異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

イマジカBSキューブリック特集『突撃』『ロリータ』『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』

引き続いて観ているキューブリック特集。
時代順に放送されているが、この辺りになると自分の感じるキューブリックらしさがはっきり出ている。それは美意識に裏打ちされた空間描写、人間の根底に潜むエゴイズムや冷酷さを余すところなくクールな視点といった要素。

『突撃』(1951年)
 第一次大戦中フランス軍、大将の命により無茶な作戦を敢行するも不成功に終わった大佐の連隊が不服従の嫌疑で軍法会議にかけられてしまう話。キューブリックの凄いところはほんの一瞬で状況を雄弁に描いてしまうところで、例えば前半の塹壕の閉塞感あふれる映像はそれだけで行き詰った隊の行く末を印象づける。そして激しい前半の戦闘のシーンはむしろ伏線で、後半に一転して戦場からかけ離れた軍法会議がこの作品の真の核である。無謀な作戦や手続きを無視した指揮官の横暴ぶりを大きな問題にしたくない軍上層部が現場の兵士に責任を押しつけようとする軍法会議の不毛さが嫌というほど描かれる。兵士の責任を追及する検事役のまあ腹の立つことと言ったら!そこには自らの身を守るために他人の命を軽視する様々な形があらわれ、戦場よりも人間の冷酷さがむき出しになるというアイロニーが素晴らしい。傑作。

『ロリータ』(1962年)
 いわずと知れた名作の映画化。観るのは二回目かな。ナボコフ原作の小説版『ロリータ』は言語遊戯的な要素含め重層的な作品であり、根本的なメディアの違いということを割り引いてもなお本作品と原作小説は別物といった方がよいだろう。でもキューブリックが20世紀という時代の大きな特徴を体現したナボコフ、クラーク、キングの作品を映画化した意義は非常に大きいと思う。なにはともあれこの映画、ピーター・セラーズの早口でニューロティックなクレア・クィルティがいい。得意の変装も楽しい。他の俳優陣もいいし、ロリータ役のスー・リオンも合っていたと思うが、若くしてこういう役をやった後はやはり大変だったようだねえ。今回ロリータが偏食で無頓着に物を食べていて、それがやや太めの母親の姿と重ね合わされているところがちょっと面白かった。そのことにハンバートが気づいていなくて「見えるものが見えていない(気づいていない)」というのが『ロリータ』の重要な要素であることは若島正『ロリータ、ロリータ、ロリータ』で知ったが、そういった表現の一つかもしれない(また作品そのものは原作と別の物であってもキューブリックは原作を深く理解していたのではないかとも思われる)。全体として心理描写に優れ、キューブリックの特長である明晰さがよく出ている気がした。
 余談だが、ハンバートが下宿するロリータが母と住む二階建てのけっして大きいとはいえない家は同時代の映画『サイコ』の家を連想させる。共に人を狂わせる魔物が棲んでいたのかもしれない。

博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964年)
 冷戦下、アメリカの将軍が精神に異常を来たしソ連に核攻撃するよう指令を出してしまう。4回目ぐらいになるかなあ。映画史に残る名作中の名作で、何をいっても今更の蛇足になってしまうが、全編無駄が無く一つ一つのカットがシャープで美しく描写が濃密でストーリーとシンクロしていて観ていて全く息をつくひまがないほど。将軍が陰謀論に侵されていたというところや繰り返しマッチョ的志向を揶揄する表現が登場するところも実に先進的で50年以上前の作品とは思えない。意外に地上戦のシーンに時間が割かれていて、寡作だがいろんな作品が並ぶキューブリックの中で、戦場というのは重要な部分だったのだなあと思わせる。音楽のチョイスも絶妙でラストなんか鳥肌もの。