ナチスのユダヤ人差別をテーマにした歴史改変ものを続けて読んでみた。
もしも第二次大戦時に元飛行士で反ユダヤ主義者リンドバーグが大統領になっていたら・・・。
7歳の少年の目線で差別にさらされる恐怖と家族・民族・国家を描く、ロス最高傑作とも評される歴史改変小説。(amazon内容紹介から)
2004年作。舞台はアメリカ。ユダヤ人たちは表だって排斥はされていないものの<アメリカ同化局>による様々な<馴化>奨励策が行われ抑圧された日々を送っている。為政者側からは「眼を離すと反政府的行動に出る」人々とみなされているわけである。主人公は必ずしも豊かとはいえないユダヤ系の普通の少年で親族と肩寄せ合って暮らしている。絵を描くのが得意で大人しい兄サンディ、両親を失い家にやってきたいとこアルヴィン、高名なラビ・ベンゲルズドーフと親交の深い叔母エヴリン、要領の悪い近所の友人セルドンなどなどどこにでもいるような人々だ。しかし馴化政策の一つである農業研修<庶民団>参加ですっかり洗脳されたサンディ、ユダヤ差別に反発しカナダに渡り反ドイツ側として従軍するも負傷で戻らざるを得なくなったアルヴィン、リンドバーグの馴化政策にユダヤ側として積極的に協力するラビ・ベンゲルズドーフに同調するエヴリンなどなどそれぞれを待ち受ける運命は様々であり、さらにはちょっとした小さい考え方が次第に大きな亀裂を生んでいく。堅実な筆致で進められるストーリーは平凡な人々の日常が中心であり、ゆっくりと真綿で締め付けられるような恐ろしさがある。さらに本書で恐ろしいのは悪役のリンドバーグですら必ずしも全ての権力を握っているとは思えないことだ。歪んではいても民主的なプロセスで選ばれ、反ユダヤ的な政策に抵抗をしようとする勢力はあってもその力が機能しないのだ。読者からすると異常に見える世界は歴史のわずかなずれで生じる可能性があるのだ。
終盤にミステリ的な仕掛けもあり、そうした部分もカッチりとはまっている。また主人公は作家本人と同名で自伝的要素があるらしく、同じ同名主人公の他の作品と連ねて読み解いてく楽しみもあるようだ。主人公たちの周囲は平凡な人々だが、実在の人物が数多く登場しいろいろな歴史的事実が重ねられたりしていてその辺を意識した丁寧な解説もありがたい。アメリカの現代史に詳しい人はより発見がある小説だし、当ブログ主のように詳しくない読者でも歴史を知るきっかけを与えてくれる。
安ホテルでヤク中が殺された。傍らにチェス盤。後頭部に一発。プロか。時は2007年、アラスカ・シトカ特別区。流浪のユダヤ人が築いたその地は2ヶ月後に米国への返還を控え、警察もやる気がない。だが、酒浸りの日々を送る殺人課刑事ランツマンはチェス盤の謎に興味を引かれ、捜査を開始する―。ピューリッツァー賞受賞作家による刑事たちのハードボイルド・ワンダーランド、開幕。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞三冠制覇。(上のamazon内容紹介から)
日本では先に刊行されたが、こちらの方が後で2007年作。訳者あとがきに当時未訳の『プロット・アゲンスト・アメリカ』のことが関連作として記されている。(しかし『ユダヤ警官同盟』もう古書でしか手に入らないのね・・・)
『プロット・アゲンスト・アメリカ』との直接の関係はよく分からないが、後に書かれたせいかこちらの方がより手の込んだ大胆な設定がなされている。第二次大戦前アラスカにユダヤ人自治区が設置されそこにユダヤ人が移入し、さらにイスラエル建国が失敗したことによる難民の移入があり、特別区は人口三百二十万人になっているという設定(訳者あとがきによるとアメリカでユダヤ移民亡命受け入れ計画は実際あったらしい)。特殊な政治的経緯で成立した特別区はさらに流派の違いで一様ではないというユダヤ教内の事情も加わり、複雑な様相を呈しているが、そこに殺人事件が起こるという小説である。ユダヤ文化要素が多分に盛り込まれているのがユニークでこちらは謎解きにからんでくる『プロット・・・』よりさらに大胆なアイディアが導入されSFミステリならではの面白さがあるともいえる。チェスも伏線に効いてくるところもいい。
