異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『泰平ヨンの未来学会議』 スタニスワフ・レム

泰平ヨンの未来学会議〔改訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)

さて待望の復刊が登場、買ったら思ったより薄かったので早速読んでみた。いやーやっぱり(期待通り)変な作品だった。(以下内容に触れます)

  泰平ヨンはコスタリカで開かれる人口増加問題についての世界未来学会議に参加するが、テロが勃発。さらに混乱の真っただ中、泰平ヨンは何やら自らの感覚にも異常をきたす。

 レムといえばオールタイムベストSFの1位に選ばれることが多い不朽の名作『ソラリス』が知られるが、この<泰平ヨン>シリーズのようなユーモアSFも多い。そのユーモアは形而上学的でかつ他に類をみない奇天烈なもので、これまたレムの代表的な顔の一つとなっている(あと架空書評のような論理を究極的に追求した虚構世界、という顔もある)。
 本書はいわばレム流のドラッグSFといえなくもないが、たとえばフィリップ・K・ディックのような不穏に満ちた現実崩壊感覚といった要素が目立つわけではなく、むしろ薬物で人間をコントロールするディスピアがスラプスティックに描かれている。またそのディストピアでのコンピュータ・宗教・言語などのテーマについての思考実験が次々に登場して、これが理屈立っているのに奇怪という発想で毎度ながらいったいどうしてこうなるのかレムの頭の中をのぞきたくなるほど(コンピュータの改宗問題とか言語予知学とか最高に可笑しい)。そして黒いユーモアにのぞくペシミスティックな未来像もまたレムらしく(やはりこのシリーズは『ガリバ―旅行記』に似てるなあ)、そのユーモアを支える夥しい駄洒落混じりの造語も非常に楽しく訳者には心より賛辞を贈りたい。
 時折のぞくおっさんっぽいユーモアには時代を感じさせなくもないが、時代を超越した想像力は驚異的。優れたストーリーテリングや文章や詩情を楽しむといった読書とはやや違い、読者を選ぶタイプの本だとは思うがぶっ飛んだアイディアや論理はレムでしか味わえないもので興味のある方は是非ご一読を。評判のよい映画の方も楽しみ。