異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『豊﨑由美アワー 第39回読んでいいとも!ガイブンの輪』( ゲスト西崎憲)に参加してきた

 海外文学のトークショーとしてはすっかりお馴染みの‛よんとも’だが、参加するのははじめて(のはず)。今回は小説家・翻訳家で日本翻訳大賞の発起人ツイッターでもアクティヴに情報発信をされているお馴染み西崎憲さんがゲストで怪奇小説の話で西崎さんのオールタイムベストが聞けるということで、これは楽しそうだと思い参加。当ブログ主は生粋の怪奇小説育ちではないが、異色作家短篇集などが好きになってから少しずつ読むようになり、なかでも西崎さん訳の短篇は好きなんだよね。(以下例によって素人のメモ書き的なもので恐縮です。また話の順番を入れ替えたりしています。間違いがあればご連絡を)

 まず豊崎さんからモダンホラーと怪奇小説の違いについて質問が出る。西崎さんから「果たして現在<モダンホラー>というジャンルがあるのか・・・」という疑問が提出されつつもいくつかの特徴が提示された。
○モダンホラー ・モンスターなど<恐いもの>がはっきり出される
        ・エンターテインメントの進化した時代に現れたため、読者サーヴィスが過剰な面がある
        ・<危険>が表現される   
怪奇小説   ・はっきりしない恐怖
        ・ゴシックロマンを源泉に持つ
        ・<恐怖>が表現される
英国ゴシックロマンの歴史についても触れられた。ゴシックロマンの全ての要素を持つというホレス・ウォルポール『オトラントの城』(1764年)を先駆として隆盛を極め19世紀初めにはいったん流行が収束するも、再びディケンズやレ・ファニュらによって再興される。ここで西崎さんがデフォーの『ミセス・ヴィールの幽霊』(1706年)を怪奇小説の祖として紹介。未読なのだがググると面白海外小説の編集者としてお馴染み藤原編集室さん@fujiwara_edにもこんなツイートが 
https://twitter.com/fujiwara_ed/status/133790928677777408 。(青空文庫で読んでみた 
http://www.aozora.gr.jp/cards/001087/files/42304_16647.html 。古いものなので読むポイントが多少つかみづらいが。終盤でいかにこの話が本当なのかというところが強調されていて、たしかに報道っぽさがある)
西崎さんによると初期の怪奇小説は「(まだ)遠くで起こった話だった」。それが時代と共に「近づいていきて、さらには体の中に入ってしまう」。この大変示唆に富んだ着眼点に豊崎さんがさらに「英国SFの歴史もそうかもしれない。宇宙など外へ外へ向かう発想が、バラードなどのニューウェーヴSFのように人間の内面<内宇宙>に向かう」といった指摘がなされ、SFの話が突然飛び出したので意表を突かれるとともに刺激的な瞬間だった。
 また豊崎さんは(私見として)例えばヴィクトリア朝時代のようなモラルの厳しい抑圧された時代には、逆に外への力の排出として切り裂きジャックのような異常な事件が生まれたり、それと呼応するかのように豊穣な小説が生まれることがあるのではないかといっていた。
 西崎さんは「怪奇小説の歴史は短篇小説でもある」と短篇小説としての魅力を語られ、豊崎さんは「入門はアンソロジーで、その中で気に入った作家の短篇集を読んでいく」ことをおすすめしていた。また「100年以上経過した様な古い小説で残るものは現代でもそのまま楽しめる怪奇小説。他は歴史的価値として教養として読むようなタイプになる」という話やその理由は「恐怖というものが人間の根源的な部分に訴えかけてくるからではないか」という話もでた。
 豊崎さんは子供のこと出会ったグリム童話に<恐怖><驚き><笑い>の要素が入っていたことから読書の楽しさに目覚めたそうで、現在もその要素が入っているものが大好きだとのこと。そして小説家は泣かせる表現よりも、恐がらせるあるいは笑わせる表現が一番難しいのではないかと指摘。また豊崎さんは「恐怖のツボは人によって違うのではないか」と指摘、ベスト10発表時にある作品で豊崎さんが「場面を想像したらついつい笑ってしまった」と感想を話す側で西崎さんが「ええ、あれ恐くてたまらなかったけどなあ」とまさにツボの違いが現れる場面もあった。
 アンソロジーの話題がでておすすめされるアンソロジーが列挙された。
『怪奇大山脈Ⅰ~Ⅲ』(東京創元社)、『怪奇小説傑作集1~6』(創元推理文庫)、西崎さん編の『怪奇小説日和』『短篇小説日和』(いずれもちくま文庫)。また『独逸怪奇小説集成』(国書刊行会)の名も挙がっただろうか。あと岩波少年文庫にもおさめられていることが紹介されていた(ググると副題にホラー短編集とついているのが3冊でている。おおこれは素晴らしい企画)。他に古めで入手困難なものとして『幻想と怪奇』(何度かこのタイトルで出ているようだがハヤカワ・ミステリで出た英米怪談集の副題がある2冊のものらしい)、『恐怖の愉しみ(上・下)』(創元推理文庫)、『怪談の悦び』(創元推理文庫)、『ロアルド・ダールの幽霊物語』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、アンソロジーとは多少違うが国書刊行会の叢書<魔法の本棚>(一部在庫がある様子、コッパード『郵便局と蛇』はちくま文庫で普通に入手できる)なども紹介されいていた。(ちくま書房の国別のアンソロジーというのも言及されていたが、ちょっとよく分からなかった『世界幻想文学大全』(東雅夫編)の3冊や『ドイツ幻想小説傑作選』などが検索するとでてくるがもっと古いものの話だろうか)。(※追記 こかだじぇいさんからtwitter河出文庫の怪談集のことではないか、との情報をいだだきました。現在は入手困難ですが<世界怪談集>というのが河出文庫から出ていたようで、話題に一致します。こかだじぇいさんありがとうございました)
 一見沢山本があるようだが、一方で西崎さんは「真に名作といえるのは50篇ほど」でかなりの部分が訳されているとのこと。よく考えると当然で、随分昔の小説のうち今でも通用するものはそんなに多くはないはず。怪奇小説経験値の高くない自分でもこれから追いつけそうな気がちょっとした(笑)
 さて後半はいよいよ西崎さん選の怪奇小説ベスト10+4。ちなみに上記の藤原編集室さんがイベント後これらの作品をtwitterでな紹介。早速トゥギャった。
「6月29日『豊崎由美アワー 第39回読んでいいとも!ガイブンの輪』西崎憲さんの怪奇小説ベスト10のまとめ - Togetterまとめ

