異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』向井豊昭著 岡和田晃編

向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ (転換期を読む)

 新進気鋭の評論家として多方面でに活躍の場を広げている岡和田晃さんとは当ブログ主は以前からやり取りをさせていただいておりSF関係のイベントなどでもお会いしているが、その岡和田さんが再評価に尽力をされているのが向井豊昭である。本書はその著作の一部と詳細な解説およ年譜が著作の変遷を踏まえて構成されており、初めて知る読者にも分かりやすい紹介となっている。

「うた読み」 向井豊昭は1933年生まれで東京出身ながら疎開を契機に青森県疎開し、その後北海道に引っ越し小学校教諭としてアイヌの子供の教育にたずさわりながら作品を残した。本作はその経験が比較的ストレートに現れた作品で、アイヌに関連する文学者や政治家についても(恥ずかしながら)詳しくない身としては大変興味深い内容だった。特に政治運動の様子が距離を置いて描写されているのが面白かった。向井の問題意識はいわゆる政治運動とは一線を画す個の視点からのものであることが伺える。
「耳のない独唱」 アイヌ女性を主人公としそれを一人称で創作しようとした(編者も書く通り)野心作。向井の出自を考えるとこれはたしかに評価の分かれる試みであり、実際にその後穏当なものに書きかえられた経緯があるという。これは最初のものということである。創作から様々な問題を明らかにしていこうとする表現者としての強い意欲が感じられる。
「「きちがい」後日談」 これはエッセイで、アイヌの子供たちの作文の話が出てくる。前二作の感想の様に向井のテーマなどに触れるとともすると堅苦しい政治運動の作家と取られかねないものになってしまうのだが、このエッセイに出てくるのは子供たちの目から見て感じた老人たちの歌と踊りの話で、著作にみられるテーマと一見相反するかのような独特のリズム感や軽妙さや高揚感の背景を感じる事が出来る。
エスペラントという理想」 1970年代には向井はなんと「日本語一生懸命教えれば教えるほどアイヌ語をなくしてきたのではないか」と考え、人工言語エスペラント語を独学、アイヌ民話エスペラント語訳を行う。真摯なあまりに通常の創作者が思いつかない一種過剰とすら思える取り組みを行うところに驚かされる。
「シャーネックの死」 第二次大戦中ソ連とドイツの戦場となったハンガリーを舞台にしたエスペラント語の小説の翻訳。戦争に翻弄される人々の数奇な運命が個の視点から描かれるもので向井の視点が感じられる。
「ヤパーペジ チセパーペコペ イタヤバイ」 五音と七音の組み合わせで発疹が出るという5&7アレルギー症候群の女の子が主人公で♪が連なる(メロディではなくリズムを表現している)怪作。君が代嫌いの音楽教師であるママとかいかにも左翼的な道具立てがなされているが、そういった部分より先行する文学作品に対する批評的な読解も踏まえた上で奇想の力で日本語の五七調の解体し不思議なリズム感と高揚感によって新しい言語世界を切り開こうとするフロンティア精神がすごい。
「飛ぶくしゃみ」 これまた先行文学作品が中心の題材(小熊秀雄「飛ぶ橇」)となっているが、くしゃみをベースにしたリズムがユニークな小説である。ONE!ONE!ONE!
「新説国境論」 生前最後の小説作品とのこと。頑固で理屈っぽそうな爺さんが出てくるのだが、不思議と愛嬌が感じられる。

 向井の見つめたものは差別・貧困・教育など実に重いものであり、居住まいを正さざるを得ないテーマであるのは間違いないのだが、その著作はあくまで一人一人の生活人の視点に支えられている人懐っこくユーモアと温もりが感じられるものであり、一方でお問題の本質を追究する上で豊かな想像力が用いられているところが非常にユニークで、想像力の可能性を知らしめてくれる。