異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『アメリカ語を愛した男たち』小鷹信光

アメリカ語を愛した男たち (ちくま文庫)

 ハードボイルドの紹介で知られる翻訳家・ミステリ研究家である著者のエッセイ集。ハードボイルド小説は古典含めほとんど読んでいないのだが興味はあり、以前買った『“新パパイラスの舟”と21の短篇』が面白かったこともあり、今回ブックオフで初めて見かけすぐ購入。ほとんどが雑誌『翻訳の世界』で連載されたものだけに本格的な翻訳実践を題材にしている為、スラングを中心に英文も多くなかなか読み終えるのに時間がかかったがこれまた興味深い内容だった。
 本書で最大のテーマとなっているのは‛hard-boiled'という言葉の語源である。そのたった一つの謎が膨大な英語世界やアメリカの文化・歴史を浮かび上がらせていくことになるところが本書の読みどころ。スラング辞書など資料を駆使し、テキストのスラングを徹底的に調べ上げていく様子がユーモアを交えてつづられていくのだが、その仕事ぶりはまさしく厳しいプロ中のプロのものである。1980年代初頭のものでインターネット以前の時代だけに今から考えると気の遠くなるような作業である(もっとも御本人は本文中で本書が書かれた時以上に資料の少なかった時代の先達に大いなる敬意を払っているのだが)。スラング辞書自体についての話も紹介されていて、たとえば実際の犯罪者などの声を録音したり速記したりして用例を集めたりしたものなど作る側の苦労がしのばれる内容もあった。翻訳に関係のない読者でも楽しめる軽妙な親しみやすい本だが索引もついていて本書自体ちょっとしたスラング辞書にもなっているお役立ち本だ。乞う復刊。