 あら充実したベスト10+4紹介で、もう書くことないぞ(笑)、ということでこのまとめにない話題をいくつか。
10.『輝く草地』 アンナ・カヴァン
 訳しているとカヴァンが中に入ってくる感じがあって、気が変になりそうで恐い(ちなみにヴァージニア・ウルフも恐い)」と西崎さん。豊崎さんによると「翻訳家の岸本佐知子さんも『氷』について似たような事をいっていた」と(コワ~)。また「何らかのシンボルが表現されている小説なのだが何のシンボルかがわからないところに説得力がある」「きれいで凶暴である」と西崎さん。
9.『喉切り農場』J・D・ベリズフォード
 「短くシンプル」が長所と西崎さん。「なんで『喉切り農場』って名前の場所にわざわざ行くのかねえ(笑)」と豊崎さんのツッコむ怪奇小説のお約束に会場が爆笑。またジョー・ヒルの某作品と共通するとも。
8.『ダンウィッチの怪』 H・P・ラヴクラフト
 「ラヴクラフトは青春小説。(ラヴクラフトは)怪奇好きの太宰」と西崎さん、誰もが一度は通ると。「音が気持ちが悪いところが凄い。英語で書かれているのに日本人でも音が気持ちが悪く感じられる。みなさん是非音読してみてください」と豊崎さん。
7.『アムンゼンの天幕』ジョン・マーティン・リーイ(まとめにあるように未訳。西崎さん編の新アンソロジーに収録)
 「B級っぽいよさがある。『遊星よりの物体X』の元ネタではないか。」と西崎さん。
6.『炎天』W・F・ハーヴィー
 「M・R・ジェイムズ的な怪奇小説とは違う独特さ」と西崎さん。
5.『ゴースト・ハント』H・R・ウェイクフィールド
 「ウェイクフィールドは訳すのがある意味楽。訳すとそのまま名文になる」と西崎さん。「語りが上手い。努めて冷静でいようとする語り手が次第に正気を失う様子が恐ろしい」と豊崎さん。
4.『柳』A・ブラックウッド
 「自然の描写が巧み」豊崎さん。
3.『笛吹かば現れん』M・R・ジェイムズ
 「時代の関係ない面白さ」と西崎さん。「何か絶対出てくるに違いない笛を何故吹く(笑)しかもこれ土に埋まっていてきっと泥がつまっている。それを取り除くまでして汚い笛をわざわざ吹いてる(笑)自分だったら他人に遠くの方で吹かせて何が来るか見る(笑)」「音というのも怪奇小説の重要なモチーフ」と豊崎さん。作者の夢がきっかけらしい。
2.『信号手』チャールズ・ディケンズ
 「冒頭が屈指の素晴らしさ。ディケンズは今日いても大人気作家だろう」と西崎さん。高低差についてはタモリっぽさを当ブログ主も感じたが、高低差のあるところでは何かが出やすいという坂道の途中にあるコロムビアレコードの怪談話も面白かった。
1.『猿の手』W・W・ジェイコブズ
 「構成・ディテールの上手さ」と西崎さん。
1、2位に超名作を躊躇なく持ってくる西崎さんの邪念の無さに怪奇小説の達人ぶりを見ると豊崎さん。
さてここからベスト10から惜しくももれた4作品。
14『白い粉薬のはなし』アーサー・マッケン
 「文章が巧み。ウェイクフィールド以上。ただ一番文章が素晴らしいのはエリザベス・ボウエン」と西崎さん。(エリザベス・ボウエンについて)「読んでいる途中退屈なので我慢強い人向けだが、そういうタイプの人には素晴らしい小説」と豊崎さん。
13『ゴールデン・フライヤーズ奇談』J・S・レ・ファニュ
 「風光明媚」西崎さん。「レ・ファニュも我慢強い人向け」豊崎さん。
12『月光に刻まれて』ジェイムズ・スティーヴンズ(まとめにあるように未訳。西崎さん編の新アンソロジーに収録)
 「児童文学の作家。謎めいた話」西崎さん。
11『いも虫』E・F・ベンスン
 「頭から発想したら絶対出ない様な作品。そういう作品が作家にはある。(お土産として用意した)アーサー・キラ=クーチの『プシュケー』もそんな作品だと思う。普段はこういうものを書いていない作家。」西崎さん。

