異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

Gerge Clinton & Parliament/Funkadelic @Billboard Live Tokyo!!

行ってきましたよ!G. Clinton詣で!
ブログ移転してからP-Funkネタは少ししか書いていなかったが、ほぼ30年来のP-Funkerである(まあそりゃ<さあのうず>なんていう名前を名乗ってるわけで。ちなみに現在の<放克軒>もP-Funkね)。
 前のブログの記事をはてダの方に移してあるが
「clinton」の検索結果 - 旧ブログ:異色な物語その他の物語
 このように2009年も2013年もお参りしておる。清く正しいP-Funkerにとっては当たり前なのじゃ。(<中途半端な語尾選択)
ちなみにBootsy Collins詣でも2011年に果たしている。
http://d.hatena.ne.jp/funkenstein/searchdiary?word=bootsy
 
 そうね。コンサートの雑感から。例によってハコの性質上時間は短め。長尺のファンクによるグルーヴが魅力の大きな部分を占める(1993年の川崎では4時間超。終電が無くなり仕事の関係もあり最高潮のFlash Lightが流れる中、まさかの途中リタイアをした苦い経験も。ググると同じ年の大阪でも同じくらいの長さでやっていたらしい)。そのためどうしてももったいない感じもするのだが、何せGeorgeも相当なお爺ちゃん。やむを得ないよね。70年代後半のレパートリーであるお馴染みのライヴ曲を中心に中盤に33年ぶりFunkadelic新譜First Ya Gotta Shake the Gateの曲を織り交ぜ後半怒涛の全盛期メドレーをぶちかます。カッコよかったなあ!Bop Gun!元々ヒップホップに影響を与えているため、ステージでも昔のナンバーと新譜のヒップホップ的な曲とも自然にシームレスに移り変わる。P-Funkの音楽が本質的に新しかったことがよく分かる。それにしてもGeorgeの元気な事!ファンクの化身は生きていること自体がグルーヴなのだなあと感じる。心臓が動いている限りグルーヴは続く。

 P-Funkのコンサートに行くと毎度特別な感慨を覚える。聴きはじめた1980年代前半P-Funkは全く注目されなくなっていた。そもそもP-FunkParliamentFunkadelicという二つの音楽グループの総称(実はメンバーは全く同じなのだが、契約の問題で二つの名前でレコードをつくっていった。その辺の経緯もユニーク)。同じメンバーながらParliamentは歌中心ダンス志向、Funkadelicはギターインスト中心・・・まあその差は後期には次第に無くなっていくんだが。ともかく80年代前半特にFunkadelicのアルバムは入手しにくく、当時はネットで音源が聴けるような時代ではないので、音楽を耳にすることするら難しかった(一部のアルバムは聴けたが)。カット盤(といっても分からないでしょう。アルバムジャケットに傷をつけて(カットして)、安く売る方法。当然コレクター価値は下がる)のOne Nation Under a Grooveが(ロングヴァージョンのシングルつきながら)8000円ぐらいしたんじゃないかな。何週も悩んで結局買った。西新宿だったかな。そんなグループの音楽に熱狂してる人たちが沢山いるのを見るとねえ、ホントに良かったなあって思うんだよね。
 
