異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。

ルー・リードの伝記が面白かった

ふと思い立ってルー・リードの伝記を読んでみた。
 近年もう一度昔のロックを聴き直そうとぼんやり思っていたところもあるのだが、一つ大きな動機としてはThe CarsのリーダーRick Ocasekの死である。80年代に爆発的に売れRock and Roll Hall of Fameに入ったThe Carsは何の問題もなく評価が定着したバンドとの印象があるが、その中心人物Rick Ocasek自身の傑作ソロアルバムThis Side of Paradiseはあまり言及されることがなく配信はiTunesにはない(Spotifyは?)。デビューソロのBeatitudeもようやく再発CDが今年に入って出たくらいで長らく出ていなかった(今検索していてようやく出たことを知った。買わなくては)。知名度、楽曲のポップさということでは問題ないようなミュージシャンにしては思っていたより動きが鈍い。こうやって忘却されてしまうのだなあと気づいたものぐさでオッサンなブログ主もさすがに寂しくなり、やはり聴いてきた人間が自発的に追いかけないといけないのだなという気になってきた。で、検索をしていたら、ある日こんなブログを発見。上記のRickのデビューアルバムBeatitudeがbeatnikの用語だということを知る。beatnikはロックの源流の一つともいえる文学運動で、ロックの聴き始めの中学生時代から興味を持っているのだが、なかなか運動のセンスが理解できず、(おおげさにいえば)ブログ主の永遠の課題である。しかしここで長年好きなRickと結びついておお!となったのだ。となると、かなりポップ寄りだしほんの少し時代をさかのぼることになるが、東海岸のパンク・ニューウェーヴシーンが気になる(そういえばRIckは他のメンバーより年長で世代的にはぴったりである)。NYのパンク・ニューウェーヴシーンは詩人が多くbeatnikの影響が色濃い、さらにその先達となるThe Velvet UndergroundそしてLou Reedが(これまでややよくわからないままでいた分)俄然気になってきた。特にLou Reedは詩人としての側面が強いので人的交流とか含め、伝記を読んでみたくなったのだ。
 さて前置きが長くなってしまったが、読んだ伝記は『ワイルド・サイドを歩け』(LOU REED : Growing Up In Public)ピーター・ドゲット(Peter Dogget)(邦題が同じ別な伝記がある様子だが、それはどういう内容か未確認です)。で、結果当たりで大変面白かった。The Velvet Undergroundの音楽的柱であったJ.Caleの背景も(短い記載だが)わかるし、ストリートのロッカーというイメージとはやや異なるLou Reedの少年~若年期の姿(抑圧されていたようだが、中流家庭で大学も卒業している)も細かく記述されている。基本的にスクエアで破滅的な表現を敬遠し、The Velvet UndergroundLou Reedをあまり聴いてこなかった当ブログ主にはむしろ親しみを感じさせるものであった。大きな読みどころはThe Velvet Undergroundの内部でのハードな人間関係、またWarhol、Bowieなどなどとのコラボレーションそしてすれ違いといったあたりだろう。1991年執筆で1992年翻訳なので、そこまでしか出てこないわけだが、80年代の記載も当時の音楽で育った身としては、意外にノリノリだった80年代だったLouの姿がちょっと可笑しいし、他にも80年代の情報はいろいろと楽しめる。当時随分ミュージック・ビデオ(当初はプロモーションビデオといっていた)観たつもりだったがLouのものはほとんど記憶がない。インターネットもない時代で日本の雑誌でしか情報を拾っていなかったの原因と思われ、情報が偏っていたのだろう。ただこれらだけはインパクトが強かったので記憶がある。


Lou Reed - Modern Dance (Official Music Video)


Lou Reed - No Money Down

 じわじわ思い出してきた。強面のカリスマという印象と違ったのでそのギャップもリスナーとしてイメージを集約できず聴くのが後回しになっていたこともあったな。Lou自身、なかなか言動においても複雑な人で、ユダヤ系ゆえのユダヤにキツい物言い(しかもユーモアに欠く)やI Wanna Be Blackといった歌詞などは、現在ではややナイーヴなものととられても仕方ないだろう。