異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『エクソダス症候群』 宮内悠介

エクソダス症候群 (創元日本SF叢書)

若手ではあるが直木賞にもノミネートされ日本SF大賞もとっていて、発表するたびに作品が話題になる日本のSF作家では注目を集める一人。話題になるのも当然で毎回題材にインパクトがある。今回は火星の精神病院が舞台。おお今度はそれできたか!

 すべての精神疾患が管理下に置かれた近未来、それでも人々は死を求めた。
地球での職を追われた青年医師は、生まれ故郷の火星へ帰ってきた。かつて父親が勤務した、開拓地で唯一の精神病院へ赴任するが。精神医療とその歴史に挑む。(amazonの紹介より)

 火星と精神医学、という取り合わせはフィリップ・K・ディック『火星のタイムスリップ』(1964年)や荒巻義雄『柔らかい時計』(初出1968年)を連想させる。火星の乾いた風景と脳内の不可思議な世界がシュールレアリスティックなイマジネーションをかき立てるのかSFとして古典的な題材になってきた。一方実際の精神医学の世界は脳科学の進歩と共にそうした古典的なSFが扱ってきたテーマとはやや違った側面を持つようになってきていると思われる。本書での作者のアプローチはどちらかというと古典的なSFと共通している。それはややもすると新味に欠ける取り組みのように』思われるがそうではないと思う。あくまで個人的な見解だが、フィクションにおける精神分析的なテーマは実際の精神医学と異なった独自の発展を遂げていて一つの大きな分野を形成している印象がある。ある意味現実と遊離している内容だが、そこにはフィクションでしか得られない生身の手触りがあるのではないか。本書が未来の火星という日常から飛躍した場を設定しているのは、そうしたフィクションとしての精神分析を表現する場が必要であったからではないかと考える。もちろん現実の精神医学が全く違う方向に完全に進んでこうした小説の世界が全く読者に理解できない日がくるかもしれない。しかしそれも含めて今日2015年時点でのアップデートとして優れた作家がこのような形でそうした世界を表現したのは大いなるチャレンジではないかと思う。そういう意味では野心的な作者らしい作品であるといえる。
 ミステリ的な仕掛けもあり、小説としても面白い。10年後20年後にどうこの作品がとらえ直されるかが楽しみである。