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異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

『ルーティーン 篠田節子SF短篇ベスト』 篠田節子

「延々と繰り返しの続く日常生活に倦み突如失踪した男が、月日を経て異常な日常へと回帰する書き下ろし表題作をはじめ、南洋の島の民族的多様性の喪失を描く文化人類学SF「まれびとの季節」、荒廃した近未来で「神の子」と呼ばれ隔離されていた少年少女たちの恐ろしい真実「子羊」など、書籍未収録作品3本を含む10短篇に加え、エッセイ、インタビュウも収録。ジャンルを越境する偉才の傑作を精選したベストSF短篇集。」

 『斉藤家の核弾頭』しか読んだことが無いのだが、つとに評価の高い作家であることは認識していて、今回SF短篇集ということで読んでみた。傑作選ということもあり非常に面白かった。
「小羊」 オーソドックスな管理社会を描いたSFという側面もあるが、管理される側の心理の揺らぎが終盤スリリングな展開になる。管理社会の問題を管理され続けた側の心理の難しさの側からも描いているのが現代的。
「世紀頭の病」 女性と男性がそれぞれ別のパターンの症状になる病気が流行して一変した社会を描くコメディ。同様のテーマのSFによくある展開を予想させつつ軽やかに裏切って新たな世界を見せてくれる手つきが心憎い。
「コヨーテは月に落ちる」 真面目一筋で働いて来た中年女性に訪れた予期せぬ転勤話。呆然とする彼女の前に現れるコヨーテ。都心の無機的な風景とコヨーテというコントラストが非常に美しい。好きな一篇。
「緋の襦袢」 結婚詐欺を働いた過去を反省することもない嫌われ者の老女の住居探しをするはめになった人の良いケースワーカー。破格に安いわけあり物件を下見したところ…。コミカルホラーというか落語の様な話で、全く芸域の広い作家である。
「恨み祓い師」 老朽化した貸家に住み続ける母娘。これもホラーにあたるがこちらはオカルト探偵もので、母娘のグロテスクな描写が冴えている。
ソリスト」 いつ演奏を聴けるか分からない気まぐれな天才ピアニストを舞台に迎えることが出来た主人公。その時現れたのは。これは音楽ホラーかな。音楽をテーマにした小説は多々あれど、小説から音が響きだす様な小説は少ない。SF系の作家ではスタージョンのジャズ小説や飛浩隆「デュオ」がそれに当たるが、この小説もそれに並ぶもので、鳥肌が立つような美しくも怖ろしい音楽が奏でられる。傑作。
「沼うつぼ」 絶滅寸前、食べると他に比べることのできない味わいを持つという沼うつぼ。最後の一匹なら是非食したいという作家にTV番組スタッフが加わって…。一種のUMAものだろうか。見捨てられた漁師町の男が重しになって、ドタバタ劇に物悲しい風味が加えられていてこれまた傑作。
「まれびとの季節」 松脂が取れることが特長という貧しい島。特有のしきたりによる信仰を七百年続けていた。ある時、外から宗教改革を進めるカリスマがやってくる。宗教がテーマというより、新たなシステムが導入される軋轢についての話として読める。新旧どちらの問題も両義的に書かれている印象があり、どの作品もその絶妙なバランスにより実に奥深い世界が提示されている。
「人格再編」 下降線を描く日本社会の行く末に偏屈になった老人の人格を矯正する技術が導入されることになった。基本コメディタッチなのだが、この技術導入の経緯がやむを得ない感満載で苦笑せざるを得ない。どんなに良心的に物事を準備しても成る様にしかならない人類のしょうもない姿が見事に描かれている。
「ルーティーン」 妻も子もある平和な家庭を持つ主人公がふとしたきっかけで日常生活から逸脱してしまう、という話なんだけど、そのよくある話が斜め上の展開に。テーマとしては「コヨーテ~」に共通するものがあるが、あちらは幻想美、こちらはややコミカルなシュールと全く色の違う話になっていて、著者の変幻自在の語りに唸らされる。
「短篇小説倒錯愛」 これはエッセイ。倒錯愛とあるが、むしろ伝統的な短篇小説観に異を唱える非常に明晰な短篇小説論。「小説の枚数の少なさは、実は制約ではなく可能性である。」という一文が実にカッコいい。

篠田節子インタビュー」 1999年SFセミナーでのインタビューで、場に即してSFを中心にホラー・ミステリーそれぞれのジャンルの特性について、具体的に分かりやすい例をもってこれまた明解に語っている。理知的な方だという印象が強まった。
「Setsuko in Wonderland」(解説) 選者牧眞司氏による解説。本書各短篇についての詳細な解説に加え、巻末の著者のSF長篇ガイドが一つ一つ内容にまで触れられていてこれから読もうという人間には大変親切で助かる。こんなにSFを書いていたのか!(ところで当ブログ主はまだ電子書籍はほとんど使用したことがないのだが、今後こういう実用的にも便利な内容の解説は無くなってしまうのかなーとふと思った)

 本書を読んで柴野拓美によるSFの定義「人間理性の産物が人間理性を離れて自走することを意識した文学」を思い浮かべた。ホラーっぽいものは少々違うものあるが、多くの作品に人間の作り上げたものが自走する(「まれびとの季節」では宗教だがこれも人間理性の産物だろう)要素が含まれていて、SFの特質を深く理解していることが感じられるし、何よりもそのしなやかでしたたかな筆致でモチーフ、ジャンルいずれにおいても幅の広い作品を物に出来る素晴らしい作家であることを実感した。

※2014 4/9当初は小説のみの感想であったが、エッセイや解説について追記しました。