異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2025年3月に読んだ本と参加した読書イベント

 あらなんか3月の読んだ本、更新が遅れてしまった。最近いろいろ雑だのう(悲)。
◆『リヴァイアサン』3部作 スコット・ウエスターフェルド

 随分長く積んでいた作品。最初の『リヴァイアサン』は快調だった。サラエボ事件後の世界の激動がほぼそのまま援用されているが、シンプルな改変歴史ものではなく、この世界では遺伝子改変技術がわれわれの現実世界よりはるかに早く進歩しているという大胆なアイディアが投入されている。その結果、生命体を自在に操るダーウィニストと機械文明を推し進めるクランカーの二派が鎬を削っており、その最中オーストリア=ハンガリー帝国の大公夫妻が暗殺、その15歳の御曹司がわずかな側近と共に逃亡を余儀なくさせられるところから話が始まる。そして、もう1人の主人公は自らの性別を隠し優秀な兵士として士官候補生になる少女。さらには秘密の任務を担った女性生物学者がからむ。基本のフォーマットがヤングアダルトライトノベルであるため、展開や人物造形に軽さと類型が見られがちではあるものの、大胆な着想とディテールの目配りがメリハリよく構成されて飽きさせない。
 しかし…。序盤の期待感とはだんだんズレが出てきて、悪くないぐらいのところで着地しちゃった印象。20世紀初頭の実在の人・事物が賑やかに盛り込まれスチームパンク系の楽しさはあるが、ダイナミックに絡むまでは至らず。百花繚乱で留まり、世界各地が舞台になるも単なる繰り返しで終始。結局序盤の勢いが保てなかった。原因を少し分析。著者あとがきをみると、周到に様々な同時代の要素を配置していた気配はある。ただ、基本主人公がヤングアダルトフォーマットなので、若く行動原理がシンプル。その心理モードで歴史のリアルな世界の出来事にあてはめて、平和への歩みを進めるところが結局うまく融合できなかったのではないか。もっと世界像自体が単純な方がキャラクターとストーリー展開がマッチしたかもしれない。もう一つは生物改造技術が高過ぎて、技術面ではSF寄りの異世界に立ち位置がありながら、作家としては改変歴史ものの「もう一つの歴史」を描きたいという少々重心の狂いが出ていたのではないかと思われる。細部は良いだけに惜しい感じだ。
◆『野球SF傑作選 ベストナイン2024』齋藤隼飛編

「星を打つ」水町綜
 大昔から続く<星間戦争>の背景には。アンソロジー収録ということ自体で大枠はわかってしまうのが惜しいが、壮大さとの落差で楽しく仕上がってい
る。
サクリファイス」溝渕久美子
 送りバントネタは予想内ではあるが、次々に様々な指標が導入される昨今のトレンドが押さえられている。
「月はさまよう銀の小石」関元聡
 時代の移り変わりと家族とのつながりが抒情的に綴られる作品。
「わたしの海外SF短編ベストナイン」千葉集
 幻想文学系含め既訳・未訳幅広く紹介したエッセイ。野球は想像力を刺激するのか様々な作品が並び読み応え十分。未訳で特に気になるのはワールドシリーズで投げた球がいきなり止まってしまうというドゾワ"The Hunging Curve"かな。
「マジック・ボール」暴力と破滅の運び手
 女子野球と消える魔球がテーマだが、思わぬエモーショナルな内容に意表をつかれた。
「継承」小山田浩子
 常勝ではない球団ファンの心をよく捉えたカープ小説。ベテラン作家で少し作品を読んだ記憶もあるが、広島出身だったとは知らなかった。
阪神が、勝ってしまった」新井素子
 阪神ファンである作者が初の日本一を記念に発表、当時SFファンにも多いに話題となった一作。なかなか優勝できないチームのファン心理がよく出ているが、人気は今と同じく高いものの、内紛でお馴染みで順位もせいぜい中位といった背景は安定した人気チームとなった現在では少しズレがあるようにも思う。災害の話がチラッと出てくるのも作者の意図とは無関係に震災を連想させたり死に対する表現も現代ではジョークとして成立しにくい印象がある。時間の経過というのは作品によって厄介なことがあるのだと感じる。もちろん基本的にはジョークという意図の作品なのだが。
「永遠の球技」高山羽根子
 こちらもエッセイ。試合時間の制限のない奇妙なスポーツ。その時間を超越した魅力的をSFらしい想像力で紹介。
「終末少女と八岐の球場」鯨井久志
 永遠と思われるスコアレスゲームが続く世界。一人の反逆者の気まぐれを許せない娘と友人が試合に挑む。ボルヘスオマージュも含みつつの中身は熱血青春小説の清々しさ。やられた。
「星野球」小松左京
 巨匠によるジョーク的小品。野球に詳しくない割にテンポの良い文体で野球に合ったアメリカンレトロテイストが出ている。こういうのはテクニカルに成立してしまうのだと変に感心してしまった。漫画も手慣れたものだし。
「of the Basin Ball」青島もうじき
 宇宙SF的なスケールの大きいイメージと野球をリンクさせるといった方向性の作品。巻頭言を読むとインフィールドフライ(捕球しなくてもアウトが決まってしまう)の奇妙さに惹かれたようなので、もっとそこを中心に落差を生じさせた方が読者に絵が浮かびやすかったのではと思う。
◇文藝2020年冬季号

