異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『悪魔の涎・追い求める男』コルタサル短篇集

悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)


名前は前から知っていたが、読むのは初めて。特に面白かったものに○

「続いている公園」切れ味の鋭いショートショート
「パリにいる若い女性に宛てた手紙」○ 本当は君のアパートに越したくなかったんだ、という私信から始まる驚愕の兎小説。金井美恵子の「兎」を何となく連想(あっちの方が強烈だが)。
「占拠された屋敷」○ つつましく暮らす独身の兄妹に忍び寄る危機。定かに描かれない危機の正体は現代生活の不安のメタファーだろうか。
「夜、あおむけにされて」 事故で負傷し病院に運ばれた男が朦朧とした中で見たのはアステカ族から密林に逃げ込むという悪夢だった。題材こそラテンアメリカ的だが、あくまでも素材で西欧文学でもよく見られるパターンに思える。
「悪魔の涎」○ 写真家が公園で見かけた少年と年上の女。解説によるとコルタサルは出来のいい短篇を見事な写真になぞらえていたらしく、この小説などはまさにその一瞬を活写し想像力を喚起させてくれる。
「追い求める男」○ 類稀な才能を持つサックスプレイヤーと友人の音楽評論家を主人公とするジャズ小説。天才だけが感じることが出来る他人と共有することの出来ない世界の表現が巧みで、その孤独感と共に鮮やかに切り取られている。また一つ音楽小説の傑作を発見した。
「南部高速道路」○ 長く続く渋滞が起こす騒動。これも現代社会を戯画化しているように思われる。
「正午の島」 飛行機内の勤務中に見かける小さな島に取りつかれ、行ってみることにした主人公。オチは少々意外。
ジョン・ハウエルへの指示」 ふと訪れた劇場のつまらない芝居に失望していたが、ひょんなことから次の幕から舞台に上がることになってしまった。これも良かった。
「すべての火は火」 古の剣闘士と電話で会話する現代人の話が並行して語られる実験的な作品で収束していくエンディングまでの手つきがお見事。

 短篇作家ということでどの作品も完成されていて非常に質の高い短篇集。どちらかというと都会的で非常に洗練された作風。ベルギー生まれでフランスの詩人やシュルレアリスムに強く影響を受けていたためか、あまりラテンアメリカ文学っぽさは感じられず、反対に日本のあるいはよく読まれている英語圏の短篇小説作家が好きな人にも手に取りやすいのではないか。