異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2022年9月に読んだ本

諸般の事情でしばらくは低調が続きそうです。
◆『気分はもう戦争矢作俊彦大友克洋
 昔読み逃していた作品。改変歴史ものの系統になんとなく最近興味が寄っていて、どうかなと思って初読。一時、享楽的な80年代のノリで戦争が描かれていたら残念だという迷いもあって随分時間が経ってしまった。が、さすがに評価の高い作品だけあって、作品発表当時の楽天的な空気はありつつも、基調はあくまでも乾いたアイロニーにあって、ほんの少しの気まぐれや失敗から悲惨な運命が訪れる話が並ぶ。通しで登場する人物もいるが、大枠は連作形式で、そのためハードボイルドからドタバタまでとバリエーションの広さが楽しい。本筋には無関係ながら、野球ネタが多く含まれていたのは少し意外だった。あと文藝2021年秋号掲載の王谷晶「この月がお前を照らすと言うのなら」に共通するネタ(トリップ関連)があって笑ったが、元はどこからなんだろうなと少し思った。
◆『天界の城』佐藤史生
 解説にもあるように、本書もまた作者の特質が発揮された、神話的あるいは文化人類学的要素とSFが融合した作品集。
「阿呆船」「羅陵王」の様に、特別な資質や運命の個人と社会のドラマ、といった構図が採用されることが多い印象だ。オープンエンディング的側面のあるラストは、その後への想像がふくらむ。
「馬祀祭」「阿呆船」もそうだが、引用されるモチーフがなかなか渋いところに作者のセンサーの鋭敏さが感じられる。話は王道の美しいラブストーリー。
「天界の城」「馬祀祭」の登場人物たちのその後が描かれる。神話的な要素が強い作品。
羅陵王」既読。
「やどり木」ある惑星で一人の若者が故郷を離れ、宗教的な学院に寄宿生となる。"ミスルト"と呼ばれる幻覚作用を有するスパイスを使用しながら、<ビジョン>を得るための勉強を続けるが。「デューン」の"メランジ"からヒントを得たのだろうか。ただ本作の主眼はそうした宗教的世界を構築する人々の犠牲心と社会といった部分にあり、むしろル=グィンの「オメラス」のテーマに近い。いずれにしても読み応えのある思弁性が高い作品でさわやかな余韻も含め、これがイチオシである。
◆『城の中の城』倉橋由美子
 1980年の当時としては現代小説にあたる。30歳の既婚女性、桂子とその周囲に起こる出来事が描かれる。夫は英文学の教授で、他の登場人物たちも同様な背景、基本的に裕福なインテリたちの世界が描かれる。夫婦交換やキリスト教批判がテーマとなる。前者がそうした世界で(一種の思考実験的な意味でも)流行っていたのかどうかは少々疑問で判断保留。一方キリスト教批判についてはかなり辛辣である。ただ、かなりキリスト教に関する資料を当たりながら理知的なスタンスで批判をしているのが印象的。西欧的価値観を受容して戦前からの転換を図っていた時代、こうした(当時の)知識層にとってキリスト教価値観をどうとらえるのかが非常に重いものだったことが感じられる。
◇文藝2019年秋号
 例によって雑誌は興味のあるものだけ。
○特集外小説
「リボンの男」山崎ナオコーラ
 特集に含まれる扱いにはなっていないが、主夫を主人公にしていて呼応している内容。新時代のモラルを温かみを持って描く。
「流卵」吉村萬壱
 1961年生まれの著者と同世代と思しき少年の中学生時代の回想を中心に展開する。世代が近いので、当時のオカルト文化の影響など身近に感じられる。主人公の性的な好奇心が、女性になりたいという願望と共にあり、そこが家族への複雑な思いへとつながっていく。
「鶴鳴」陣野俊史
 オバマの広島訪問を題材に、原爆犠牲者と折り鶴のイメージの交錯について、フィクショナルな考察がなされる。
