異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

第2回名古屋SF読書会『虎よ、虎よ!』に参加

 当ブログ主はオサーンSFファンでファン歴は長いのだが個人としてイベントを見聞きするといったパターンが長く続いていたので、読書会に参加するのはわずか。読書会、と銘打ったものははじめて(ということで名古屋SF読書会もはじめて)。まあでも長く本を読んだりブログをやっていたりするとひょんなことから御縁が出来るもので、近年お知り合いになった方々が名古屋SF読書会で集結するとのことで、何らかの電波に襲撃され(笑)、いそいそと名古屋へ。
 ということで当日会場に入る前に、まずは近年SFセミナーでご一緒していただいている舞狂小鬼さん(小鬼さんは名古屋SF読書会のスタッフでもある)、たこい☆きよしさん、青の零号さんとランチ。早速ベスターの話題で盛り上がり、期せずして読書会前のウォーミングアップ状態に・・・。あ、小鬼さん御紹介のアジアン料理のお店大変美味しゅうございました。
 で、課題図書アルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ!』(以下『虎よ』)、どんな作品かというと1956年に刊行(最初の邦訳は1958年に既に刊行)されSFマガジンのオールタイムベストSF海外長篇部門1998年4位、2006年5位、2014年4位と常に上位を占める名作中の名作である。しかし25世紀の未来を舞台にした復讐劇である本作品は執念に凝り固まった男の激情を駆動力にし、破天荒な数々のアイディアとゴテゴテと装飾された歪んだ未来像が混然一体となって描かれまた異様ともいえる独特な表現しかも滅茶苦茶豊富な文学趣味で提示されるという、良くいえばいつまでも古びない悪くいえばいまだ得体の知れないおよそ名作というイメージにそぐわないいかがわしさを持っている作品でもある。当ブログ主は最初に読んだのは1990年代後半とやや遅かったのだが、あまりにハイテンションな出だしに(SFをあまり読んでいなかった時期だったこともあって)ひるんでしばらく再挑戦できなかったくらい(きっと調子が悪かったのだろう。体調の悪い人にはおすすめしない(笑)。結局数年後読んでやはり名作だと思ったし、今回3度目くらいになるがやはり凄い作品だと思った。
 青の零号さんのブログに早速ツボをついたレポートが上がられているが、30名ほどの参加者が3班に分けられた。当ブログ主の班は司会にSF評論家の渡辺英樹さん、SF翻訳家・評論家でベスターの短篇集『願い星、叶い星』(「ごきげん目盛り」最高~)も訳されている中村融さんをはじめ年齢は様々ながらディープな読書者SF者の方々が中心。人呼んで<死のグループ>!いやーオレ勝手なこと言って大丈夫か!と思ったのは始まるまでで実際には和やかに進行。しかし話の内容には相当濃ゆいものがあった(やはり)。(以下小説のネタばらしを含むので未読の方はご注意を。また例によって個人の備忘録的なもので断片的なレポートであることをあらかじめお断りしておきます。それからまとめるために話の順番も所々入れ替えています)
 まずこの班では皆さん『虎よ』お好きな様子。ただ主人公ガリー・フォイルは基本的には感情移入できないあるいは基本的に悪漢だという評価が多く、復讐の対象が筋違いなのではという意見もあった。無茶苦茶な人物なのにいろんな女性が協力的なのはなぜか(笑)というのもあった。一方で直情的ですぐ考えを入れ替える人物で憎めないところもあるという話も。また復讐劇ながら本人の周囲などにコミカルなキャラクターの要素があるとの意見も。
 ジョウントという能力をどうか考えるかという話題も出た。ほんの1mのジョウントとか(笑)いろいろあって途中でガリー・フォイルは加速装置をつけて素早く行動できるようになるのだが、小さいジョウントができるとして果たして加速装置は必要なのか(笑)結局ジョウントと加速装置は機能が違うから同時に存在しておかしくないという結論でほぼ決着。(この辺の話は大変盛り上がった(笑)超能力についてはあと皆が身につけてしまうと超能力といはいえないのではないかという意見も出た。またこの本作では
