◆『ハイドゥナン』藤崎慎吾
『日本沈没』が引き合いに出される、地殻変動をテーマにした海洋SF。とはいえ、スピリチュアルな色合いの強いアイディアが中核にすえられ、印象は大分異なる。そうしたアイディア自体は悪くないし、クラーク的な世界像を提示しようという狙いは総体として成功としているし詳細な調査をベースにしているのもよくわかる力作である。『日本沈没』のエリートがリードしていく図式の限界を現代的にブラッシュアップしてもいるだろう。ただ、どうも惜しいところが目立つ。政治的な部分が平凡というか類型的で虚構としての面白みを欠く。メインの若い男女ふたりやその家族らのドラマパートはいいものの、科学者たちのパートは人物造形がやや硬く個性に乏しい(技術描写中心と割り切ったのかもしれないが)。20年前の作品ではあるが(21世紀の作品ではあり)SF作品の多くに陥りがちな欠点、女性登場人物は書割のようでやや品のない男性登場人物の発言がちらほら見られ、そこも残念。◆『ライヴ・ガールズ』レイ・ガートン
B級吸血鬼ホラー。あまりこういうのを読んだことがなかったので、展開はあまりよめず、主人公らが意外にさんざんなことになるのだなという印象。訳者解説では、70年代以降のモダンホラーで重要な作品としてキング『呪われた町』(マキャモンは『奴らは渇いてる」はその経歴の少し落ちる作品とのこと)やアン・ライス『夜明けのヴァンパイア』並んでフレッド・セイバーヘーゲン"The Dracula Tape"が挙げられて気になった。
◆『日中競作唐代SFアンソロジー 長安ラッパー李白』 唐代を題材にとった日中作家による競作アンソロジー。
「西域神怪録異聞」灰都とおり
実在の人物玄奘が西遊記として虚構化されたことを題材メタフィクション的な作品でニューロマンサー黒丸尚風な文体が適用されている。背景に詳しくない身には少々把握しづらかったというのが正直なところだが、時折混ざる(おそらく意図的な)軽い文体にも違和感があった(Xでは作者が若書きであったことを言及しており、今後に期待)。
「腐草為蛍」円城塔
異形と化したポストヒューマン的な偽中国史が描かれるがどこが面白いのか波長が合わなかった。
「大空の鷹-貞観航空隊の栄光」祝佳音
紹介文にある「スチームパンクならぬ牛皮筋パンク」に相応しく、目に新鮮な漢字用語が横溢する作品。人海戦術による計算機やらロバーツ「信号手」を連想させる情報伝達とかなかなかに熱いが、タイムスリップや飛船上の芝居とかちょっとアイディアが渋滞気味でもある。
「長安ラッパー李白」李夏
不勉強にも李白の詩や生涯がわからないので、もどかしい部分があるが、唐代とヒップホップをアクロバティックに融合させていて、おそらく難物な作品を翻訳もリズム感を意識して仕上げているのが感じられる。ラストなんかもかっこいいし、読んでて楽しくなる作品。
「破竹」粱清散
なんと白羆(パンダ)が怖しい化物として活躍するパンダSF。アクションや会話が活き活きとしていて、妖怪ハンター的なシリーズにもできそう。
「仮名の児」十三不塔
書をダイレクトに扱った奇想小説というのもなかなか珍しいだろう。序盤の川に書をなす描写が良かった。既に活躍している作家だが今回初めて。書道は趣味の一つらしい。
「楽游原」羽南音
掌篇だが大きなスケールの中で歴史の一幕を捉える作品で、本書のテーマにはぴったりだろう。こうしたスケール感は中国の作家らしいという気がする。
「シン・魚玄機」立原透耶
実在の唐代の人物、劇的な生涯を送った詩人'魚玄機'と刺客'聶隠娘'という二人の女性を題材にとったシスターフッドもの。これも短い作品だが、現代的なキレの良さが光る。
歴史に明るくないので、楽しめるものとピンと来ないものと両方あったが題材・表現など新鮮味があり、読んで良かった。
例によって雑誌は興味のあるもののみ。
◇SFマガジン2013年7月号
コニー・ウィリス特集。
特集短篇2作。
「エミリーの総て」
少女型アンドロイドとベテラン女優の話。ありがちな題材だが映画にも造詣の深いウィリス、ひねりが効いていてさすがに飽きさせない。
「ナイルに死す」
こちらは心理戦にニヤリとさせるものがあるがウィリスとしては普通かな。
◇SFマガジン2013年5月号
○フィクション
「エンジン」ジェイムズ・S・A・コーリイ
メロウなカラーではあるが、オーソドックスな宇宙飛行ロマンものという印象。
○ノンフィクション
第8回日本SF評論賞・選考委員特別賞受賞作
「荒巻義雄の『ブヨブヨ工学』 SF、シュルレアリスム、そしてテクノロジーのイマジネーション」タヤンディエー・ドゥニ
