異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2023年12月に読んだ本、参加した読書会やイベント

 2023年に読んだ本まとめを書きたいので、12月分を先に更新。
◆『シンドローム佐藤哲也

 何かが飛来した町に次第に奇妙な現象が起こる、といったパニックものの枠組みを持つヤングアダルト小説。いかにも思春期の少年らしい過剰な自意識がぐるぐるとループを描くような独白体が、計算し尽くされたタイポグラフィで描かれる。パニックもののサスペンスな筋立てに、外的な世界の事象が内面に及ぼす様の内省的な要素が加わるなどの多面性を有する作品であり、またそれを表現する超絶的技巧が素晴らしい。ユニークな作家であり、今年亡くなられたが、その死が残念である。ちなみに装丁やイラストも洒脱でこちらも素晴らしいので、電子より紙本がおすすめ。
◆『MOCT 「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人』青島顕

www.nikkei.com
 こちらは高校の同級生の本であることを最初に断っておく。ただ、今年の開高健ノンフィクション賞受賞作で、既に各所で高い評価を得ている。冷戦時代のラジオをはじめ、「近くて遠い」国との文化の架け橋となってきた人々の歩みが丹念な取材で明らかになる。ソ連、と聞くだけで<プロパガンダ>と連想し、敬遠したくなる方もおられるかもしれない。また数多くの人物が登場し、抑制された堅実な筆致で綴られ、多少読者を選ぶ本という側面もあるにはある。しかし、そこに現実に生きてきた人々の息づかいがあり、それがひしひしと伝わってきて抜群に面白いのだ。また(当然ながら)同世代として馴染み深い人物や事件が多く、その意味で近い世代の方々におすすめである。ロシアーウクライナの戦争、ガザでの戦争など対立が深まり混迷する世界の中で、このような視座を持つ著作を提示したことにも敬意を表したい。インタビューもある。
www.news-postseven.com
◆『半村良コレクション』(ハヤカワ文庫JA
https://www.amazon.co.jp/dp/4150305250?tag=booklogjp-item-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1www.amazon.co.jp
 なかなか時間がないのだが、いわゆる日本SF第一世代の作品の読み残し消化や再読をしたいと思っている。御多分にもれず、中学生の頃の第一世代作品による刷り込みからSFファンになった口なのだが、随分時代が経過して現代とのずれを確認したくなったのである(これも年齢によるものなのかもしれないが)。現在も同タイトルの本が出ているようだが、これは1995年にハヤカワ文庫JAから出た短篇集。
 結構マニアックなセレクションになっている。一番印象的だったのは「赤い酒場を訪れたまえ」。ずいぶん昔に読んで再読になるが、短いことくらいしか覚えていなくて、タイトルからバーストーリー的なものだったように記憶していたが、全然違っていた(苦笑)。半村良お得意の伝奇SFにつながっていくきっかけとなった作品。まだ手探りな印象も受けるが、その分、衒学を重ねてスケールの大きなホラ話に展開させる手法がよくわかる。一部実際の疾患の誤解を生ずるリスクのある表現があるのは残念ではあるが。
 全体に結構習作的なものも多い。少し前の出版(1995年)で、現在出ている第一世代のベスト集と少し違い、当時の未収録ないし入手困難作品を多く集めようとしているためだろう。ややマニア向けのセレクションと感じられる。その分、ハヤカワコンテストに入選した後に沈黙し、伝奇SF作家として活躍する間の様々な試行錯誤による苦闘が垣間見える。筒井康隆が入選作「収穫」を評価していなかった記憶があるが、たしかに本領が発揮されていない大人しめの作品で、作家が自らの資質を見極めるのはそう簡単ではないのだろう。他「NW-SF」掲載作があったり、巻末の中篇「密猟者」を読むと(『妖星伝』含め)この作家にもクラークの影響が及んでいることなど発見はいろいろある。
SFマガジン2017年2月号

