読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

<ビートニク映画祭>行ってきた

音楽(ロックなど) 映画(一般) 読書(海外文学)

 <ビートニク映画祭>行ってきた。
 当ブログ主は映画祭などへは小規模なものでも全く行ったことはなく、今回初めて。ビートニクにちょうど興味が出たこと、柳下毅一郎氏に山形浩生氏のトークショーがあること、ディランの「ノー・ディレクション・ホーム」「裸のランチ」といったDVD化された作品もたまたま観たことが無かったことなどが重なり、積極的に足を運ぶことにした(完全に勘違いしてた。「ノー・ディレクション・ホーム」じゃなくて今回上映されるのは「ドント・ルック・バック」だった)。
 さて1967年生まれ80年代にティーンエイジャーだった当ブログ主の個人的なビートニクの印象を備忘録的にまとめておく。中学生になりロックを聴くようになりポップカルチャーに親しむようになり、ビートニクという言葉は何度か目に入ったりしていた。例えばスティーリー・ダンが影響を受けていたらしいこと、高橋幸宏鈴木慶一のユニットであるビートニクス(ほとんど聴いたことないです失礼)の名前の由来であること。つまりロックに関連が深そうだということ。しかし英語の歌詞とかよく分からない(追及しない)ほうだったのでよく分からず詩にも親しんでいなかったこと、音楽的にはジャズとの結びつきが強そうでジャズを苦手としていたことなどからちょっと小難しい世界として敬遠していた。2000年前後に(新訳ではない)ケルアック「路上」は読んだもののピンと来ずそのままだった。
 一方バロウズの名前は知っていた。海外SFを読み出した若い衆には憧れのポップアイコン(一歩進んだ感じのSF作品が多く装丁も綺麗で欲しくなるが少々高い)サンリオSF文庫で何冊も出ていたからである。しかしこれまた予備知識が無いといきなりでは厳しく遠巻きにに眺めるだけ、その随分後2003年に山形浩生氏「たかがバロウズ本」でようやく理解へのとっかかりを得る。しかし何せ鈍いブログ主、本当に最近までバロウズとビートニクのイメージが結びついていなかった。
 ということで結局は音楽つながりになる。近年遅ればせながらロックなどの歌詞をチェックするようになり、ファンク経由でジャズもある程度聴けるようになり、古いR&Bやジャズの世界の面白い言葉づかいなども気になるようになってきた。そして何よりボブ・ディランにはまるようになり、その多様なルーツの中でも大きな意味を持つのがビートニクであることが分かり俄然興味が強くなってきた。そのディランがまた来日コンサートを行うので、映画祭のタイミングも関係があるのだろう。
 さてさておっさんの昔話についついなってしまうが各映画の感想。(「シッダールタ」は観てません)

