異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

新橋文化で『プラン9・フロム・アウター・スペース』 『ダリオアルジェント監修版 ゾンビ』

 またまた新橋文化、今日は2本とも。
 
 まずは最低映画監督の最高傑作、ってハナから意味分からんキャッチフレーズに恥じないやっぱりわけワカランチンな映画だった。どうやら宇宙人が地球人を啓蒙すべく(?)墓荒らしをしてその存在を知らしめようとするが、地球人が傲慢なので最後は宇宙を爆発させようとするといった話らしい。よく分からないよね、でもこういうことを宇宙人が言ってた気がする(笑)。宇宙人は実はツンデレで地球人が好きなのかなあ。“怪物の花嫁”の方がまだ博士の野望がはっきりしていて分かりやすかったな(あくまでもエド・ウッド作品比で!)まあそれはともかく、ベラ・ルゴシに巨漢のトー・ジョンソンと“怪物の花嫁”と重なる俳優が出ているのがちょっと映画“エド・ウッド”でのファミリーっぽい雰囲気を思い出させたりもする(こちらが現実なのだから当然か)。しかしベラ・ルゴシは途中で亡くなり映像は同じものの使い回しで代役は顔を隠していたようだ(変な感じしたけど眠かったから気づかなかった...)。あと“怪物の花嫁”同様どこを移動しているか分からない映像の撮り方や編集(例えば探しまわってるシーンなのに同じところを行ったり来たりしているようにしか見えない)なんかはどうにもならないよなー。いや実際観るとホントに眠くなるよこれ。でも他のも観たくなったりするから困る(苦笑)。

 さて気を取り直して“ダリオ・アルジェント監修版 ゾンビ”。有名な作品だけど、ホラーやスプラッターが苦手なので観たのは初めて。これは名作だな~。だれ場がなくストーリー映像共に変化に富んでいて全く古びていない。全体的にはアクションの魅力が多い作品だが、人の形をした化け物を殺さなければならない心理的葛藤が度々描かれ陰影を加えていて、事前にブラックコメディ要素が強い作品なのではと思っていたが、観終わるとクールなハードボイルドの風味が感じられた。もちろん人体をめぐるグロテスクなユーモアも炸裂、また非日常的なカタストロフィが日常化しためらわず暴力を使用する主人公たちの姿も戯画化され皮肉な視点もそこかしかに見られる。全体を通じて描かれるのが、ショッピングモール、銃、拝金主義などアメリカであることが興味深かった。それこそ徘徊するゾンビたちは『小説のタクティクス』で書かれていた<顔を持たない(失った)人間たち>我々そのものなのかもしれない。映画で繰り広げられるショッピングモールをめぐる戦いはまさしく現代社会がショッピングモール上の利権を取り合う様な競争で成り立っていることを暗示しているかのようにも思える。
 ちょっと気になるのはエド・ウッド映画の後なので評価が数割増しになっている可能性があることだけど(笑)。それはさておき、「ゆっくり鈍く動く大勢の敵を倒したり避けたりする」というようなアクションは革新的なアイディアで、映画の歴史を変えたのだろうなあとも思った。あと70年代らしい音楽も良かったな。ロメオ版はもう少しアクション風味が控えめでダークということらしいがそちらも観てみたいねえ。