フランス出身の文学研究者による荒巻義雄論。非常に歯応えのある論考でなかなか難しいが、面白かった。「柔らかい時計」のユニークな点が現代の視点からとらえられていて、やや内容の範囲が広がり過ぎる傾向もあるが、テクノロジーと政治のことも触れられているところなど含め、示唆に富む部分が多かった。<現代SF作家論シリーズ>「飛浩隆」横道仁志
飛浩隆をキリスト教的に読み解く。横道氏の論考はどれも示唆に富んでいて今回も素晴らしい。
◇SFマガジン2022年8月号
短篇SFの夏、ということで日本作家短篇特集。
「魔法の水」小川哲
作者には同年発表された直木賞受賞作で満州を舞台にした『地図と拳』がある。山本五十六が「水から石油に変わる」とうい甘言に騙されたという逸話をベースにしており、若い世代がSF的な発想で、過去および現在を切り取っていて、『地図と拳』にいたる過程がとらえられる印象がある(ちなみに『地図と拳』未読。)
「奈辺」斜線堂有紀
これは既読。
「モータルゲーム」春暮康一
ゲームに疎いことも影響してか、ちょっとピンとこなかったが、進化やファーストコンタクトへの希求を表現していて、作者は近年では珍しくハードSF直系らしさを持つ作家だろう。
「すべての原付の光」天沢時生
不良文化と神学SF的なアイディアが言葉遊びで融合。煽り文句のバリントン・ベイリーとはいちおう関連がなくもないわな。近江八幡が登場するのは出身者だからか。
「怪物」ナオミ・クリッツァー
本号唯一の海外短篇。SFアイディアは必ずしもメインではなく、主人公と友人の長い心の交流が主眼となっている。特に目新しいところはないものの、若い時代の疎外感がよく出ていて良い作品である。
◇SFマガジン2014年10月号
特集「いまこそ、PKD」。某総選挙ブームに乗って、作品投票などが載っている(当時のtwitter投票が全部記載されているので当ブログ犬のも出ているが、ほとんど忘れていてこんな投票内容だったっけか?(笑)。
〇フィクション
「地図にない町」
実は未読。他の訳も出ているが、こちらは大森訳。らしさはあるがやっぱり少々薄味。
「ハーラン・エリスン編『危険なヴィジョン』向きの、すべての物語の終わりとなる物語」
と長いタイトルだが、単なるプロットの短いメモ書き。ディック未訳はもう掘りつくされていることが逆にわかる。
◇SFマガジン2004年11月号
ユーモアSFショートショート特集とハヤカワSFシリーズJコレクション中間総括。
○フィクション
「アンダーのゲーム」マイケル・スワンウィック
かなり軽めのパロディ。
「ドギーマン・ラブ」スコット・ブラットフィールド
ネット時代の犬の出会い系みたいな話。普通かな。
「バベルの図書館網」デイヴィッド・ラングフォード
ストレートなボルヘスオマージュ作品。原文タイトルはThe Net of Babel by J**s B*rg*sというのも可笑しい。『アザー・エデン』に収録作があるようだが積んだままだな…(苦笑)。
「十八パーセントの男」マイク・レズニック
悪魔の契約ものだが手垢のついたネタをちょっと違う角度で切り返していてさすが。
「ライフ・イン・ザ・グルーヴ」イアン・ワトスン
作者らしいブッ飛んだ奇想音楽小説で久しぶりにワトスン節を堪能。
「箱船の行方」石川喬司
作者周辺の実在人物(主にSF作家や著名作家)が登場する一連のエッセイ風の小説についてはあまりピンとこない部分が正直あった。しかし時が流れ、そうした作家たちとのエピソードも歴史となった中で違った印象を持つようになった。本作では、日常とも現実ともつかない世界が、老境に入った作者の回想を伴い、なんとも不思議な味わいをもって立ち現れている。
○ノンフィクション
デッド・フューチャーRemix 第38回 永瀬唯
この時期、小松左京が取り上げられていて、これらは小松が初期の庶民視点からテクノクラート的視点に転向していったかが分析され続けていて面白いんだよね。この辺りは著作としてまとめられる気配もないし、集めてゆっくり読んでみたいところ。
◇SFマガジン2021年6月号
異常論文特集。もう大分前に著作化されているね。監修は樋口恭介。
○フィクション
「INTERNET2」木澤佐登志
理科系の論文形式というものではなく、全体としては進化したネット空間のイメージを喚起させたイメージ短編といった趣き。
「裏アカシック・コード」柞刈湯葉
真実ではない事は、検索をするとはっきりするという裏アカシック・コード。真実を証明するとなるとどうしても絶対性や神学的方面へと内容がシフトしシリアスになるが。そこを真実ではないとしたのが秀逸である。
「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」陸秋槎
既読。
「オルガンのこと」青山新
