正式なタイトルは「池澤春菜&堺三保のSFなんでも箱(Anything Box) #7 ウルフ!ウルフ! ウルフ! 大事なことなので三回言ってみました。」。
ということで今年訳出されたばかりのジーン・ウルフ『ピース』の訳者西崎憲さんをゲストに迎えた読書イベント。これ知らなかったがテレフォンショッキング形式(と言っても笑っていいとも終わったのでそのうち分からない人が多くなるのだなあ)で前回の宮内悠介さんが指名したのが西崎さんということらしい。前半は西崎憲さんについて、後半はウルフと『ピース』の話という流れ。池澤春菜さんは短期語学留学でワシントンDCからスカイプで参加。堺さんは「ウルフは苦手!」ということでホスト役にウルフ『ケルベロス第五の首』の翻訳もされた特集翻訳家の柳下毅一郎さんをお迎えして「ウルフ苦手の堺さんに挫折した『ピース』を読む気にさせる!」というのが今回の主旨(笑)。さてちょいと分かりにくい経路を検索でたどり(既にウルフ的?)到着し階段を上るとそこは座敷のテーブル席と椅子という変則的なつくりの会場(この写真と違う…どうやら普段のバーの時あるいはイベント時でも内容により変貌するとみた)。堺さんが池澤さんとやり取りをして場をつくっている間、素敵なアコースティックギターを弾いている方がいらっしゃっておやと思ったらその方が西崎憲さんでありました。
まずは前半。西崎憲さんといえばミュージシャン・翻訳家・小説家と多彩な顔を持ちしかもどれもが余業ではないという稀有な方。まずはミュージシャンとしてのキャリアが最初で(うしろゆびさされ組の作曲など)、その後翻訳家のお仕事を始められたというきっかけのお話。ミュージシャンとしてはアイドルなどの曲を作るオファーがあることは基本的に喜ばしいことなのだがどうしてもいろいろな注文がついてまわることがあり、そこに悩みを感じていた(インディーズでも活動を行っている)。元々怪奇幻想文学がお好きだったという西崎さん、ファンタジーコン(日本ファンタジーコンベンション)でファンタジー研究・翻訳でお馴染み中野善夫さんと知り合ったのがきっかけだとか(「中野さんは恩人」と)。togetterにそのファンタジーコンについてのまとめがあった(お二人のツイートも入っていた)。当初英語自体も読めなかったということだが次第に上達し翻訳が出来るようになったとのこと。いやなかなかそうはいかんだろーと堺さんからツッコミがあったが確かに具体的な方法を本当は知りたいところ(笑)。短期留学中の池澤さんからの質問もあったが印象的だったのは「まず文章の理解という段階があって、次に小説を理解するという段階に向上する」とのこと。翻訳についてはミステリのバークリーも手がけられているが、それはミステリや海外文学訳書のセンスの良い企画でお馴染み藤原編集室さんとの交流がきっかけとのこと。藤原編集室さんは上記のtogetterにも登場しており、この辺のつながりはいわば幻想文学シンジケートといえるような。で、御本人は「幻想文学だけではなくミステリやSFの翻訳もオファーがあればやりますよ」とのことでした。頼もしい~。
さて西崎さんは2002年日本ファンタジーノベル大賞受賞作家であり、どのようなきっかけで創作をしたかというお話だがこれが大変面白かった。元々創作はやっていて短篇を書いたりしていたそうだが、ある日夢に女性が出て来て「小説を書いて賞に応募しなさい」と言われたらしい。そしてファンタジ―ノベル大賞の存在を知り、1ヵ月ほどで300枚を書き応募、大賞となったと。柳下さんいわく「それはミューズ(女神)だ」。西崎さんの不思議なキャリアといい作風といいミューズに導かれている方なのかもしれないなあ。女性編集者とのディスカッションでリアルな小説を書いた方がいいのかもしれないと思い書いたのが「理想的な月の写真」(聞きちがいだったらすみません)。基本リアルな小説は本領ではないとの自覚がありそうした小説を書くことは「例えば両腕を縛られて短距離走をしている様な感覚」で大変だったとのことだが、その分非常に勉強になったとのことだった。なおインスピレーションを得たりといったエピソードが複数あったため池澤さんから即座にツッコミがあったのも可笑しかった。また完全に幻想的な内容だけの小説より幻想的な部分がリアルな部分が結びついている方が面白いと感じているとも。それからクライマックス(オチでしょうか)に対する考えもあまりないとのこと。例えば同じメロディが繰り返されるラヴェルのボレロが「実は曲の始まりの前に既に演奏はどこかで行われていて、終りの後もどこかで演奏は続いている」と捉えられるように小説も「そこに書かれていない部分を想像させる様なものを書きたい」と言われていてこれも大変印象深かった。基本的に怪奇幻想文学と「良く分からない小説」お好きというお話が印象に残った。さて今後の文筆業の御予定はいろいろ。翻訳についてはコッパード『郵便局と蛇』の文庫化、アンナ・カヴァンの短篇集、ライフワークである怪奇幻想文学のアンソロジー(英米仏独の作家)。創作では『蕃東国年代記』の続編、ウェブで児童文学もの(「物語師(士?)」という資格がある世界のちょっと出来の悪い若者の話)、特殊なマイクロフォンが歴史を変えるSF小説といずれも期待大なものばかりだった。
