異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『ゼンデギ』 グレッグ・イーガン

ゼンデギ (ハヤカワ文庫SF)

  第一部2012年不安定な政治状況のイラン、取材を行う新聞記者の主人公マーティン。一方そんなイランからアメリカに亡命しゲーム会社<ゼンデギ>に努める科学者ナシム。そして第二部2027年、イラン女性と結婚し男の子の父親となったマーティン。一方ナシムらの開発したヴァーチャルリアリティゲーム<ゼンデギ>はいよいよ成熟し、ペルシャの神話世界を体験できるようにもなっていた。

 架空科学理論による世界構築で追随を許さないイーガンだが、社会意識も高いタイプで政治についてもポリシーがあるのは常々感じてきたのでこうした内容のものを書くことはさほど意外ではない。しかし中心となるSFアイディアである人間の仮想空間への移動といったテーマもあくまでも身近な現実の延長線上の個人の視点からの不安や葛藤や人間関係に焦点が当てられており、いつもの論理のアクロバットのような要素は目立たない。これまでのイーガンの作品を新たに読み直す視点を与えてくれる作品かもしれない。
 一方個人の視点からとはいっても、例えばマーティンには一種強迫観念めいたところがあり、あまり感情移入できるようなタイプではない。しかしそんなタイプのっ主人公だからこそ見えてくる形而上学的なテーマというのはあり、そういうところでは実にイーガンらしいともいえる。
 父子関係も重要なモチーフだが、マーティンと子、ナシムと父親の関係が重ね合わされるようなところなど小説として随分技巧的で驚かされる。架空理論が爆発的に広がって小説全体を巻き込んでしまう初期の破綻上等の無手勝流イーガンはどこへいったのかと思うような成熟ぶりだ。
 余談になるが、ほぼ同い年と思われるマーティン(1984年1月に18歳との記載が冒頭近くにある)の音楽体験にはかなり重なる部分があり、メジャーからマイナーまでいちいち音楽ネタが笑える。ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンやレジデンツが出てくるからなあ(笑)