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異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

『郵便局と蛇』 A・E・コッパード

郵便局と蛇: A・E・コッパード短篇集 (ちくま文庫)

郵便局と蛇: A・E・コッパード短篇集 (ちくま文庫)

独特な味わいで短篇小説の愛好家などの支持を集める幻想文学作家。近年刊行が目立ち・・・と書きそうになったが、『天来の美酒/消えちゃった』(古典新訳文庫)の刊行からもう5年も経っていたか(苦笑)。あちらも変わった雰囲気で展開の予想がつかない話ばかりだったがこれもユニークな短篇集だ。(特に良かったものに◎)

「銀色のサーカス」アンソロジー『筋肉男のハロウィーン』では「シルヴァー・サーカス」だったね。再読すると冒頭のうら寂しいところがいい重しになってることが分かる。
「郵便局と蛇」◎ 山登りをしにやってきた<ぼく>は麓の郵便局で山頂へ行くのを止めた方がいいと言われる。ホントに郵便局と蛇が出てくる話。いちおうキリスト教がモチーフなのかな。小品なんだけどコワいんだよなあ。
「うすのろサイモン」 純朴だが貧しく孤独な男サイモン。人生に安らぎはなく天国に行くことに。これまたメタファーとか精神世界とかの話じゃなくてホントに天国が出てくる。でもその天国もこの世の中のように仕組みに穴やほころびがあるような感じなんだよね。
「若く美しい柳」◎ 若く美しい柳に恋をした電信柱の話。泣いている柳が登場するので初めから現実と乖離をしているのでむしろいわゆるファンタジーとして理解しやすく一般的にとっつきやすい方の作品なのでは。しかしねえフツーではないのよ。
「辛子の野原」◎ 辛子菜の咲く野原で働く女たち。昔森の猟番をしていたルーファスの話になる。普通小説。情景描写が素晴らしくそこに暮らす平凡な人々の心模様と相まって心に響く。
「ポリー・モーガン」◎ 死んだ男の言葉に背き墓に花を手向けてしまったアガサ伯母。舞台はイングランドのチルターン丘陵というところで、いかにも英国怪談にふさわしく雰囲気たっぷりな作品。
アラベスクー鼠」◎ 暖炉に現れた鼠から主人公の様々な記憶が甦る。鮮やかな言葉の連なりが鮮やかなイメージを喚起するような作品。そこには凄みも感じられる。
「王女と太鼓」 孤児のキンセラは予言に導かれて旅に出る。これまたどこに転がるか分からない様な話なんだけど、タイトル通り王女と太鼓が出てくる場面が好き。
「幼子は迷いけり」◎ 貧しい夫婦の一粒種デヴィッド。これも普通小説。デヴィッドを思う母親の気持は空回りし切なくも時に笑いをさそうようなところもある。そしてそれらを包むかのような豊かな表現が胸にしみる。
「シオンへの行進」 旅をし道すがら同行していく者たちの話。キリスト教をそのままモチーフにしているようにも思える作品で門外漢としては難しいところもある。マリアが実に美しく描かれている。

 ファンタジー、ホラー的な小説としてとらえやすかった『天来の美酒』に比べるとさらに謎めいた作品が多いかもしれない。しかしジャンルや筋といった部分よりも全篇通じて目の前にその情景が広がるような描写が印象に残る。「誰も書いたことがないような作品を書きたかった」(解説より)コッパードは恵まれていたとはとても言えない生活の中で詩情を紡ぎだし、まさに彼だけの作品世界を作り上げてきたのだろうと思う。詳細にその経歴を追った訳者解説も素晴らしく、非常に美しい一冊である。