 特集ディストピアSF。
○フィクション
「セキュリティ・チェック」韓松
 日常的になってしまった一方で窮屈さを感じさせるセキュリティ・チェックを導入に、短いながらスケールの大きな世界へと広がる、SFらしさのある作品。人気作家であるのがよくわかる。
「力の経済」セス・ディキンスン
 とある星に突如"ルーム"が侵略してくる。対抗策にドローンが導入されるが。侵略もののフォーマットを取るが、"ルーム"が正体不明な現象であることや侵されたと思しき人々を容赦なく殺害するネットワーク化されたドローンという設定は、背景さえ掴みがたい今日の実存的な不安を現出さていて特集らしい作品といえる。
「新入りは定時に帰れない」デイヴィッド・エリック・ネルソン
 人件費を安く上げるために時間転移装置で過去から労働者を到達する会社。コメディだが、後半ある人物の登場で特集関連作品であることが判明する。まあまあかな。
○ノンフィクション
映画『虐殺器官』関連はスルー(観る予定がないこともあり)。
ディストピアSF事始」巽孝之
 文学史におけるディストピアユートピアの系譜が、幅広くかつコンパクトに提示されている。2017年の号であるが、現在も基本ベースの教科書的資料として良い内容だろう。
トランプ大統領以後の世界、「手のつけられない崩壊の旋風」を描くゲームー『ドン・キホーテの消息』とGenocide Organが直視したもの」岡和田晃
 いわゆる<民主主義の底が抜けた>状態であるトランプ以後の世界を、樺山三英ドン・キホーテの消息』や英訳版の伊藤計劃虐殺器官』を軸にヴィヴィッドに解析している。その後も各地で戦争が勃発、混迷の度は増すばかりだが、苦境の中で突破口を見出すアティテュードには常に頭が下がる思いだ。
「にゅうもん!西田藍の海外SF再入門・特別篇」西田藍
 新しい世代からのディストピア作品の捉え直し。『すばらしい新世界」における視点の性的な要素や女性への負荷を容認しているなどの設定における旧弊さへの批判に膝を打つ。ただ、他『動物農場』『破壊された男』が扱われるにとどまっていて、新しい作品への言及があっても良かったかなと思う。
◆『英国クリスマス幽霊譚傑作集』