ジャック・ケルアック キング・オブ・ザ・ビート」(トークショー柳下毅一郎氏×青山南氏)
 上映後に柳下毅一郎氏が「イメージビデオ」っぽいといったように、ケルアック役の俳優によって若い頃苦悩を抱え運命を変えるニック・キャサディらと出会い旅するようになる経歴が演じられ、その合間に関係者の証言が挿入されるといった構成。もう少しケルアック自身の映像を観たかったなあという気もしたが(あまり多くないのかもしれないけど)、結びつきの強いビートニクの仲間の証言はケルアックの人となりをよく伝えてくれる。それにしてもTV番組のゲストで出たケルアック、青山南氏が「痛々しい」と表現するほどでその繊細さが偲ばれるが、そんな中でも朗読の魅力は変え難いものがあって多くの人をひきつけたろうことを実感できた。トークショーも大変素晴らしく、ケルアックやビートニクの魅力をコンパクトに紹介してくれた。以下内容を箇条書き(間違いがあったら御容赦)
・ケルアックは二枚目であり、それによる苦悩があったに違いない、と想像されると両氏(場内笑)。ケルアックは晩年仲間にもつらく当たるなどイメージを大きく損ねたため厳しい事を言われることも多いが今回の映画は視点が温かくほっとした(青山氏)。
・イメージビデオ的な要素もあるが、ケルアック自身の見た風景が再現されているということ自体もうれしい(柳下氏)。
・「オン・ザ・ロード」のディーン・モリアーティの破天荒なイメージが重荷となって破滅していったが、本人は素養の深い文学青年だったことを青山氏は重視する一方、柳下氏はそれでもビートニクの仲間の中では運動能力が高くディーン的な部分を自覚していたのではないかと発言。
・自分も若い頃「オン・ザ・ロード」に影響を受け野宿をしたり旅に出かけたりしたが、そうした若者は多かったし現在でもいるかもしれない。そうした「書を捨て町に出よう」といった要素が大きいのは事実だが、その分小説としてどういったものなのかというのがこれまで語られてこなかったのではないか。(柳下氏)
・(旅をして人と出会ってというエピソードの積み重ねであることもあり)「オン・ザ・ロード」は筋が無いとの批判をよく受けるしビートニク全体に構成が弱い面はあるが、どこを切り取っても朗読に耐える様な文章であるのがケルアックの美点でもある。そもそも小説は必ずしも順番に読む必要は無くどこから読んでもいいものだ。ケルアックは(資質的に)詩人である(青山氏)。それまでの小説の決まりごとを崩していこうというのがビートニクの姿勢でありその分構成が崩れることになっているのではないか(柳下氏)。
・ケルアックはメモ魔。映画化された「オン・ザ・ロード」内容には不満もあるが、主人公はとにかくメモをし、手帳が無いときは白い紙それもない時は字が書かれている紙でもその上から書く、といったところはケルアックがよく表現されていた(青山氏)。(※ブログ主は未見)
・現代と違い文学が重視されていた時代で、(実際には酔ってひどいものだったようだが)ディラン・トーマスの朗読などに沢山の聴衆が集まるなど朗読が重要な意味を持っていた時代。ケルアック自身シャイで機会は限定されていたようだが、非常に素晴らしく人気があった(青山氏)。
トークの中で青山氏が紹介したyoutubeロバート・フランクの映画はこれだと思う。これは事前に観ていて、確かにケルアックの朗読カッコいいんだよねえ。

Pull My Daisy (Robert Frank/jack kerouac 1959 ...
・ケルアックにはまだまだ知られざる様々な面があり、例えば俳句が好きで英語の俳句をやっていた。しかし訳すのは難しく断念した(青山氏)。俳句を訳すのは難しく、以前トマス・M・ディッシュの俳句を訳そうとしたことがあったがどうも川柳のようなものになってしまう(柳下氏)。
ギンズバーグはいい人で面倒見が良かった。売れない頃から仲間をあちこちに紹介したり世話をしたりしていた。酷い状態になった晩年のケルアックも見捨てることが無かった(青山氏)。←泣けるね

裸のランチ
 もともといろんなエピソードがつながりがあるのかないのか分からない形で重ねられるような原作で映画化はとても無理と思えたし、評価も分かれていたので大きく期待せず観た。原作の得体の知れなさは後退しているのはいたしかたなく、クローネンバーグ映画としてまずまずという印象。いつもながらぐちょぐちょしたガジェットが独特の質感でよかった。あと薄汚いのに生活感の乏しい狭い部屋などの空間の感じも好きなんだよね。「キング・オブ・ザ・ビート」を観ていなかったら、主人公の友人2人がケルアックとギンズバーグだと分からなかっただろう。まとめて観る利点がここに(笑)。

「チャパクア」
 1966年のかなりカルトな作品(日本でもこの映画を巡ってひと悶着あったらしいが詳細は不明)。いちおうアルコール・ドラッグ依存症の主人公が治療で入院するというあらすじはあるものの、全編にわたって幻覚のサイケデリックな映像が展開されるといういかにも60年代というか観客を選ぶ作品。そうした映像が続くのでちょっと疲れるがジャズ演奏のシーンだとか音楽の面白さもあるしバロウズギンズバーグの登場など見せ場もところどころあって楽しめる。ラヴィ・シャンカルが音楽・出演しているのも60年代らしいというか。