異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『アルベマス』 フィリップ・K・ディック

 先日の『ヴァリス』でも話題に出ていた、いわば別ヴァージョンの『ヴァリス』。死後発見されたということで、本人としては納得できなかったものなのだろう。
 フィル・ディックが主人公の一人ではあるが、話の中心はもう一人の主人公であるニコラス・ブレイディで『ヴァリス』では映画ヴァリスの登場人物として出てくる人物である。話は基本的に観察者で巻き込まれ型であるフィルとレコード会社で反政府活動をするニコラスのパートに分かれ、それぞれが語り手となる3部構成。神学的論議やSF的な部分は控えめで普通小説的な要素が強く、よりディック自身の生活ぶりや当時のバークリイの雰囲気がリアルに感じられる。また神学的論議のパートが最終的に増えた他にも『ヴァリス』での語り手に関する手法や全体の構成などにディックの苦闘を感じ取ることもできる。正直SF的な要素はあまり説得力があるとも言えず全体として『ヴァリス』を関連付けないと地味で退屈にも思える様な作品だが、いろいろと興味深い。細部では神秘体験をSF作家フィルに尋ねるところ(ひと昔前のテレビ番組の「未解決殺人事件をミステリ作家に聞く」ような不毛さが感じられる笑)、本来的にはSF作家を目指した訳でもないディックがSF擁護とも取れるような部分がなかなか面白かった。またクラーク・アシュトン・スミスへの言及があったことは正直意外だった。(エンゼルス時代のノーラン・ライアンの描写がちょっと登場するのも個人的には興味深かった。ディックはあまり野球に言及した印象が無いので)
 サンリオSF文庫版を読んだので創元の方の解説がどうなっているのか知らないのだが、本書はサンリオSF文庫最後の配本だったので、訳者(大瀧啓裕)によってサンリオSF文庫全体の短い総括がなされている。廃刊30年余にも拘らず、本年は最初はサンリオSF文庫で出版された『ヴァリス』の新訳版が刊行され、近日『サンリオSF文庫総解説』も刊行されるということで、未だに読者たちに大きな影響を与えていることに驚かされる。