異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『ドリフトグラス』 サミュエル・R・ディレイニー

ドリフトグラス (未来の文学)


 本を見た感想、「白い」。読んだ感想、やはりディレイニーは難しい。
 ひとまず各作品の感想。
「スター・ピット」宇宙の彼方にたどりつけない人類というテーマと思ったが、コミュニティやニューヨークを描写したところなど別な面もありそう。
「コロナ」 音楽も重要なテーマであり、社会を大きく動かす力となった60年代らしさも感じられる。ディレイニーでは分かりやすい方かも。
「然り、そしてゴモラ……」 性的なテーマを直接的に扱っているSFで先駆的だと思うが、他作品でもSFでは珍しく肉体性や官能性があるのがディレイニーの魅力だろう。
「ドリフトグラス」 海辺に暮らす人々がリアルにしかし神話的に表現され美しい。これも分かりやすい方なのでは。
「われら異形の軍団は、地を這う線にまたがって進む」 ゼラスニイに捧げられている。ゼラスニイはちょっとしか読んでいないのだが『地獄のハイウェイ』あたりのイメージかなあ。ゼラスニイも急に読みたくなってきた(笑)「ドリフトグラス」もそうだが、ケーブルもよく登場するね。
「真鍮の檻」罪を犯し真鍮の檻に入れられた三人の囚人。三つの部屋が扇型に隣り合っているというところに何かありそうだが良く分からない(悲)
「ホログラム」 これは比較的なSFらしいアイディア・ストーリーかなあ。ホログラムには相当思い入れがあるようで、次の「時は準宝石の螺旋のように」にも登場する。
「時は準宝石の螺旋のように」 コンピュータ用語、暗号、ハードボイルド調などなど特に序盤はウィリアム・ギブスンを思わせ、サイバーパンクの先駆けといわれるも頷ける。が、例えばニューヨークらしい風景や人々の交流の描写やらがあったり、また別な面がありそうでなかなか一筋縄ではいかない。社会で大きな役割を持っている歌手<シンガー>という存在(非常に数が少ない)があって、「コロナ」もそうだが音楽が世界を動かすという60年代らしさも感じられる。(あとエフィンガム侯爵夫人って誰だ?「大柄な」女というからやはり・・・)
「オメガヘルム」 未来の家族関係について書かれているのかな?新しい家族形態、コミューンといったものもディレイニーの作品でよく書かれるテーマだと思う。
ブロブ」 宇宙SFとゲイセックスが結びついたブッ飛んだ作品でどことなくバロウズを連想させる。
タペストリー」 一角獣のタペストリーがモチーフになっていて、あの「貴婦人と一角獣」のタペストリーのことだろうね(感想をつけ忘れたんだけど2013年に六本木で見た。6点からなって、大きいのにとにかくびっくりしたっけ)。で短篇のことだけど、これまた実に生々しい作品なんだよな。
「プリズマティカ」 牧眞司さんの素晴らしい解説が本作の奥深さを鮮やかに伝えてくれる。ディレイニーには色彩豊かな作品も目立ち、(スタージョンの影響もあり)宝石へのこだわりや輝きを持ったものへに対する嗜好が感じられる。
「廃墟」廃墟のお宝を狙う泥棒の話。クラーク・アシュトン・スミスの怪奇幻想譚を思い浮かべた。
「漁師の網にかかった犬」 若い時の漁師生活が反映されているらしい普通小説。再読で重い話なんだけど前から好きなんだよな。網の修理にお金がかかるというのは「ドリフトグラス」にも出てたっけ。
「夜とジョー・ディスコスタンツォの子どもたち」 これまたなかなか難しい。登場人物のマキシミリアンとジョーイがお互いを自分の想像で作られたと言い争うところがあって、メタフィクショナルな仕掛けがあるのかな?マキシミリアンの方が作家らしいのだが・・・。
「あとがきー疑いと夢について」 ディレイニーの創作論。一見平易だがところどころ理解しにくいところもある(赤ん坊が耳にする最初の言葉のくだりの辺りとか)。スタージョンやディッシュの言葉の引用があるなどSFファンとして楽しいが、印象的なのはディレイニー自身の言葉として「月並みにおちいるな」というアドバイス。本書はディレイニーの全中短篇を網羅する決定版ということだが、キャリアを考えるとかなり少ない。しかしどれ一つとして先行する作家たちの借り物と感じさせる作品は無く、個々の作品同士も全く似ていない。まさしく「月並みにおちいるな」を真に実践している。本質的に芸術家であるということがよく分かる。
「エンパイア・スター」 退屈でやるせない日々を暮らす少年がある日宇宙をかけめぐる冒険へと旅立つ。少年の夢を具現化するSFのコアにある意味大変ナイーブな部分を実に巧みな修辞と構成で普遍的な物語に組み直したところにディレイニーの凄さがある。懐かしい甘さにあふれているのだが色鮮やかで隠し味がほどよく効いて大人でも何度も食べたくなるデザートのようだ。

 ディレイニーはミーハー的に好きな作家の一人で、初めて買ったSFマガジン(1980年5月号)でその存在を知った時からとにかくカッコいいと思った。数学の天才でミュージシャンや漁師を経て彗星のようにデビューした黒人でゲイの作家。固定概念を覆すSFというジャンルにふさわしい、それこそSF的な存在に思えたのだ(英語弱いにも関わらず無謀にも「エンパイア・スター」を原書でトライしたこともある)。一方、本書中での伊藤氏酒井氏の解説にもうかがえるように文学的に高度でもあることもあって、あまりちゃんと語ることが出来ない。お二人の解説読んでその奥深さと出会ってから三十数年経っても全然追いつけていないなーと自分の読解力の乏しさに残念な気もしたりもするが、今やディレイニーはアカデミックな世界での名も高く、なんだか最初に注目していたアーティストがビッグネームになったような喜びもある。ミーハーファンだから仕方がないのだよ(笑)

※ところで『ドリフトグラス』のディレイニー小伝554頁で入院した病院は「マウントサイナイ」と呼ばれているのではないかと思う。
マウントサイナイ病院 - Wikipedia