異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2020年8月に読んだ本(スプロール・フィクション特集で少し調べてみました)

 少し早めに更新。
 久しぶりにシミルボンに投稿しました。
 筋金入りのパンクSF。かなり激しい小説だが、多く読者に手に取ってほしい作品である。

『タイムラインの殺人者』アナリー・ニューイッツ
早川書房リンク
 
 SFマガジンを読んだ。
まずは(進みはのろいが)スプロール・フィクション特集のフォロー。SFマガジン2004年6月号二回目の特集(一回目の感想はこちら)。
2004年から時間が経っているので、その分、監修の小川隆氏が率いたムーヴメントが浸透をしていることが各作家の翻訳作品がその後出版されたことで確認ができる見事なセレクションともいえる。各作品の感想に加え、その後の翻訳本をざっと振り返る。ちなみに()内は翻訳刊行年(例によりameqlistを参考にさせていただきました。いつもありがとうございます)
「ジョン」ジョージ・ソンダース
 背景ははっきり説明されないが、なんらかの理由で管理下に置かれた若者たちについての小説で、どうしても昨今の社会状況を思い浮かべてしまいラストも不穏な印象を受け取る。この時点で『パストラリア』(2002)『フリップ村のとてもしつこいガッパーども』(2003)が刊行されていたが、その後も『短くて恐ろしいフィルの時代』(2011)、『人生で大切なたったひとつのこと』(2016)、『リンカーンとさまよえる霊魂たち』(2018)と順調に紹介が進んでいる。
「ある日の”半分になったルンペルシュティルツヒェン”」ケヴィン・ブロックマイヤー
 半分になってしまったルンペルシュティルツヒェンの暮らし。カルヴィーノの『まっぷたつの子爵』を連想したが、特集解説によるとカルヴィーノ創作コンテストの首席に選ばれ、開催した雑誌に載ったものと記されていてなるほど。奇妙な味系で残酷なユーモアが楽しい。『終わりの街の終わり』(2008)『第七階層からの眺め』(2011)が刊行された。これらは残念ながら未読だが(特に後者は)短編好きの間では名前が挙がることの多い本である。
「基礎」チャイナ・ミエヴィル
 男の耳から離れない<基礎>の声。ミエヴィルの重く怖ろしいヴィジョンに打ち震える。傑作。ミエヴィルはSF/ファンタジーでは人気作家。この時点では『キング・ラット』(2001)のみだったようだ。その後『ペルディード・ストリート・ステーション』(2009)、『アンランダン(2010)、『ジェイクをさがして』(2010)、『都市と都市』(2011)、『クラーケン』(2013)、『言語都市』(2013)、『爆発の三つの欠片』(2016)、『オクトーバー -物語ロシア革命』(2017)と年間ベスト作品や話題作が並び、今や巨匠の風格が漂う。
「飛ぶのは未だ超えざるもののため」ジェフ・ヴァンダーミア
 ラテンアメリカ文学の影響を感じさせる、シリアスな背景を持つ幻想譚。作品としては<サザーン・リーチ>3部作(2014-2015)が翻訳されたが、(特集で記されているように)アンソロジーの編集者・批評家としても活躍していることもあり、ノンフィクション『スチームパンク・バイブル』(2015)、『ワンダーブック』(2019)が訳出されていて、そうした人物を押さえているあたりに小川隆氏の紹介者としての偉大さが感じられる。
「ほかの都市の物語」ベンジャミン・ローゼンバウム
 カルヴィーノ『見えない都市』(あるいはササルマン『方形の円』)を思わせる様々な都市の掌編。古から続く権力者たちがわがものと欲する都市の幻想譚「平和の都」、幻の都市「アヘイヴァ」、バラードの未来都市を彷彿させる「イラズ・チョイス」、犯罪が跋扈し探偵業が発達する「ズヴロック」、キノコトリップシティ「ジュイゼル=オ=シャンテ」といずれも面白い。
結局今でも訳書はないのが残念である(SFマガジンでは短編がいくつか)。
「境界なき芸術家たち」テリ・ウィンドリング
 不勉強ながらこの人物のことは全く知らなかったのだが、ファンタジー系の編集者として有名なようだが、<間隙芸術>というキイワードを使用しているように、越境的なセンスを自覚的に推し進めていて自身も作家であり、またヴィジュアルとのコラボレーションについても積極的に取り組む姿勢が文章内にみられる。こうした人材がこの<スプロール・フィクション>提唱の一つの背景であるように思われる。

SFマガジン今年の号も読んでみた。
2020年6月号
「鯨歌」劉慈欣
 デビュー作。ちょっととぼけた感じのユーモアがある。
ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」P・ジェリ・クラーク
 タイトルの通り奴隷制をテーマにしたスリップストリーム傾向の作品。奇想と皮肉なユーモアがほどよく混ざり、面白かった。
英語圏SF受賞作特集
 橋本輝幸氏の特集解説は多様なメディアから得た情報を俯瞰していてコンパクトで分かりやすく、ありがたい。
「ガラスと鉄の季節」アマル・エル=モータル
 シスターフッドを感じさせるファンタジー。靴に抑圧のイメージが重なるのはわかるが、毛皮は獣性・暴力か。鉄はなんだろう?
「初めはうまくいかなくても、何度でも挑戦すればいい」ゼン・チョー
 韓国の伝承イムギを題材にしている。マレーシア出身、英国在住とのことで、韓国にルーツがある作家なのかは分からないが、龍になれない存在というのはなかなかフィクションとして魅力的で、現代的なちょっとユーモアの漂う温かいファンタジーに仕上がっている。
「ようこそ、惑星間中継ステーションの診療所へー患者が死亡したのは0時間前」キャロリン・M.・ヨークム
 ゲームブック風の形式をユーモアSFに導入した感じ。まあまあかな。
緊急企画「コロナ禍のいま」は各作家が現在どのように考えているかのレポートとして断片的に面白く思える内容もあったが、さすがに現在進行形の問題であり、どうとらえるかについてはなかなか難しいところもあるな、というのが正直なところである。


ジョイスケルト世界』鶴岡真弓『複数の架空の語り手で進む、ノンフィクションとしては変わったスタイルだが、ジョイスには不案内な自分にもそのルーツの重要性がわかり、異形の生き物が出てくるケルトの伝説の魅力、オスカー・ワイルドの母の功績など知ることが多く、非常に面白かった。
※2020 年9/14追記 NHKBSで2000年の番組の再放送「小泉八雲アイルランド幻影」やっていたので録画してから観てみた。やはり映像があるとわかりやすい。八雲のトラウマ体験で、小さい頃に年長の従姉妹からかけられた言葉(地獄で焼かれるぞ永遠に!みたいなやつ)が出てきた。コワかったなあ(笑)。
『おれの目を撃った男は死んだ』シャネル・ベンツ
 新鋭の短編集。2014年に本書に収録されている「よくある西部の物語」でO・ヘンリー短編賞を受賞しているように、どの作品も高度の技巧性を持ち、読者の意表をつく。全体にノワールっぽさがあることや、現代を舞台にしているものより、古い時代を舞台にしているものがやや目立つのが面白い。
『世界が終わるわけではなく』ケイト・アトキンソン
 予備知識なく読み始めたら、バラエティに富む作品がゆるやかにつながるかたちになっているのが(かっちりした連作短編集というわけではないものの)ユニークな風味を醸し出していて良かった。