日本の音楽との関係性などを含め解説し、社会の動きとの関連もおさえられている好著。K-POPの世界的な活躍で興味を持った人たち(自分もだが)におすすめ。