腸内細菌に関する研究の進歩はめざましく、そこから着想を得ただろう作品。空想の広がりが異様なヴィジョンに発展し、これは面白かった。メディア関連の若手研究者ということで、あまり創作方面の活動には大きく期待できなさそうではあるが。
「『多元宇宙主義』と絶滅の遅延-静寂機械・遺伝子地雷・多元宇宙モビリティ」難波優輝
非常に閉塞的な世界という現実を逆手に取り、全てを絶滅させるという思想を形而上学的に突き詰めるという発想はユニーク。キイワードのセンスなど楽しめるが、空虚な部分はなくもない。
「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」柴田勝家
宗教と原虫を結びつけた発想がなかなか意表をついていて楽しく仕上がっている。
「SF作家の倒し方」小川哲
SF作家クラブが過去に親睦団体であったことも影響して揉め事が持ち上がったのを思い起こすと、内輪ネタを扱うこと自体あまり笑えないところがある。
「ザムザの羽」大滝瓶太
カフカ『変身』とナボコフを下敷きにした文学評論的メタフィクションといったところか。参考文献に柄谷行人があるなど、多くの側面がありそう。一読ではなんともいえないが"異常論文"の題目にストレートで高度な回答となっている作品だろう。(作者自身のTwitterによると書籍版は大幅に加筆されている様子)
「樋口一葉の多声的エクリチュール-その方法と起源」倉数茂
樋口一葉の文体研究から思わぬ話へと転調。これは面白かった。
「無断と土」鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)
短歌、言語学、ゲームといった切り口から現代日本の天皇制・怪談・震災・朝鮮人差別などを解析に加え、という虚実ないまぜになった論文(およびディスカッション)という形式。細部まで理解は及ばないものの、図などもあり、ボリューム含めて非常にしっかりと書き込まれているし、何より最も"異常論文"というお題に乗っ取っているのでこれが本特集の柱だろう。ちなみにこの<いぬのせなか座>は言語表現を軸にした芸術活動集団のようだ。
異常論文特集、とりあえず日本作家分について。総じて作品の狙いや形式、出来にはバラツキがちょっとある印象。
「修正なし」サラ・ゲイリー
異常論文特集に合わせ、2作品が訳載。自動運転車による事故についての無機質なコメントレベルの短さの本文に、倍以上の分量で注釈がつくというスタイル。低体温な論文形式を逆手に取り、注釈の方でエモーショナルな執筆者の思いが溢れる内容で、反"異常論文"とでもいえるかもしれない。
「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」ニベディダ・セン
原始的狩猟生活を営むコミュニティとその出身者を扱ったレポート形式で人肉食が扱われている。植民地主義や男性中心主義への批判精神が見られる作品で設定やエピソードなど魅力があり面白いのだが、もう少しヴォリュームを増して話を膨らませることもできたのではないかとなるのが惜しい。作者はインド出身のようだ。
翻訳物はなるべく目を通すようにしているのだが、最近積読が洒落にならなくなっていることなどの諸事情から特集外の戦車SFデイヴィッド・レイクはスルー。戦地経験ありでジーン・ウルフもコメントを寄せるなどの記載もあり、気にならなくもないのだが…。
○ノンフィクション
・SFのある文学誌 第76回 長山靖生
医師でもあった小酒井不木についてでなかなか興味深い。次の77回もこの続きで面白かったとブログにも書いているが内容の記憶がない。ただ手放してしまったんだよなー(苦笑)。
・さようなら、世界第3回 木澤佐登志
ロシア宇宙主義の続き。トランスヒューマニズムとの交点について。加速主義、現在のロシアとの思想的に地続きな部分は恐ろしくもあるが、注視すべき動きだろう。
さて1月は2か月連続で山野浩一がテーマ!ということでまたSF乱学講座へ。
sfrangaku.okoshi-yasu.net
以前から山野浩一の研究をされておられる若手SF批評家の前田龍之祐さんの登壇!最早アラカンの山野浩一影響下の当ブログ犬にとって前田さんの登場は衝撃の一語につきる。今や山野浩一研究の第一人者岡和田晃さんもNW-SF関係者よりかなり下の世代になるのだが、前田さんはさらに若い。ほんとうに嬉しい驚きであった。もちろんそれは実直な研究ぶりにもある。SFジャンルが陥りがちな科学中心・テクノクラート中心主義に懐疑的であった山野浩一の視点をふまえての地に足のついた歩みが非常に心強いのである。今回がデビュー講義となったようで、日本ニューウェーヴSF史にとっても意義深い場に立ち会えたことにも喜びをかみしめている。