異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2024年7、8月に観た映画や行った美術展


 ここ最近の映画や美術展。
□「Shirley シャーリイ」(2020年)
 舞台は1948年、大学教授である夫とその妻である作家シャーリイ・ジャクスンの家に若い夫婦(フレッドとローズ)が住み込むようになる。より女性に抑圧的な社会風土を残す時代の空気を充満させたニューロティック・サスペンスといった感じだろうか。注意が必要なのは、これはシャーリイ・ジャクスンを題材にしてはあるもののフィクションであること(そういう意味で「伝記映画」と書いてある日本語wikiは誤解を招く)。例えばローズが妊娠したりといったエピソードがあるが、本編ではシャーリイが子どもを持った経験のない人物の様な描かれ方をしている。実際には子どもが4人いて、子育てに関するノンフィクション『野蛮人との生活』は名著として評価が高い(未読。再刊の噂はどうなったのか)。もちろん映画内にはその子どもたちは全く登場しない。

 映画そのものはなかなか面白く、シャーリイ・ジャクスン作品に見られるちょっと嫌な日常のずれや人間の悪意がよく表現されている。ただ(こちらも未読の)『処刑人』(あるいは『絞首人』)執筆にいたる経緯を追うというのが重要な流れの映画であり、読んでおけばより楽しめたかもしれない。
□「聲の形」(2016年)(TV視聴)
 一部はどこかで観た記憶があるが、通して観たのは初めて。台風で遠距離通勤者のため、翌日の予定とかも考えて東京に宿泊、たまたま地上波放送があったので観た。アニメーションでソフィスティケートさらている部分もあるが、聴力障害のある少女を中心にいじめについて正攻法に扱ったシリアスな作品。手探りで差別・コミュニケーションの問題と対峙しなくてはいけない若い主人公たちの描写は胸に重くのしかかり、当ブログ犬世代からでも辛い部分はあり、改善しなくてはいけないのはむしろ周囲の大人たちなのではないかとも思われる。ただ表現の豊かさや細やかさは見事。今更ながらに京都アニメーションの力が感じられる。それにしてもこれほど思春期の気持ちに真摯に向き合ったアニメーションの会社に暴力をふるう人物がいたという現実には、暗澹たる気持ちになる。
□「支那の夜」(1940年)(既に公開は終了)
 なんとなく普段観ていないタイプの映画を観たくなり、検索をしてこの特集に行き当たり、初めて国立映画アーカイヴへ。

www.nfaj.go.jp
 日本になくて海外に残っていて返還されたフィルムを上映している特集。この作品は短縮版があり、そちらはyoutubeでも観られるようだが、今回公開されたのはフルヴァージョンということでこれまた貴重な機会だったようだ。内容は、戦前の上海が舞台で、日本人船員と中国人女性が恋に落ちるというもの。当然占領側の都合の良い視点が全編を通じて出ている偏ったもので、受けつけない方もいるだろうが、気づくことも多くある作品だった。昔の映画をあまり観てきていないが、まずはこれなかなかの大作といえそう。メロドラマを軸にアクションシーン、上海市街・蘇州ロケの観光要素、支那の夜・蘇州夜と服部良一の音楽と盛り沢山で、当時の映画製作者が狙っている娯楽要素を知ることが出来る。また、李香蘭山口淑子)のキャラクター造形は、一般的な正統派優等生日本女優に比し(筋書上修正が見られるものの)情熱的で自由奔放(本編で三角関係となる女優との感情を抑えて生きる役との対比は明確)。現代にいたるまで、自由な振る舞いで人気を博す女性タレントへの系譜を感じさせる(大抵は若く、しばしば人種ミックス的あるいは保守的な一般社会のアウトサイダー要素を持つ人物。人気者になった後、いきなり貶められる流れまで見えるアレ)。また全体にあからさまに中国人差別が出ているというよりは、種々の問題に無関心のうちに話が流れ、重要なことが観客にシリアスに考えさせないように隠匿されているみたいないやらしさもある。というわけで但し書きが必要な作品であるが、古い作品からでしか発見できないことがあるのもまた事実だ。例えば、当然なことだが、ロケされた上海は当時の姿が映されている(どこかにJ.G.バラードが映っているのかもしれない!)。当時の上海の街並みや港を知ることができるし、港ではほんの少し労働歌っぽいものも聞こえる。それが語るものは物語そのものよりも雄弁であったりもするのである。あと無関係だが、主人公がヒロイン李香蘭をつきっきりで看病するシーンがあった。どこかで見覚えがあるなと記憶をたどったら、今年の大河ドラマ「光る君へ」で道長がまひろを看病するシーンだった。古典的な演出はそうは変わらないということかもしれないが、80年以上経ってて同じような演出というのもどんなものなのかねえ(まあ外野の印象でしかないがね)。
□「首」(2023年)
 CSで鑑賞。SNSで割と良いという噂を知って、観てみた。結構楽しめた。当ブログ犬が若かった頃、時代の寵児であった北野武なので、HANA-BIあたりまでは割と観ていた。近年は本人含め興味を失っていたし、よく名前を聞く「アウトレイジ」も観ていない。が、本作は唐突な暴力と横溢する死、無慈悲な哄笑など、北野武映画とはこんな感じだったなとらしさがよく出ている作品だなと思った。重鎮になって大物俳優も使いやすくなったり、昔に比しホモソーシャル世界をフラットに表現できるようになったのも歪みが減ったのもいい方向に作用しているのかな。通常の時代劇より妙に剃りの面積の広い丁髷になってるのは監督の照れではないのかな。あと、木村祐一の不慣れなセリフ回しも意外と映画から浮いていないのだが、こうした専業じゃないタレント(など)を積極的にキャスティングする傾向のある監督が他にもいたりするが、これはどういった考えなのかなと思ったりもした。
 美術展も行ったり。(どちらも終了ですな)
〇内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙

www.nmwa.go.jp
 なんの気なしに観に行ったが、超絶細かく美しい中世写本の世界に驚かされた。またこれが医師である内藤裕史氏の個人的な興味からのコレクションだという事実にも圧倒される。
〇TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション

www.momat.go.jp
 パリ、東京、大阪の美術館のコレクションを集めたもの。ちらもふらっと行ったが、有名な画家の作品が多く、楽しかった。