さて後半。ジーン・ウルフ『ピース』について。チョイスは国書刊行会<未来の文学>編集担当の樽本周馬さんによるとか。他に候補として"The Devil in a Forest" "Free Live Free" "There Are Doors"だったとか(この辺少し記憶がおぼろげです)。難しいだろうなと思いつつ奥行きの感じられた『ピース』を選んでしまったとのこと。堺さんから「『ピース』も途中挫折してしまった」という話があり、西崎さん柳下さんの話を合わせると「100ページ目までは入りにくい。第3章が面白い。」ということだった。また西崎さんの丁寧な解説への評価も高かった。後に柳下さんからウルフ作品一般について「(はっきりとした解決がないという点で)長篇を読んでイラっとする人の気持ちも分かる。一方で何度読んでも分からない短篇も結構あって、中篇が分かりやすい叙情性があって読みやすいと思う」と。堺さんから「挫折したが『ピース』に色んな仕掛けがあって面白いというのは解説などで分かることは分かる。しかし結局はっきりした解決が無いというような面倒な話を何で読まなくてはいけないのか(笑)」という質問。柳下さん「子どもの頃、本を読み終えるのがもったいないということでゆっくり読んだりした。ウルフの小説は語りの層が何層もあって、いつまでも小説を読んでいられる。さっきも『ピース』を読んでいて面白いなあと思っていた(笑)。主人公のデンはいつも本を読んでいて」と言われ、非常に感動的な『デス博士の島その他の物語』の最後の部分を引用されていた(あれホント泣けるんだよなあ。やべえ今も思い出したらウルッと・・・)。それでも堺さんは「あの話が進まないところがねえ(笑)」とおっしゃると柳下さんは「小説内にまたフィクションがあり凄く面白いのだがその最後は語られないというのが凄く多い(笑)。しかしそうしたエピソードが別の部分とつながっていて、はっきりした解決はないのだがおぼろげな構図が見えてくるところがウルフの面白さ。」と。西崎さんは「ウルフの描写の美しさを思い浮かべるとパッとつかめる時もある。」と言い第3章の町の描写の素晴らしさなどを例に挙げておられた。「ウルフは分からない」という話題に対し「そもそも小説を理解するとは何か」みたいな話に時折なったのだが、まあその辺は興味深いものの難しいので今回のレポートではスルー。
その他『ピース』について「家は<記憶の館>を表していて、回想をするたびに部屋が増える」「デンのお祖母さんの家というのはウルフの子どもの頃の家なのではないか。」(柳下さん)、「タイトルにPeaceとついた理由ははっきりしない。が、オリーブが平和の象徴(オリヴィアにちなんで)であること、共訳者の館野浩美さんは作中のオレンジジュースの商品名が実はPeaceと名付けられている可能性があると言っていた。」「『ピース』もまたボレロの様に始まりも終りもない小説なのではないか」(西崎さん)。
他ウルフについて「ウルフの小説には自伝的な要素がある」「翻訳するのに緊張する」「(語りの構造が複雑で)時制を非常に巧みに使い分ける<時制の作家>ともいえる。日本語は口調とかでも時制を把握できる場合があるが、英語だとそうはいかないのでそこが難しい部分。」(西崎さん)「ジーン・ウルフは『新しい太陽の書』で拷問者の衣装を誰でも出来やすいようにコスプレしやすいように設定した(裸にマント)。アメリカのファンはコスプレが凄く好きなので。ウルフのイメージは日本の天野喜孝のイメージではなくもっとガッチリしたイメージ(この表紙かなあ)」「長篇では始めの部分が重要かつ難しいので『ケルベロス第五の首』の冒頭部分は非常に気を使った」(柳下さん)。それからオススメのウルフ作品というと結局邦訳作品では『ケルベロス第五の首』『ピース』という話だったが、柳下さんは"The Devil in a Forest"も挙げられ、さらには『新しい太陽の書』の続編"The Book of the Long Sun"を是非訳したいと(おお!!)。また国書刊行会から刊行予定の"The Wizard Knight"が今年出る!(かも?)。
ということで堺さん池澤さんのコンビは(予想通り)安定した司会ぶりで分かりやすくしかも楽しいトークショーであった。次回のゲストは上記の中野善夫さんで素早く池澤さんからお願いのメールが出されるところも可笑しかった。ちなみにウルフは分からない分からないと言う堺さんだが『新しい太陽の書』は面白かった、と。個人的にはむしろあの作品の方がなかなか親しめないところがあったりするが。
あっそうそうそれで堺さんへの啓蒙は結局失敗だったみたいですよ。ええーっ!(笑)
※追記 あと池澤さんから「自由につくっていいと言う事だったら、作曲は楽しいんですよね?」ということで自らのアルバムへの作曲のオファーもあった。西崎さんも快諾、諸般の事情が許せば実現するかも。堺さんが「いやー何だか凄い(展開だ)なー」と言っておられて、みんなそう感じてましたよ(笑)。
※さらに追記 柳下毅一郎さんの最新のお仕事でアラン・ムーアのプロメティアの話題も出ていたが、既にShoProBooksのサイトに載っていた。