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異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

『歩道橋の魔術師』呉明益 『流』東山彰良

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

流

去る8月19日丸善&ジュンク堂渋谷店で行われた<豊崎由美さんの読んでいいとも!ガイブンの輪>第40回に参加した。今回はアジア文学特集ということでブログ主はまだあまり読んでいないジャンルの貴重なお話をうかがうことができた。中でも2012年に旅行をした台湾は特に興味を惹かれている。カラフルな名所や風物、美味しいものも沢山だが、一方で日本も絡んだ複雑な歴史がある地でもある。ちょうど台湾をめぐる現代小説、しかも比較的当ブログ主に近い世代の作家の小説が翻訳と日本語から登場したので続けて読んでみた。ちなみに翻訳小説が題材の読んでいいともでも今回いわゆる国内小説として分類される『流』の話題も出て、一種のシンクロニシティといわれていた。

 さて『歩道橋の魔術師』。
「1979年、台北。物売りが立つ歩道橋には、子供たちに不思議なマジックを披露する「魔術師」がいた――。今はなき「中華商場」と人々のささやかなエピソードを紡ぐ、ノスタルジックな連作短篇集。」(Amazonの紹介から)
 作者の呉明益は1971年台湾生まれの作家。この本は1961~92年まで実際に存在していたショッピングモール<中華商場>を舞台にした連作短篇集。冒頭にガルシア・マルケスの言葉が引用されているように各篇に魔術師が現れるマジック・リアリズム風味が漂っている。(以下特に面白かったものに◎。多少内容に触れる場合もあります)

「歩道橋の魔術師」◎ <中華商場>の靴屋の息子が、巨大なモールをつなぐ大きな歩道橋で出会ったあやしい魔術師との交流が描かれ全体の核となるイメージが投影される。少年からの視点で虚実が重なるところが好み。
「九十九階」◎ 少年時代に失踪した友達。失踪したのは魂だったのだろうか。ずしりと重みがある。
「石獅子は覚えている」 鍵作りをする主人公。星新一の名作「鍵」を少し連想させる。
「ギラギラと太陽が照りつける道にゾウがいた」 男女のすれ違いがそれぞれの視点から描かれる。日本統治時代の話が時計のイメージと共にスッと入り込むところが印象的。
「ギター弾きの恋」 年上の女性への憧れが切なく描かれ、『流』に出てくる毛毛とのエピソードと重なる。これまたかなり苦い話だ。
「金魚」◎ いじめられっ子を助けた主人公、二人の関係は特別なものになるがやがて時は流れ・・・。時の流れの重さが何ともいえない情けなさをともない不思議な味わいとなっている。
「鳥を飼う」◎ けっして帰らない時の残酷さと魔術師の不気味さのイメージが効果的。
「唐さんの仕立屋」 スーツを売る唐さんと可愛がっている猫の話。(以下多少展開と結末に触れます)

 猫が失踪してしまいそのままという悲しい話で、ラストに本書全体への自己言及的にこの短篇に「魔術師が登場しない」ことが書かれる。他の短篇には比重の軽重はありながら魔術師は登場するので、猫を隠したのが魔術師であるという解釈も成り立つ。ただわざわざ言及しているから本当に登場していない、と解釈できる。するとバランスを欠いていることになるのだが、意図的なアンバランスさなのではないかとも考えられる。というのもこの短篇集全体が欠落を描いたものなのではないかと思われるからである。どの短篇の登場人物たちにも満たされないものがあり、時は無情に過ぎ去り欠落を埋めることはない。そしてその欠落が陥穽を生み、そこから非日常的な世界に入り込んでしまう。意図的なアンバランスさを表現するために魔術師の登場しない作品が入る必要があったのではないかと想像している。
「光は流れる水のように」◎ 模型づくりの達人である友人がルーカスのILMに雇われる。これまた「欠ける」話で全体としても明るいといえる話でもないのだが、ネオンに穴が開く欠落のイメージは日常にひびが入り脱出のメタファーも包含しているようにも思われる。
「レインツリーの魔術師」 失われた<中華商場>とそれをめぐる追想が綴られエッセイ的な要素もあるが、冒頭のタイトル作とも呼応する幻想的な要素もあるメタフィクショナルなエンディング。
 本書を読んだ限りはかなり理知的に小説を構築するタイプのように思われる。といっても堅苦しいところはなく苦さとイマジネーション豊かな作品世界は非常に魅力的。上記の読んでいいともではSFである『複眼人』も書いていると紹介されていた。是非読みたい(読んでいいともでいただいた冊子にほんの一部訳載されていた)。

 次に『流』。
「第153回直木賞受賞作!
選考会は前代未聞の満票決着。
「20年に一度の傑作。とんでもない商売敵を選んでしまった」(選考委員・北方謙三氏)
「私は何度も驚き、ずっと幸福だった。これほど幸せな読書は何年ぶりだ?」(選考委員・伊集院静氏)

何者でもなかった。ゆえに自由だった――。
1975年、台北。偉大なる総統の死の直後、愛すべき祖父は何者かに殺された。
内戦で敗れ、追われるように台湾に渡った不死身の祖父。なぜ? 誰が?
無軌道に生きる17歳のわたしには、まだその意味はわからなかった。
台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。歴史に刻まれた、一家の流浪と決断の軌跡。」(Amazonの紹介から)

 今年のSFセミナーのゲストで、自伝的な要素のある台湾を舞台にしたノワールということで(かなり激しい人生を送ったと思われる著者自身の祖父の話はこちらに少し)面白そうだなあ、と思っていたら直木賞を取ってしまいすっかり話題の本に。少し乗り遅れ気味だが読了。
 こちらの著者の東山彰良は1968年台湾生まれで日本育ち。日本語、中国語、英語を使えるトリリンガルのようだ。本書は第二次大戦後の中国で共産党と国民党の激しい戦いの中で、かなりの残虐行為を行ったと思われる祖父を殺害した犯人を追う主人公の話。ミステリとはいっても直線的に犯人を追うプロットではなく、不良で社会に馴染めない主人公が周囲との葛藤の中で成長する青春小説の部分が中心を占める。主人公は著者自身より10歳ほど上に設定され、そのため1970~80年代の台湾の様子が分かるところが良くて、ちょっとだが上記の<中華商場>も登場する。現代の日本社会では描きにくくなった、戦争の記憶や人々の濃密な結びつきなどが台湾という舞台や時代背景とよくマッチしいくぶんノスタルジックな効果を上げている。ミステリ的な仕掛けもしっかりはまっていて評判通りの面白さだった。終盤の大陸のパートは広がりを感じさせるところがあり中国をテーマにした小説を予感させ、今後の作品も注目である。
※追記 つい感想に入れそびれたが、キツネがらみの不思議な話とかコックリさんみたいな占いだとか親近感の湧くエピソードもあり、文化的な近さが感じられた。