異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。

2020年11月と12月に読んだ本

 諸般の事情でやはり読書は停滞気味。まあ例によってあれこれつまみ読みはしているのですが。
 今年観た再放送のTV番組に、ナイトランド・クォータリーvol.23特集「怪談(KWAIDAN)」、それから急にハマってきているクンビアなどラテン音楽経由で中村とうようの『なんだかんだでルンバにマンボ』にラフカディオ・ハーンの著作への言及があったことを発見し、(大分遅ればせながら)興味が出てきている小泉八雲について書きたい気持ちがある。が、著作自体は未読だったり、NLQも読み途中だったりで、中途半端なので来年に持ち越し。しかしその『なんだかんだでルンバにマンボ』で引用されている『仏領西インドの二年間』が高額古書となっているのはなかなかキツイのう・・・。
『砂漠が街に入り込んだ日』グカ・ハン
 韓国出身作家の仏語による短編集。基本的にどこかはっきりとは指定されない場所の、同一人物ではない主人公の一人称語りによる作品が並ぶ(ただし、解説によると作品同士に緩やかなつながりもあるようだ)。静かでひんやりとしたが孤独感が染み入るような佇まいが心地よい。封筒を配る不思議な男と遭遇した主人公のちょっとした出来事を描いた「ルオエス」、学校中の注目を集める同級生のテニスプレイヤーに憧れを抱く主人公の内面が描かれる「真夏日」、周囲の雑音に耐えられず常に音楽を聴くことによって自閉していく人物の運命がつづられる「聴覚」などが特に印象に残った。
『歴史は不運の繰り返し セント・メアリー歴史学研究所報告』ジョディ・テイラー
 タイムトラベルものは真剣に考えるとどうしても科学性では違和感が多かれ少なかれ出てしまうのだが、それにしてもそうした面への意識があまり働いていないのが透けて見えるような気がする作品だ。起伏の多い展開で作者の技量は低くないとは思うのだが、ブロックバスター的なものを越えないところもあり、いろいろな面でセンスが合わなかった。『時間旅行者のキャンディボックス』の方がどこか得体のしれないところがあって、新鮮だったかな。
『鳥の歌いまは絶え』ケイト・ウィルヘルム
 実は初読。文明の崩壊、クローンといったあたりがメインテーマか。所々に70年代らしい問題意識が伺えるが、偏った視点に寄っておらず、古びていないのはさすが。第三部が特に良かったかな。作品の重層的な魅力を伝える渡邊利道さんの解説も素晴らしい。ウィルヘルムはとにかく技巧的な作家で、肝心なところを隠しておいたりするミステリ的な部分も、自然描写も、登場人物の心の動きを描くところも上手い。その上、俯瞰してテーマとの距離もしっかりとれる作家だと思う。空想や夢を基調にしたジャンルなので、成熟した作家であっても、作品の質とは別に、どうしても天才少年(少女)の顔がのぞくことが多い。その中で、酸いも甘いも嚙み分けたような苦みのある視点を持ち得ているのは、ウィルヘルムやディッシュくらいかもしれない(ジャンル内では、変則的な立ち位置だということもいえるかもしれない)。
 
 とりあえず(備忘録的な)丸屋さんの配信イベントは年内に消化できなさそうなので、今年のブログはこれで終了です。読んでいただいた皆さん、ありがとうございました。社会が一変し、個人的にも仕事が多くなり、体調を崩すという厄介な年でした。ご苦労されている方も多いかと存じます。皆様何卒お体には気をつけてください。更新はゆっくりですが、ブログはいちおうダラダラと続けていきますのでよろしくお願いします。来年こそは少しでも落ちついた1年になるよう祈りたいと思います。それでは皆様よいお年をお迎えください。