異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

『ボブ・ディラン ロックの精霊』 湯浅学

「ディランの歌は深読みを誘う。聴けば聴くほど憶測をよぶ。意味を問うほど意味が逃げていく。謎多き現代の吟遊詩人。「風に吹かれて」「ライク・ア・ローリング・ストーン」など、数々の名曲で人びとを魅了しながらも、つねに人びとの理解を超えていく。その人生の足跡と作品の軌跡をたどり、幻惑するトリックスターの核心に迫る。」

 独特の切り口で刺激的な音楽観を提示し続ける著者のボブ・ディラン評伝。期待通り面白かった。
 ボブ・ディランは一つの像にイメージが固定されることを長年嫌い抗い続けてきた人物で、音楽・歌詞も(歌声すら)変化に富んでいて批評家泣かせの存在だと思うが、その経歴をロック音楽そのものとなり曲を作り続ける決意に至るという軌跡ととらえることによって唯一無二の音楽家であることを描いたのが本書で、新書という限られた分量の中ディランの音楽を楽しむ沢山の手掛かりを与えてくれるものとなったのが何よりも成功の要因であろう。
 細部で面白かったのはフォーク音楽というのがアメリカ各地の伝承歌を収集する学術的な側面があったこと(そのシリアスさ故に、電気化したボブ・ディランへの反発が大きいものとなる)、初期のディランがニューヨークを中心に音楽を吸収していながら放浪の歌手である様なふりをしたこと、若い頃は嘘が多いため恋人にもやめるように懇願された様な人物であったことなど。しかしそうした嘘も音楽をイメージに固定されずに表現したいという側面が常にあるのだとも理解されるのだが。日本でのディラン受容状況の話も面白く、ディランと言えばエレキギターを弾いてフォークのファンに大ブーイングを浴びたエピソードが有名だが、実は日本では紹介の遅れから(当時としては珍しくは無いだろう)フォークとエレキ化ディランの楽曲が同時に入ってきたためにそうした変化に対する反発はあまり無かったそうだ。
 それにしてもディランの長い山あり谷ありのキャリアは凄く、あらゆる時代に様々な人物から音楽や表現について吸収し続ける情熱がひしひしと伝わってくる。もちろん60年代後半のロック史上に残る伝説的な人物同士の交流の濃密さには改めて驚かされるが。
 個人的には「Love and Theft」がミンストレル・ショーに関する本から取ったタイトルだということも興味深かった。黒人を白人が演じるという差別的でありながら、虚実ないまぜのアメリカエンターテンイメントの起源の一つでもありやはり実像を絞らせないディランも意識をしていることがうかがえる。
 他、個人的には今一つイメージのはっきりしない存在だったグレイトフルデッドがバンド運営の面などで先駆的な存在であり、評価される理由も本書で知ることが出来た。どうしても前半のキャリアの歴史的重要性が大きいので、後半駆け足になる点は否めないし、元々はぐらかしの天才であるディランを一冊で表現することなどは不能であろう。そんな中、ディランを楽しむ様々なヒントを断片的にではなく一つの道筋の中で提示した本書は大変意義深いものだと思う。