 さて『虎よ』といえば終盤に奇怪なタイポグラフィックが踊るのがハイライトといえると思うが、これについては「面白かった」「コミックなど表現が多様化している現代では斬新とはいえないかもしれない」「単に読みにくい」とさまざまな意見。前半に出てくるIDカードをそのまま出すような表現は「安部公房を思わせる」という意見もあった。こうした表現については「詩人E・E・カミングスを思わせる」という意見もあり、不勉強ながら知らなかったが、前衛的な表現で知られる詩人で、中村融さんによると「ベスターはジョイスの影響を受けていて、新しい表現に意識的であった。現代であれば3Dや音楽を小説に組み込もうとしただろう」と。他T・S・エリオットエズラ・パウンドらの名前も挙がっていた。それから中村さんの御指摘で冒頭の部分はディケンズ二都物語』の冒頭を摸したものとのこと。
 青の零号さんのブログにも書かれていたが、終盤壊れたロボットの話も面白かった。非常に重要なメッセージを壊れたロボットがいっているということで物事を相対化するという手法は興味深かった。
 当ブログ主は冷戦時代の要素を色濃く感じるというお話をさせていただいた。後半にニューヨークへの核攻撃という場面があるが、これは現実的な恐怖として存在していたはずで黄金期といわれる1950年代のSFは共産圏が侵略する宇宙人であったりという冷戦下のイマジネーションを感じさせるものが多い。登場人物の一人が天才物理学者ソール・ダーゲンハムは原子爆発の事故で生き残るが本人が放射能を持つ危険人物になるという話があって、この時代核に対する認識も未発達であった分、核による超人化という一種陽気ともとれるイメージも核への恐怖の反面強かったのではないかと思われ、そうした超人志向・超能力への願望が現代よりストレートに現れているような気がした。またアラン・ムーアの名作コミック『ウォッチメン』もニューヨークを舞台にしているし、核実験により超人化したダーゲンハムそっくりのDr.マンハッタンが登場し影響を強く感じさせる(他にもアメリカン・コミックの影響については青の零号さんの上記ブログにより詳しい。あとアラン・ムーアによる『虎よ』のパロディも存在するらしい。いろいろ欲しくなってしまうよ~)それからエスピオナージュ的な要素、混沌とした未来のニューヨーク、インテリ黒人女性が主要登場人物にいる(ロビン・ウェンズベリ)などディレイニーへの影響が大きいことがよく分かったというようなお話もさせていただいた。
 ベスター第一長篇『分解された男』との比較も出た。こちらもSFミステリ要素があってアメリカの代表的なSF賞であるヒューゴー賞の栄えある第一回の受賞作で発表年も近いが、まとまりのよい『分解された男』とより破天荒な『虎よ』として知られ、やはり読みやすいのは『分解された男』という意見が多かった。本国ではより長くその傾向が続き『虎よ』は分かりにくいとされていたようだが、近年は評価が非常に高くなってきているとのこと。面白かったのは最終盤のフォイルの台詞「われわれ、三人ともが虎なのだ」(ハヤカワSF文庫新版P427)の三人が誰なのかという話。これはガリー・フォイル、ヤン・ヨーヴィル、ソール・ダーゲンハムでそれぞれオリヴィア、ロビン・ウェンズベリ、ジスベラ・マックイーンとそれぞれカップリングされる・・・はずだがガリーとオリヴィアは結局うまくいっていないということがどういうこかという話になり、中村さんからは結局綺麗に図式化されるのを拒否しているのではないかという意見が出された。総じて作品につるつるっと読めるのを回避しているようなギクシャクしたところを当ブログ主は感じていたのだがそれは意図的なことのようだ。
