異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

山野浩一さんを偲ぶ会

去る7月30日に昨年7月に亡くなられた山野浩一さんのお別れの会が行われ、いちSFファンとして参加させていただいた。
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単なるファンではあるが、山野さんと関わりの深い方々によって刊行された半商業誌「SFの本」によって10代に初めてプロの方々と知り合うことができそこからなんだかんだ読み続けている身としては感慨深いものがあった。
(その頃の話については以前のブログに書いたことがある
発起人のお一人で代表として挨拶もされていた岡和田晃さん(いろいろご準備に奔走されていたようでこの場を借りてあらためて御礼申し上げます)をはじめ、ブログを書くようになってからお話させていただくようになった方々、そして10代の頃に出会い現在の自分にSFや本のことだけではなく様々な物事についての考え方を教えてくださった方々にお会いすることができて自分にとっても30年余のもろもろが一本の線でつながったような気がした。
さらに実は一番の驚きの再会があったのだ。
それについて説明するにはもう40年以上前に遡らなくてはいけない。全く記憶にないのだが短い期間アフリカにいたことがある(当時2歳)。父の仕事があり家族で行っていたのだ。なにしろそれだけ昔のことだ、日本人の家族などその国全体でも数家族しかいなかったらしい。そこに家族でやはりきていた日本人の10代の少年がいて、詳細は確認したことがないのだが日本人というだけですぐに知り合いになったのだろう、面倒見の良かった父は家に呼んで一緒に食事をしたり随分いろんなところへ連れて行ったりしたそうだ。その少年は当時将来の目標を考えることができずにいたが、父や母との交流を通じ次第に前向きに物事に取り組めるようになったという。やがて少年は長じて、競馬の世界で名のある人物として成功をおさめた。数年前に父が亡くなったとき、彼は母の前で泣き崩れたという。そのアフリカでの日々を彼はいつでも大切にし、父に感謝をしていたのである。
この会に参加するにあたり競馬関係の人々のことは頭に全くなく、まさかその人が参加しているとは思わなかった。こちらから声をかけさせていただくと大変に驚きそして喜んでくれた。多くの競馬関係の方にもご紹介していただく形になったのも驚きだったが、まさかSFや小説関係の方ではなく憧れの作家亀和田武さんにその彼から紹介していただくことになるとは思わなかった(笑)。
こうして30年余どころではなく人生まるまる一本の線でつながってしまったのだ。自分は山野浩一さんのまわりをぐるぐる回っていただけなのかもしれない(笑)。
なにはともあれ人間というのは出会いだなあとつくづく感じた。
というわけでほぼ個人的な話だったが、読んでくださった方々にもいい出会いがありますように。