訳者あとがきの著者がアイディアを得たきっかけの話も面白かった。東欧ユダヤ人三世である著者は直接差別を知らず、また東欧ユダヤ人使用言語であったもののホロコーストによる使用者の減少もあり廃れているイディッシュ語についての本を少し茶化し気味に紹介した時にイディッシュ語・文化存続をめざす人々から反発を受けたというのがはじまりらしい。謝罪した上で、直接は共感ができないことをふまえ、郷愁を感じられるものとして想像上の世界なら可能としてイディッシュ語が生きている世界を作り上げたという。アメコミを題材にした『カヴァリエ&クレイの驚くべき世界』(当ブログ主未読)や本書から感じられるように、著者は小さい頃からSFやミステリやコミックにつかっていたからである。いずれにしてもイディッシュ語という言語学的な部分も本書を支えているようだ。
2作読んで歴史改変ものというのはナチスがテーマになることが多いのだと感じた。大きな歴史の転換点であり現代社会を書くテーマになりやすいということやナチスのホロコーストが人間が起こしたむごい事実であるために歴史改変のような超現実的な手法を使用しないと描けないということもあるのかもしれない。一方でいずれの作品でもナチスはむしろ背景に後退し、ユダヤ人内での考え方のずれなどが書かれている。もちろんこれはナチスを断罪しないということではなくて、異常な状況が生じた時に人間がどうするのかという普遍的な問いかけとなるとともに肌身に感じられる危機として大変考えさせてくれる効果がある。またどちらもチェスがよく登場しそれぞれ重要な題材となっていて、ユダヤ人とチェスの結びつきが感じられる。
持ち味の違いとしては家族小説の『プロット・アゲンスト・アメリカ』、ハードボイルドミステリの『ユダヤ警官同盟』といったところか。より日常的なところから人々の心の動きが感じられる前者、謎解きやアイディアの大きな仕掛けがポイントの後者。後者のアイディアについては前者に比べ(以下ネタばれにつき色を変えます)聖地の破壊というところがより911を感じさせる。いずれも2001年以降の作品ではあるが。
『ユダヤ警官同盟』の方がユダヤ社会や文化についてより描写が割かれている印象だが、その辺り1933年生まれのフィリップ・ロス、1963年生まれマイケル・シェイボンという世代の違いが大きいのかもしれない。後の世代の方が直接表現しやすいということはないだろうか。一方で再読すると表面上は目立たない『プロット・アゲンスト・アメリカ』のユダヤ的な部分が見えてくる可能性もあるが。
やっぱり歴史改変ものは面白いなあ。より知識をつけると深く読み解けるかな。
※追記 その後TV映画「ヒットラー」(Hitler: The Rise of Evil)(2003年)観たので追記。主演のロバート・カーライル(フル・モンティに出てたんだねえ)の熱演もあって面白かった。ヒトラーの個人史を中心権力を掌握している様子が描かれる。ナチの中心人物でも古くから関係が深いレームとの話だったり、ハンフシュテングル夫妻や姪のゲリの話などが目立つ。ヒンデンブルク約のピーター・オトゥールがさすがの存在感。キャバレー文化も結構描かれてたな。そちらも詳しくないんでちょっと知りたくなってくる。その時代の音楽が現代へ与えた影響とつらつら考えていくとクルト・ワイルを思い出し、
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005FMBA1980年代のトリビュートアルバムを思い出す。ああ三文オペラとかその辺もおさえていかないとなあ。(あと調べてたらAlabama songの歌詞のboyとgirlのぶれの話ちょっと面白い。ただwikiでは酒瓶がlittle boyといわれていたのが意味と取り違えられたのではという指摘になっている。
Alabama Song - Wikipedia, the free encyclopedia こうやってキリが無くなってくのな、オレ(笑)