 最後に会場から西崎さんに質問。
Q.日本作家で好きな作品は?
A.岡本綺堂『寺町の竹藪』、幸田露伴『幻談』
Q.翻訳で成功したと自分が思っている作品は?
A.翻訳に正解はないので、成功したかどうかというのは難しい。ウェイクフィールドは訳して楽しいし、ボウエンも訳して楽しいと思う。
Q.名文といわれる作家たちの原書の購入は
A.昔に比べるとネットで手に入りやすく古典的な作家のものを手に入れるのは容易。値段のことはともかく(笑)

 1時間半で初心者向けの情報からディープな小説論・翻訳論まで。豊崎さんのユーモアを交えながらのメリハリのある進行と西崎さんのソフトな語り口ながらシャープなコメントで実に濃密な内容だった。上記のようにお土産に西崎さん訳の小説までいただき、お得感たっぷりのイベントだった。お二人とスタッフの皆さまに感謝。

※さて当ブログ主は鎌倉在住だが、漫画家の吉田秋生が『海街diary』についてのどこかのインタビューで今と違って子供の頃の鎌倉は暗闇ばかりだったというようなことをいっていたが、都心の真ん中に比べればまだまだ鎌倉の一部には暗い路地はある。帰り道明かりのほとんどない民家の裏を歩いていたら膝少し上ぐらいの高さの柵の向こうから低い唸り声が追いかけてきた。犬だと思うが最後まで姿が見えなかった。通り過ぎた後気になって戻って確認してしまった。トークショーの「なぜ見に行く!」をお二人の教え通りに実践したのである<違

※以前からネットでやりとりをさせていただいているkazuouさんの翻訳小説紹介ブログ<奇妙な世界の片隅で>に言及していただきました!ありがとうございます。さらには当ブログ主よりはるかに海外文学・怪奇小説に造詣の深いkazuouさんによりベストも発表されております。現代ものや非英米ものまで含まれた幅広いベストで今後の読書に大変参考になります。重ねてお礼申し上げます。

奇妙な世界の片隅で マイ・ベスト・怪奇小説