○特集 韓国・フェミニズム・日本。
フェミニズム視点からの韓国・日本文学特集。
・フィクション
「家出」チョ・ナムジュ
 父の家出という一家庭の出来事を追う小説だが、父権の失われた世界がテーマだろう。ほのぼのとしたユーモアが心地よい。
「韓国人の女の子」西加奈子
 在日3世の彼氏と過ごした若い日々が描かれる。タイトルの示す二人のやりとりがユーモラスで切なくなる。
「あなたの可能性を見せてください」イ・ラン
 短いが、ジェンダーや性行為に対する問いかけが面白い。タイトルはなかなかアイロニカル。
「卵男」小山田浩子
 講演で行った韓国の思い出、というスタイルなのだが、一瞬の鮮やかな幻影を見せてくれる。
「名前を忘れた人のこと Unknown Man」高山羽根子
 美術などときおり出会う韓国に関連した事物、そしてそれに向き合う戸惑いといった部分は多くの人々に共通するものであろうし、等身大かつ誠実に綴られているように思う。
デウス・エキス・マキナ deus ex machina」パク・ミンギュ
 変な神が突如現れ地球が一変してしまうという著者らしい奇想SFで相変わらず面白いが、表面的にはフェミニズム的な要素は感じられないがどうか。
「京都、ファサード」ハン・ガン
友を悼む語り手の独白の中に、淡い背景のように日韓の関係がほの見えて良い。
「モミチョアヨ」星野智幸
著者自身と思われる語り手だが、最近韓国で生活しているのだろうか。韓流芸能の世界的人気と韓国男性文化を取り上げているが、実体験に基づいていると思われ、素の声を拾っていくのは重要かつ貴重な資質だなあと思う。
「ゲンちゃんのこと」深緑野分
少女の目を通して差別の問題を描く。短くシンプルな作品だが切ない。
「三代(抄)」MOMENT JOON
 韓国を離れ日本でラップや創作をする、若い世代による自伝的小説。前の世代が経験した激動の時代、現代の軍隊でのいじめなど、重い話が続く。今の世代の軍隊に対する考え方が伝わってくる。実は大事なところで終わっていて続きはwebというパターンであった
https://i-d.vice.com/ja/article/vb5dwm/moment-joon-three-generations-1
・ノンフィクション
「極私的在文学論 針、あるいは、たどたどしさをめぐって。」 姜信子
李良枝、金石範、金時鐘宗秋月、香山未子、深沢夏衣、金蒼生ら朝鮮ルーツの文学者たちが日本語と格闘した姿が記され、文学的行為の核の部分に迫ろうとする論考。不勉強ながら知らない文学者ばかりで、いろいろ知ることができた。
対談 斎藤真理子×鴻巣友季子
 翻訳界で活躍されている方々の対談なので、現代の韓国文学・世界文学の状況がよくわかる。モラルが文学のテーマとして日本では忌避されがちというのはうなづける。翻訳文学も日本文学であるという話が印象深い。
連載
「移民とラップ」磯部涼
 この号が初回。まだ続いているのかな?ラップのリアルさと直截性ゆえのあやうい部分が丁寧に分析され、黎明期からの流れも含めて書かれている。ほんとうの言葉が使われている、それこそ最新の言語表現様式であることかよくわかる。
◇文藝2020年秋号
 こちらも興味のあるものだけ。
〇特集外の作品
「推し、燃ゆ」宇佐見りん
 掲載後、芥川賞受賞。学校など日常生活がうまくいかない高校生あかりは、アイドル・グループのメンバーに入れ込むのが心の支えになっている。題材、フォーマットなど堂々たる王道の青春小説だが、たしかな表現力で作品に昇華されている。
「死亡のメソッド」町屋良平
 映画業界やゴシップの世界での若者たちの出来事がつづられる。現代らしい道具立てで虚実のあいまで翻弄される人々が皮肉に描かれている。
