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異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

映画『野火』

 評判が高いので観てきたが予想以上に圧倒的な力を持つ作品だった。傑作。
 原作はいわずと知れた名作(不勉強にも未読)。戦闘以前に夥しい餓死者を出したフィリピンのレイテ島の過酷な体験を小説化したものである。塚本晋也監督作品は『鉄男』しか観たことがないので、以下詳しくない者としての雑感。
 『鉄男』でも肉体と共に本質的な変容をしていく人間が描かれていたが、本作品も敵の襲来と食糧不足と自らの病で忍び寄る死への恐怖が全面から押し寄せる極限状況により変容していく人間が描かれる。壊れていく肉体、無数の折り重なる死体、嫌というほどあふれかえる死、死、死。そしてぎりぎりの状況の中でむき出しになる人間の本質とは何かといったものが執拗なまでに追及されている。まずは冒頭から徹頭徹尾個の視点からとらえられているところが本作品の凄味だ。戦争の状況を俯瞰する情報は存在せず、防空壕を掘る体力もない肺の病気を患っている主人公は病院(とは名ばかりの死を待つばかりの兵士たちが転がっているだけの場所)と前線のどちらにも厄介者扱いされ行き来する場面からはじまり、その後も完全な混乱状況のなかでわずかな伝聞情報だけを手掛かりにジャングルの中を彷徨する。あくまでも逃げまどい、かといって死ぬこともできない一下層兵士の低い視線が当事者性をもって観る者に強烈に訴えかけてくる。またその当事者性は次第に変化していく主人公と自らの変容への恐怖も共有することになる。人間性を失う自らを見つめざるを得ない恐怖だ(平穏な日常に戻ったエピローグが実に効果的)。さて全く<人間らしさ>の欠けらも吹き飛んで失われたなかで垣間見られる<人間性>は他人を欺き操ろうとし続けるリリー・フランキー役の兵士に感じられたりもする。脚の怪我を装い年下の子分の兵士に常にもたれかかり食料を調達させようとする。そんな極限状況にも関わらず、子分の兵士はいいなりなのだ。そんな中でも残る関係の<人間らしさ>とはいったいなんなのか。(鎌倉diaryでのリリー・フランキーの役どころと対極で笑った。しかし鎌倉diaryのあのおじさんも過去はよく分からないんだよな。単に条件によって残酷になったり優しくなったりするのかもな。人間てコワいからな(笑)
 人間の表面を装うあらゆるものがはぎとられる世界の一方で、人間の営みとは無関係に神秘的なほどに美しい自然が見事なコントラストとなっている。実は自然の方が主役だという人がいてもおかしくないくらいに心を奪われるし、絶望感や虚無感を逆説的に浮かび上がらせているともいえる。恐ろしい戦場の現実を描いた重みに加えて映像的な作品性も兼ね備えているという点も特筆される。
 極限状況における人間の変容という意味ではJ・G・バラードに通じるものがある。塚本晋也監督作品はもっとちゃんと観ないといけないな。

監督のインタビュー。自然を舞台にした密室劇であると。
http://www.webdice.jp/dice/detail/4780/


宇多丸さんのシネマハスラー『野火』評。さすが切れ味のよい分析で当然ながら当ブログ主が書きたかったことは既に語られているな。さらにデジタル映像の特質が生かされているというのもなるほど。たしかに一般にいわれているほど<生々しく>感じなかったのはそのせいかも。しかしその作り物っぽさに一種の即物性、実際の戦場の恐ろしさがあるのかもしれない。内容に触れている部分があるので観てからご覧になった方がいいと思います。
【絶賛】宇多丸「野火(塚本晋也監督)」シネマハスラー - YouTube