異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『紙の動物園』 ケン・リュウ

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
2012年に初紹介された1976年生まれの中国系米作家。帯にあるようにヒューゴー賞ネビュラ賞世界幻想文学大賞を受賞している注目の新鋭の日本オリジナル短篇集。予想以上に面白く多彩な内容。かなりの大物が登場した感じだ。
(以下多少内容に触れるので未読の方はご注意を。特によかったものに○)

「紙の動物園」○ 英語の話せない孤立した母親は主人公とうまく関係を築くことができない。ただ不思議な折紙をつくる力があった。初読ではややウェットな部分が好みではない印象があったが、再読してみて非常に完成度が高いことに気づかされた。傑作だと思う。
もののあはれ」 危機的状況に人々がどう対応するかについて日本人的な美学といったものがテーマになっているが、よくあるような戯画化されたかたちではなく非常に自然なかたちで表現されているように感じられる。どうしてそう感じるのかいろいろ思いをめぐらせている。
「月へ」 未来の中国から月に亡命をしようとする男の話(で、いいのかな?)。中国の政治状況が反映されていてその出自を意識させる作品。
「結縄」○ 貧しい村にひっそりと暮らす一族の知識に目をつけた製薬会社の研究者。縄文字と先端科学を結びつけるという意表をつくアイディアにはずば抜けたセンスが感じられる。
「太平洋横断トンネル小史」○ 大正から昭和のはじめに日本がアジアで覇権主義に成功した世界を描く改変歴史物。世界恐慌時代に日本がニューディール政策のような<太平洋横断トンネル計画>をぶち上がるというこれまた見事なアイディアで、長さとしては短いのに計画の影の部分も描かれ立体的な作品になっている。アジア系側からのアプローチは親しみを覚える上に新鮮でもあり、この系列の作品は特に引き続いて書いて欲しい気がするね。
「潮汐」アイディアというよりも奇想炸裂という感じか。まあ唖然とする。こんなのも書けるんだなあ。
「選抜宇宙種族の本づくり習性」○ 漢字がテーマになっている作品も本書では目立つが、文字あるいは本といったものも同じく重要な位置を占めている気がする。これは宇宙の知的種族たちがいかに知識を次の世代に継承するか、つまりそれぞれがどういう<本>をつくっているのかという話。再現できないテキスト、言語とは何か、理解とは何かといったメタフィクショナルなテーマがユーモア混じりに随所に現れレムの泰平ヨンものを思わせる。最高。集中No.1。
「心智五行」 宇宙船が故障して未開の星に辿り着いた主人公は。解説にもあるようにオーソドックスな作品。図式的には「結縄」に似ている部分もある。
「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」 人間をデータ化する技術が発達し肉体を捨てることが可能になった未来の家族が描かれる。少年少女の一人称で家族との関係を描くのが実にうまい。
「円弧」
「波」この2作は不死の技術が開発される話としてつながった内容になっている。話としては直接つながってはないないが、シンギュラリティがテーマになっている「どこかまったく別な場所~」とも共通点があるともいえる。こちらの2作の方も家族や人々の関係がテーマとなっており、間口の広さという長所を兼ね備えた作家であることもよく分かる。
「1ビットのエラー」○ 宗教や信心について科学的にシリアスに追求しており、読んでいる途中連想した某作品が案の定最後に本人の註釈で登場した。
「愛のアルゴリズム」○ 人造人間作成がテーマとなっているが主人公の背景が心に刺さる。
「文字占い師」○ 「選抜宇宙種族~」のような抱腹絶倒の作品もあるが、どちらかというと作者は<文字>について単なる情報伝達ツールを越えた力を持つものとして描く傾向があるように思われる。この作品はまた台湾の悲劇的な歴史をベースにしていることもあって、より文字の持つ力といったものを意識させるものとなっている。解説でも言及されているように最も重苦しい内容であり、作者の投げかけた問題は単純ではなく自らの奥底に大きく響いた。
「良い狩りを」 オカルト探偵風の序盤が後半鮮やかに転調するところでニヤリ。
 ちなみに訳者の古沢嘉通さんがtwitterで募集しているベスト短篇3つには上記の○をつけたものの中から「結縄」「選抜宇宙種族の本づくり習性」「文字占い師」を選んだ(5月31日までなのでまだまだ間に合いますよ!)

 日本で紹介されているSF作家でケン・リュウに近い世代をざっと挙げるとテッド・チャン1967年生まれ、ジェフ・ヴァンダミア1968年生まれ、パオロ・バチガルピ1972年生まれ、チャイナ・ミエヴィル1972年生まれといったあたりになるか。ケン・リュウはさらに若い世代にあたるが、やはり中国系として(本人も意識しているようだし)テッド・チャンと比較をされることになるだろう。ただ持ち味は(極端に作品の少ないチャンといったことは置いておいても)大分違っており、形而上学的な思索をおしすすめ新たな世界を見せてくれるチャンに比べ、リュウはどちらかというとこれまでも扱われたSFテーマを家族や愛情といった身近な情感を軸に描いていく傾向が強くよりオーソドックスな作家といった印象がある。しかしアイディア面において劣っているかというと決してそんなことはなくて、シリアスな問題意識の一方で爆発的なユーモアも持ち合わせており、創作のスピードも速いようでとにかく多方面に高いポテンシャルを感じさせる。様々な顔を見せるリュウの素晴らしいショーケースといえる本短篇集だが、その中のどの方向性に伸びていくのか。大きな期待を抱かせてくれる作家の登場といえる。