「現代語訳 藤戸」岡田利規
 日本の古典もまた全く明るくないのだが、この藤戸をネット検索するなどしながら読んでみた。上記のいとうせいこう含め、こうしたものへのアプローチも時代とともに変化してきているのかもしれない(当然ではあるが)。
特集1:覚醒するシスターフッド
○フィクション
ケンブリッジ大学地味子団」ヘレン・オイェイェミ
 ナイジェリア出身ということだが、基本的にはケンブリッジのようなエリート大学の社交クラブの女性差別的なカルチャーの話。日本でも同様な環境でそうした文化があるのも事実だが、それでもこうした社交クラブの話はどこかわかりにくさがあるのが正直なところ。本の交換の部分での選書がなかなか興味深い。
「未来は長く続く」キム・ソンジュ
 これは続編で本編である「火星の子」は未読だが、単独で読んでも問題ない作品だろう。シスターフッドの視点から、宇宙進出・テラフォーミング・未来の格差社会といったストレートなSFアイディアがあらたな光が当てられていて面白かった。
「星空と海を隔てて」文珍
 OLと女子学生が小さなきっかけから行動を共にする。さわやか過ぎる気もするが、他の作品とのバランスで素直に良い気分にさせられる一編だ。
「ババヤガの夜」王谷晶
 ヤクザのもとで働かされることになった主人公はそこの娘の運転手になる。喧嘩の強い女性主人公、箱入りのヤクザの娘などややステレオタイプだったりデフォルメの強い人物造型が前半気になったが、後半しくまれた仕掛けに唸らされた。なるほどこれはシスターフッドノワールなのだな。
「断崖式」桐野夏生
 複雑な家庭環境にある少女について、家庭教師の視点から描かれる。短いがシャープな切れ味の展開は人気ミステリ作家らしい。
「パティオ8」柚木麻子
 コロナ蔓延下、共同住宅の中庭で子どもを遊ばせざるを得ない子持ちの母親達。子どもらの声がうるさく仕事に支障をきたすとのクレームがあった。タイトルはオーシャンズ8かな。クレームを寄せたいけすかない中年男を、他の住民それぞれの特技を生かしてこらしめる。洗練されたクライムノヴェルの系譜を、シスターフッド視点から描き直している作品。
「桃子さんのいる夏」こだま
 村に体験移住にやってきた夫婦と地元の教師のやり取りが描かれる。過疎化、高齢化の日本のあらたな一場面だが、さりげない温かさに救われる。
「老いぼれを燃やせ」マーガレット・アトウッド
 タイトル通り、高齢者を排除していこうというディストピア的な出来事がメインだが、前半の高齢者施設の日常描写が上手い。登場人物たちの掛け合いや幻覚の見える主人公がそれをやり過ごす様子とかに皮肉なユーモアがあり、後半の展開に独特の陰影を加えている。
特集2、3「非常時の日常 23人の2020年4月-5月」「世界の作家は新型コロナ禍をどう捉えたか」
 コロナ禍に遭遇して間もない時期の作家たちのビビットなリアクションが読める。読んだのは一部のみ。現在と感染蔓延の状況そして社会状況の変化もあり(また今後更なる変化も予想され)、文章との距離感を正直取りづらいところもある。それでも比較的早期に特集を組む事の意義は大きく、このフットワークは本誌の強みだろう。あと、いとうせいこうがLKJや能の翻訳をしていることを知った。
○ノンフィクション
「まっとうな人生」絲山秋子
 連載だが、コロナの日常がビビットに描かれている。
「移民とラップ」磯部涼
 群馬県大泉町が取り上げられている。随分昔のことになるが(20年くらい前)、大泉町にそれなりに近いエリア(まあ地域的に当然だが、車の移動を前提とした<近さ>でしかないが)で仕事をしていたことがあって、多少馴染みのある土地だが、むしろ知らなかったことが多かった。この連載は完結したら良い本になるのではないか。