 例によって雑誌は興味のあるもののみ。文藝賞発表、新連載開始「韓国・SF.・フェミニズム』。後者は2019年秋季号の「韓国・SF・フェミニズム」が好評であったことからの連載開始だろうが、結局いつまで続いたのだろう(例えば最近のには載っていない様子)。
○フィクション   
新連載「韓国・フェミニズム・SF」からフィクション1作。
「盗賊王の娘」デュナ
 タイムリープものでスピーディにいろいろ展開する作品だが、少々短く駆け足な印象もあり、好み的にはイメージを膨らませる分量があった方がいいように思われた。ビターでペシミスティックな世界観が背景に感じられる作品。
他のフィクション等は興味のあるもののみ。
「おもろい以外いらんねん」大前粟生
 漫才を題材にした青春小説。漫才のかけあいの文章化という部分は基本的に難しいところがあるとかつらつら考えた(一部再読した時には初読時ほどは気にならなかった。ただネタの部分含め良く書かれていても、どうしても実際の漫才そのものとはズレるところがあって言葉遊びや響きの点で隔靴掻痒感が否めないというか)。ただ漫才の世界に近い立場でありつつ、近年問題になってる<お笑い>の暴力性をストレートに扱っている点は良かった。また、ちょっとしたタイポグラフィックな実験あり、それも面白かった。
○ノンフィクション
新連載「韓国・フェミニズム・SF」からノンフィクション2本。
・「韓国SF界が踏み出した第一歩」藤井太洋
 2016年7月プチョン国際ファンタスティック映画祭のSFフォーラムに招かれた著者による韓国SF歴史についてのエッセイ。今や当たり前のように翻訳紹介される韓国SFについての貴重なレポート。
・「現実を転覆させる文学 現地の編集者に聞く、韓国SF小説の軌跡」構成:住友麻子 取材・翻訳:すんみ
 フェミニズムと関係の深くまた書き手と読み手が草の根運動的に成熟させてきた韓国SFの歩みがコンパクトにまとめられている。SF専門出版社アザクの編集長チェ・ジェチョン氏おすすめ作家ムン・モカディストピアSFが気になる。
他のノンフィクション 
・「招かれざる客を招く 「少年ジャンプ」・ジェンダー・閉ざされたファンダム」高島鈴
 少年ジャンプ的な文化(大括りでも週刊少年漫画雑誌文化)で育ってきていないので、ぼんやり時代の変化でこうした問題は起きるよなくらいが正直な印象だった。しかしこの論考のように、現代における様々な角度から検証すべきだろう。むしろ個人的には少年誌で<戦う女性>にエンパワメントされてきたという箇所。80年代LAメタルステレオタイプ化された露出度高め女性たちが登場するミュージックビデオよりも当時のロック雑誌の男性中心主義に反発を覚えた、とするレコードコレクターズ2024年8月号朝日陽子「1984年の洋楽ライフと"LAメタル"」を連想。表面的な論議だけで事物を語る限界がここにある。必ずしも物事がシンプルではないのはしばしばある。
紙魚の手帖vol.4

○フィクション
「ハンブルパピー」ジョーン・エイキン
 再読。実に可愛らしい犬の幽霊の話だかやっぱりいね。
「シャンクスと鍵のかかった部屋」ロバート・ロプレスティ
 ミステリ作家シャンクスが探偵役になるミステリシリーズの一作でシリーズ邦訳に『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』があるらしい。軽妙な会話と謎解きが楽しい。ミステリ作家ということで古典ミステリの言及があって、さらりとミステリ論的な箇所もあったり。
○ノンフィクション
「乱視読者の読んだり見たり」第3回ジーン・ウルフの”Suzanne Delage"を読む 若島正
 難物のジーン・ウルフを、プルーストを足掛かりにまたまた若島先生が鮮やかに謎解く。こうした謎解きを味わうために作品を読んでいるところがそれこそ中学生くらいの頃からある。なので自分の嗜好であるSFジャンルも網羅してくれる若島先生は奇跡や僥倖に類する存在である(まあもちろんまずは自分で読み解くことが重要なのは前提として)。

 SFファン交流会もオンライン参加。これまでのSFマガジンのオールタイムベストSFの変遷とか。しかし投票者としても長年参加しているのだなあと感慨深いと同時に年を取った気も(苦笑)。
www.din.or.jp