読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

Prince読んだり観たり

 Princeの曲ばかり聴いている。そんな心ぽっかり状態のブログ主、先日少し触れたPrince本についての感想。
プリンス論(新潮新書)
ミュージシャンで作家でもありWOWOWぷらすとでの軽妙なトークもお馴染み幅広い分野で活躍中の方だが、本書は昨年出版さればかりで奇しくもタイムリーなものとなってしまった。内容はミュージシャンらしい専門的な切り口がありながら一般向けに分かりやすく、豊富な知識を元にパーソナルな部分からも解き明かしまた楽しく大胆な持論も披露という好著だった。不勉強ながら知らなかったのだが、Prince自身はかの名作"Parade"を全く評価していなかったのは少々驚きだった(もしかしたら少しは耳にしたことがあったがあまりの意外さに噂だけだろうと頭からシャットアウトしてしまったのかもしれない)。もう一冊の方の『プリンス 戦略の貴公子』と合わせてその時期を考えると、当時のバンドThe Revolutionが充実し過ぎてPrinceの音楽自体への関与が大きくなりそれに耐えられなくなってPrinceが突然解散を決めてしまったという流れのように思える。その独善がきっかけで本人が落ち目になり・・・というのがありがちだが、その後直ぐ〝Sign 'o' the Times"なんていう大傑作が出ちゃうあたりがPrinceの恐ろしさ。(ちなみに西寺郷太さん、深い知識を基にLionel RichieからPrinceがUSA for Africa参加をドタキャンした敬意を聞き出すというエピソードが本書にありインタビュー術も巧みであることがうかがわれ、今後さらに多方面での活躍が期待される)

プリンス 戦略の貴公子 (P-Vine Books)
こちらは2007年に出され2008年日本で翻訳された本。実はディレイニー『ダールグレン』が出版されたときのトークショーで丸屋九兵衛さんにサインしてもらった本である(今まで読んでいませんでしたスンマセン!)。少々回りくどいいいまわしがあって読みにくいところがあるのと夥しい人数のミュージシャンらが関与するのとで少々頭が混乱する。また著者の表現やとらえ方に首をひねる箇所がいくらかあったりすぐが、異常に多作で気まぐれな天才をめぐるさまざまな騒動の経緯がつかめるところはよかった。Princeは運動神経はよさそうだが、マイケルやマドンナに比べるとダンスの人としては背が低いことで少々限界がありそれがキャリアに影響しているのかなあとも感じた。ただ<戦略の貴公子>(原題はA Thief in the Tmeple)の副題には少々違和感。自らのイメージを強烈にコントロールしたいことはPrinceのキャリアからひしひしと感じられるが、キャリアを追えば追うほど基本の立ち位置は音楽のアーティストで、あくまでも表現欲求が先に立つ人物という印象が強い。戦略性が必ずしも高いとは思えないんだよな(戦略が上手くいかないことが多いし)。



プリンス/サイン・オブ・ザ・タイムズ HDニューマスター版 [DVD]

さてPrinceショックなブログ主に渡りに船だったのが映画〝Sign 'o' the Times"の緊急上映であり。Princeの熱心なファンとはなかなか言いづらい理由の一つは、ミュージックビデオを除き映像作品をほとんど観ていないからである(この辺の理由はなかなか説明しづらいのだが「音楽と違い(ミュージックビデオはともかく)映画などの映像作品はなんとなく肌に合わなそうだから」としかいいようがない。この作品のほとんどがライヴのものに近いと知っていた上でである。ちなみにPrinceの来日公演は行ったことがあり、それは本当に最高だった)。
 渋谷humaxのレイトショー追悼上映ということで満席(連日満席らしい)、終了時だけではなくソロの時にもたびたび拍手が起こるという熱い雰囲気で観ることができた。殿下の一挙手一投足にウルウルしてしまったのだが、何度も涙をぬぐっている人が他にもいたようだった(Purple Rainがなくてよかった。あれば確実に周囲をはばからず嗚咽していたに違いない。それほど好きな曲ではなかったのになあ)。タイトなバンドの演奏やCatをはじめとするダンスももちろん素晴らしいのだが、Sheila Eの躍動感あふれるパフォーマンスに目を奪われる。「女の子としちゃ悪くないだろう?」(一般的にパワーが必要なドラムは女性に不利といわれる)というような軽口もむしろ親密さを感じさせる。身長などにコンプレックスが強かったらしいPrinceには自らの化身となってドラムを叩きダンスする大輪の花のようなShiela Eは美女が並ぶファミリーの中でもその存在は特別だったに違いない(上記『プリンス 戦略の貴公子』ではサンタナのパーカショニストの娘であることから彼女を「血統書つき」と評している。才能一本で成り上がったPrinceにとっては生粋の音楽一家で育ったSheila Eは少しうらやましかったのかもしれない)。

"Purple Rain"の時代のライヴも(ネットで)久しぶりに通しで観た。アルバム"Purple Rain"がどうにもベストだと思えなかったのだが、あらためて観るとやはりPrinceのキャリアのハイライトであることが分かる)。ここにはFunkとロックがサイケデリックに融合した一つの究極の答えがある。自らの音楽を完璧にコントロールしないと気がすまないPrinceさえ、リミッターが振り切れてしまっているような終盤には加速する音楽に逆に煽られてさえいるようだ。だからこそバンドを解散し原点に帰りたかったのかもしれない。

 Princeの音楽やキャリアにはまだまだ考えたくなる様々な要素がある。もう少ししっかり聴き込んでいればよかったなあという後悔すらある。西寺郷太さんは『プリンス論』を出したころ「同時代に歴史に残る音楽家がいることを自覚しないといけない」ということをおっしゃっていた気がするが、今こそ痛切にその言葉の重みを実感する。真の天才の音楽はなかなか同時代の人間には十分には受け止め切れないのかなあと苦い気持ちにもなる。まだ自分の心が整理できず、今日もまたPrinceの曲を聴き続ける。