 さて全体や結末の話。これについてはレジュメで用意された1998年SFマガジン7月号の中村融さん「幻想空間の測量図ーSF風景の解読」第1回『虎よ』の回のコピーでこれは必読。ガリーとオリヴィアの関係が本作の軸であるという観点から、視ること視られる事の対比、熱力学的な視座を有する螺旋的なオリヴィアに直線的古典力学的なガリーが風車とドンキホーテになぞらえられ、一種の棺を通じてガリーが死と再生を繰り返し超人化していく螺旋構造であるという大変スリリングな評論。いやー面白かった(古いSFマガジンの他の「幻想空間の測量図」も読みたい)。このことと関連してガリーの行動が一貫していないというのも生と死を繰り返し別な人物となっているからなのではないかという話も出た。さて本作で世界の命運を握るパイアという物質は意志の力で大爆発してしまうのだが、結局それを全世界・民衆にばらまいてしまう。これをどうとらえるかということで意志の力で爆発するものを民衆にゆだねるという非常に民主主義的なラストなのではないか、実は意志の力で爆発しようと念じなければ危険な物質ではないのではないかという意見が出た。ちなみに新版P378でヤンが「ロビン!ロビン!やめろ!やめるんだ!」とパイアを爆発させるのを止めようとする場面があって、これが以前「止まれ!止まれ!」となっていて意味が取りにくかったらしい。いち読者としてなるほどそういうことがあるんだねえ、と(今回は新版で読んだが、以前の版でどう感じたか全く覚えていない)。
 この本を読んだ後のおすすめの作品としてはベスターの他作品(『ゴーレム100』の方が好きとおっしゃる猛者の方も!)、ディレイニーの『バベル17』『ドリフトグラス』(の「エンパイアスターや時は準宝石の螺旋のように」、シモンズ『ハイペリオン』、ヴォクト『宇宙船ビーグル号の冒険』、ティプトリー「苦痛志向」(!ん、どんな話だったっけ?)、ベイリー『カエアンの聖衣』、クラーク『幼年期の終わり』、ヴァンス『魔王子シリーズ』、乾石智子『夜の写本史』(ファンタジーらしい。これは知らなかった)、デュマ『モンテクリスト伯』、上記のE・E・カミングスの詩、石ノ森章太郎サイボーグ009』、竹宮惠子地球へ…』など。
 その他、箇条書きに
・空間ジョウント→時間ジョウント→時空ジョウントと発展する訳の方が分かりやすいのではないか(当ブログ主は細かく追えていないが最後が「宇宙ジョウント」と訳されていることだろうか)
・(中村さんから)“Who,he"という二重人格をテーマにした普通小説もあるが、『分解された男』や『虎よ』の方が面白い。やはりSFではないと筆が乗ってこないという面はあったのではないか。
・(中村さんから)翻訳家に作家との相性というのがある。「ごきげん目盛り」や「願い星、叶い星」でそれを感じた。
・(中村さんから)ガリーの顔の話の元はマオリ族に加え日本の歌舞伎の可能性がある。
・(中村さんから)『モンテクリスト伯』は面白いが、『虎よ』とは随分異なる。(大筋を踏襲したということのようだ)

 
 この後それぞれの班の話を記録係の方がホワイト・ボードに書いた内容を基に他の班の方々から質問や意見を全員で聞く。
ガリー・フォイルには感情移入できないというのはしばしばあった意見のようだが、個人的には「みんな落ち着いてほしい」という意見に賛同。主人公以外の多くも興奮状態にあるような話なんだよなあ。あとおすすめ本としてうえお久光紫色のクオリア』の支持が高かったのが印象的。コミックやアニメなどには明るくない(『ウォッチメン』とかいってるけどアメリカン・コミックに詳しいわけでもない)のでその辺の話題は忘れている可能性大。石ノ森章太郎が相当影響を受けていることはとりあえずわかった。ただそんな自分には当日いただいた楠樹暖さんの『虎よ』影響相関作品の資料(コンパクトでキュートな豆本づくり)、たこいさんの糸納豆エクスプレス特集号(『虎よ』に影響を受けたコミックの紹介)が大変ありがたい。
 二次会含め自分に関してはとにかく好き放題しゃべっていた気が(笑)自由に泳がせていただいた皆さまに感謝感謝です。

 そんなわけで二次会もめちゃくちゃ楽しかったのだが、遠方で次の日は月曜日だったので短時間で失礼しなくてはいけなかったのが残念。毎回参加、とはいかないかもしれませんがその際は皆さままたよろしくお願いします。