 さて今回はP-Funkのことを自分なりにきちんと書いておくことにするかな。好き過ぎて影響を受け過ぎてしかもなかなか奥が深いので今までは書けなかったけど。
 真面目な話、相当影響を受けている。Punkもひと段落しHIPHOPがようやく浸透し始めたくらいの1980年代前半に勢いがあったのは英流ポップミュージック(Wham!Culture ClubDuran Duranなどのいわゆる第二次ブBritish Invasion)や米流ダンスミュージック(MadonnaMichael Jacksonなど)だったが、鬱屈したエネルギーをためこんだ中学生男子たちに強力な吸引力を持っていたのは実はHへヴィメタルだったりした。そんな中でそうしたあらゆる要素をすべて取りこんだような恐るべき異端児が登場した。それがPrinceであった。いかにも中坊たちが騒ぎそうないかがわしいいでたちの天才ミュージシャン。毛嫌いするやつもいるほど圧倒的な存在感。一方で壊れそうなほどに繊細な歌詞。たちまち時代の寵児となったのだが、当時の中坊(当ブログ主)はほどなくその何でもアリの精神には手本となった先達があることを知る。それがSly StoneそしてP-Funkだ。JBやLarry Grahamも加えてもいいかもしれない。要はFunkの精神なのだ(PrinceはJoni Mitchellの影響も受けているが、Joniもジャンルレスのミュージシャンといえる)。
 特に気に入ったのがP-Funk。SF好きにとってはたまらない宇宙趣味に奇妙な科学用語。Dr. Funkenstein、Mothership Connection、Bop-Gun等々の用語は当時好きだったSF作家フィリップ・K・ディックバリントン・ベイリーの小説に出てくるものとシンクロした(そもそもSFの面白さは造語の面白さなのではないかと思う)。P-Funkの歌詞は総帥であるG.Clintonのセンスによるものだが、例えばブログ主が一番好きな曲であるDr.Funkensteinでは冒頭から
 ♪They say the bigger the headache, the bigger the pill, baby
 Call me the big pill・・
といったドラッギーで化学的なヤバいネタからはじまり、
 Microbiologically speaking,
 When I start churnin', burnin' and turnin'
 I'll make your atoms move so fast
 Expandin' your molecules
 Causing a friction fire
 Burnin' you on your neutron
 "Hit me in the proton, BABY!"
と科学用語が乱舞する(ちなみにマッドサイエンティスト的なイメージを多用したミュージシャンにThomas Dolbyがおり、この人もFunkを得意としておりP-Funkの影響は強いだろう。一緒に曲も出したし。80年代はそういった動きが面白い時代でもあった)。一見古典的な宇宙冒険物の娯楽SFのような道具立てでその馬鹿馬鹿しさに笑っていると、奴隷制からの黒人の悲哀に満ちた歴史がさりげなく現れて聴く者の不意を突いてくる。また通常の白人中心の物語になりやすいスペースオペラでは悪役に見えるような人物が正義の味方だったりするギャップが面白い(例えばこんな人とかこんな人が正義の方)。童謡や童話を織りこむのも巧みだ(この辺りはP-Funkのギタリストで日本人の妻を持つ、今回もステージで大活躍だったBlackbyrd Mcknightのブログに親切な解説がある。その奥さん通称Mrs.によるものなので日本語でというありがたさだ)
 P-Funkの魅力の基本は音楽だ。1950年代半ばのコーラスグループThe Parliamentsが前身なのだが、リーダーにも関わらずG.Clintonはさほど歌が上手いわけでもない。楽器を演奏しているのも見たことがない。しかし独特のセンスと人集めの能力でBootsy CollinsにBernie Worrellといった凄腕たちを巻き込み、試行錯誤を繰り返しながら次第に音楽を成熟させていく。そして生まれたものはソウルフルでファンキーでダンサブルでハードロックでという類を見ない<何でもアリ>の音楽だった。
 全盛時代には地球にStar Childがやってくるというコンセプトで宇宙船をステージに登場させるP-Funk Earth Tourを行う(傑作ライヴアルバムあり!ああ生で観たかった!その時オレ川崎市在住の10歳だったけども!)。しかし大所帯グループの悲しい行く末に金銭問題が立ちはだかり(他にもいろいろあったようだが)、結局G.Clintonはメンバーの信頼を失い、ソロでの活動を余儀なくされる(例えばBootsyやBernieとの共演はその時からほとんどないんじゃないかな)。その結果80年代中盤にはP-Funkそのものの影が薄くなってしまう。
 そんなG.Clintonその頃はややダーティなイメージでとらえる向きもあった気がするが、低予算で打ち込み中心のやや地味ながらその実ヒップホップの時代とに呼応した時代的に的確なアルバムをしぶとくつくり続けた。結果90年代には浮上、やがてフォロワーであるRed Hot Chili Peppersの大成功と連動して先駆者としての確固たる地位を確立したのである。
 G.Clintonは切れ者である。レコードコレクターズのムック『Soul&Funk』(1993年)のP-Funkの項で湯浅学氏が書いている。G.Clintonは善であるスターチャイルドと悪であるサー・ノウズを同時に演じ、善悪が表裏一体であることを示している。コンサートを一杯にするファンの熱狂は何らかの政治利用をすることすら可能な危険なものと紙一重であることを警告していると。これこそまさに慧眼というべきだろう。
 G.Clintonが素晴らしいのはいろんな評価がありながらも音楽の人であり続けたことが素晴らしい。天才プレイヤーであるBootsyが音楽の人であるのはよくわかる。しかし上記のようにミュージシャンの力量そのものとしては必ずしも恵まれていないG.ClintonはどちらかというとDJ的プロデューサー的な要素が強い。しかしその独特な味のある歌いぶりと愛嬌で人の目の前に立つことを選び日本にまで足を運んでくれることが何よりもファンとして嬉しい。
 P-FunkにはFantasy Is Realityという曲がある。「夢の力」とでも名づけた方がいいようなこの曲はちょっと切ないミドルテンポのバラードだ。G.Clintonが想像することの力の大きさを伝えてくれる。そんな曲である。
Fantasy Is Reality-P FUNK - YouTube

P-Funkについては、もちろんそのアルバムを聴くのが何よりだが、活字媒体としては
上記の『Soul&Funk』のP-Funkの項
レコード・コレクターズ増刊 ソウル&ファンク
や、この壮大なストーリーのあらましと関連図書や映画などを紹介してくれる“アフロフューチャリズム特集”が載っている丸屋九兵衛編集長のbmr2011年5月号(ディレイニーの記事もあるよ!)
bmr (ビーエムアール) 2011年 05月号 [雑誌]
詳細な情報で世界的にも有用なのではないかと思われる決定的なP-Funk本、河地依子氏の『P-FUNK
P-FUNK
などがガイドになる。