異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『教皇ヒュアキントス ヴァ―ノン・リー幻想小説集』

教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集

幻想文学にはそれほど明るくない当ブログ主でヴァ―ノン・リーのことも全く知らなかったのだが、翻訳や大変面白い評論で幻想文学の紹介者として自分にとっては良い道案内となってくれる中野善夫さんの選・訳の本で、装丁もまた素晴らしいので購入し読んでみた。(○が特に楽しめたもの)

「永遠の愛」○ 著者は1856年生まれの(筆名は男性の)女性だが、本作品の主人公で煩わしい日常業務を四苦八苦でこなし何とか研究費を得てイタリアに渡り大好きな歴史に意識を没入させていたい男性の教授の心情が実によく表現されている。美しくも怖ろしい話なのだが、そこはかとなくユーモアが感じられるのはそのせいだろう。
教皇ヒュアキントス」色彩の洪水ともいうべき沢山の鮮やかな色のイメージがあふれた幻想譚。
「婚礼の櫃」美しい娘の残酷な運命が描かれる。美術品をモチーフにした作品が多い印象もある。
「マダム・クラシンスカの伝説」不自由のない生活を楽しんでいたマダムが興味を持った一人の狂女とは。解説には「過去に取り憑かれる色は薄い」とあるが、自分にはこれも<憑かれた>話として読める。
「ディオネア」○ ディオネアは「ヴァ―ノン・リーの三大ファム・ファタールの一人」と解説にあり、海からやってきた異教徒の娘が周囲を惑わせていく話だが、小悪魔的な趣も感じられる。
「聖エウダイモンとオレンジの樹」 「ディオネア」が海とするとこちらは丘のイメージだろうか。これまた色彩豊かな作品だが、美しいイメージを絵画のように時が止まったような表現この作家の特長があるような気もした。
「人形」○ 妻を失った侯爵が悲しみにあまり作らせたそっくりの人形。いやー怖い、これ。
「幻影の恋人」○ 妻の肖像画を描いて欲しいという依頼主のもとに向かう画家。解説にもあるように絵画と過去の因縁により主人公がからめとられていくような話が多い印象はあり、またそれは甘美なものとして描かれているのではないかとも思う。
「悪魔の歌声」 この作品では音の魔力に対する筆致の見事さも垣間見える。著者の時代がカストラートの活躍した時代だというのもなかなか面白い。
「七懐剣の聖母」 スペインが舞台でドン・ファンがモチーフになっている。七懐剣の聖母マリア教会や聖母の描写が素晴らしい。
フランドルのマルシュアス」○ とある磔刑像をめぐる不思議な出来事。神話や伝説が背景にあるようだが、人形が動くホラーの変型みたいな感じで楽しんでしまった。好きだなこれ。
「アルベリック王子と蛇女」 ここではタペストリーの中の世界に心を奪われていく主人公が描かれる。これもまた美しく哀しい物語である。
「顔のない女神」 哲学的小噺みたいなものだろうか。基礎知識が無いのでもう一つピンとこないような。
「神々と騎士タンホイザー」 これもタンホイザーをよく知らないので解説を確認しながら読んだのだが、一種独特なユーモアがあることが分かる。中盤の音楽の表現なども面白かった。

 枠物語の中として伝聞としてだったり、直接物語として書かれたりなど表現はさまざまだが、多くの作品に共通するのは色あせた日常とは正反対に過去や伝説や虚構といった非日常の世界は溢れだすかのような色に満ち実に生き生きと描かれている。しばしばそれは心を乱すものだったり平穏な日常を失わせてしまうものだったりするのだが、魅了される登場人物はそれに甘美な酩酊を味わっているようにも思える。そしてその美しい世界は儚く脆いものであるがゆえに、美しいままにその時に封じ込めてしまおうとする意図も感じられ、それはしばしば著者がモチーフにしている美術品のようでもある。