 クリスマス・ツリー」チャールズ・ディケンズ
 ディケンズで未訳ということで、雄弁なクリスマスエッセイ+ちょっと怪談、という不思議な作品。ただ描写や表現の豊かさは文豪らしい冴えがある。
「死者の怪談」ジェイムズ・ヘイン・フリスウェル
 12月の夜、画家の工房で始まった怪談は。怪しく美しい正調怪談という趣き。良かった。
「わが兄の幽霊譚」アメリア・B・エドワーズ
 旅先のほのぼのした交流から寂しい終わりがくるストーリー。シンプルに悲しい。
「鏡の影、あるいは聖夜の夢」ウィリアム・ウィルシュー・フェン
 クリスマス期間になると友人宅でクリスマス会が行われ、そこで2週間ほど過ごす習慣になっていた夫婦。ある年に、妻が病気になり参加をとりやめようとするが応じてもらえず、しぶしぶ向かうが。巻き込まれるイヤな感じがなかなかよく出ている。
「海岸屋敷のクリスマス」イライザ・リン・リントン
 とある新婚夫婦が古い屋敷に引っ越すが。筋としてはシンプルかつよくあるタイプで目を引かれるものはないが、館ものらしい空気感が悪くない。
「胡桃邸の幽霊」J・H・リデル夫人
 幽霊の出る屋敷を相続することになった主人公はその秘密を調べる。展開は一種の心霊探偵ものといってよく、クリスマスストーリーらしさもある好編。
メルローズ・スクエア二番地」セオ・ギフト
 前からいる家の使用人と新しい家主のギクシャクした関係のパターンはしばしば描かれるが、これまたそうしたイヤな感じがよく出ている。猫の存在感もあるが、「黒猫」との関連性はどうなのかな。
「謎の肖像画」マーク・ラザフォード
 幻の女性に魅了されてというタイプで、シンプルな分ややありきたりに感じられてしまう。
「幽霊廃船のクリスマス・イヴ」フランク・クーパー
 クリスマス休暇で地方へ行くことになった主人公。小船で沼沢地に鴨撃ちに出かけた際、朽ちた廃船を偶然見つけて狩に利用と入り込むが、図らずも取り残されてしまう。怪奇の要素はあるものの、読みどころは遭難による物理的恐怖。正調な幽霊譚の並びでこの作品がくるヴァリエーションの豊かさが楽しい。
「残酷な冗談」エリザベス・バーゴイン・コーベット
 両親を失った3人の甥たちの面倒を見る女性。地方への引越し生活が嫌になった甥のうち 2人は一つの計画を思いつく。特に目を引くような筋立てでもないが、寒々しい北イングランドの風景が伝わってくる一編である。
「真鍮の十字架」H・B・マリオット・ワトスン
 婚約中だが、別の愛人に心奪われた男の末路が描かれる。シンプルだが、女性が変化するシーンが映像的に鮮烈である。不埒な男の悪夢といった話にも読める。
「本物と偽物」ルイーザ・ボールドウィン
 家族が出かけた家に、友人二人や近所の娘たちをを呼んでクリスマスを楽しく過ごそうとした若者。幽霊が出るというその家だが、懐疑的なメンバーが幽霊のフリをする悪戯を思いつく。一種の青春小説で、この悪戯を仕掛ける人物の若気の至り感がなんともいえずいい味を出している。
青い部屋」レディス・ガルブレイス
 勤めていた家政婦の語る、お屋敷の中のいわくつきの部屋について。思いのほか、結末があっさりだが、後半部には部屋の謎に挑む勇敢なヒロインが登場、サスペンスありロマンスあり心とこれまた異なるカラーの作品。
 全体として非常にバラエティに富むアンソロジーで、選者のセンスが光る一冊。
 で、第48回怪奇幻想読書会の課題本ということで、またまた参加。今回も楽しかったです。元々SFファンで、科学などロジックをベースにした作品を好んでいたが、次第に読書範囲が広がって、ファンタジーやホラーも読むようになり、こちらの読書会にもお邪魔している。で、怪奇小説読み巧者の方々は、SFとは別なロジックを読み取っていることに気づくことがある。例えば因縁とか呪いとかがどういった由来なのかというのを読み解くといった形で。今回は「青い部屋」についてそんな話題が出ていて、おおっと膝を打った。SFファン体質(良くも悪くも)の当ブログ犬にとっては、そうした別の<ロジック>を教えていただく非常に良い機会なのである。kazouさん、参加者の皆様ありがとうございました!

kimyo.blog50.fc2.com
※2023年12/31よりによって大晦日に追記(苦笑)
 そういえばオンラインで京フェスに参加したし、長澤唯史先生の指輪物語講義も聞いた。
京都SFフェスティバル 2023年
 オンラインで参加して、ところどころ聴く様な感じだったのだが、「橋本輝幸×鯨井久志 海外SF紹介者という仕事」でSF翻訳や情報収集の現状について、「東京創元社と最新海外SFを語る部屋」「海外クィアSFの広がり」では最新のSF作品についての一端を知ることが出来た。特に「クィアSF作品に当事者性を求めるのは疑問である」という意見の方が多いのは大事なことだと感じた。
指輪物語講義は3回目。ベーオウルフの再評価をめぐる歴史(火事で2冊しかない写本が焼けてしまったことなども面白い)、<もう一つの世界>であるフィクションの構築にいかに腐心していたかなど、トールキンがファンタジーの歴史に大きな足跡を残してきたことがわかる。またロック文化に影響されている当ブログ犬なので、カウンターカルチャーが本来は「文明批判」「自然回帰」ではなかったということはじっくり考えていきたい問題である。