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異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

『イースターワインに到着』 R・A・ラファティ

読書(海外SF)

30年はいかないけど20年ぐらいは積んでいたかもしれない。
名うてのSF読み巧者の方々からラファティ凄い凄いといわれ、少しずつ翻訳が出てつき合ううちに遅い歩みながら良さがだんだん分かってきたというブログ主。ついに11月7日にはLive Wireでの生誕百年祝い(Live Wire [296] 14.11.7(金) R・A・ラファティ生誕百年祭:一期一宴 - Boutreview Onlineshop powered by mb-s cart)にも参加したったー。ホントは参加する前に読了したかったんだが、少し遅れて読了。

 ラファティにはいくつか同じ登場人物を主人公にしたシリーズがあるが、これは<不純粋科学研究所>のシリーズの長篇。登場人物についてはラファティ界では世界的な権威であるらっぱ亭さんの「とりあえず、ラファティ」に詳しい
(http://hc2.seikyou.ne.jp/home/DrBr/RAL/series1.html)。
 マッドサイエンティストのシリーズで思考機械のエピクトの存在がポイントというシリーズ。本書はそのエピクトによる自伝で、その誕生と成長が描かれている・・・ざっくりいうとそんな感じ。で、このエピクト君が生み出された理由は人類はもう次の段階に進化するのは無理だと分かったので人間とマシーンの双方の機能を兼ね備える「集合人間」を作ろうということになったからなんだそうな(グレゴリーによる)。ただしそこはラファティの小説、そう単純に要約出来るものではなく、そもそもその目的すら早々にヴァレリーにダメ出しをくらっているし、全くよく分からない登場人物(動物、物などなど?)がどんどん登場して独創的としかいい様のない発想と理屈で話を進めていくんだからもうごめんなさいお手上げです。
 ただ長篇翻訳も増えて自分なりに共通項みたいなものを感じられるようにもなった。一つは長篇では話がエスカレートしていく傾向が強い事。もう一つは人間が統合されたりするような話が多い事。短篇「他人の目」では人それぞれでいかに視点や考え方が異なるかが描かれていたが、一方で進化していくには融合が必要という様な発想があるような気がする。他の人間の思考を探る、あるいは融合するといった発想はテレパシーに通じる印象がある。このようにラファティの発想は唯一無二ではあるのだが、不思議とSF的発想の文脈でとらえても違和感が無いものがそこかしかの感じられる(話がエスカレートしやすいのもSFの発想とシンクロしている)。ラファティの作品は多面的でSFの文脈からはみ出してしまう作家なのだが、一方でその思考形態の一部はSFの良質な部分の魅力と大いに重なっている。博識で独自の道を歩んだラファティなので、おそらくそれは偶然というべきことなのだろうと思うが、SFファンにとってはそれは非常に大きな幸運であった。