異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2019年5月に観た美術展、TV番組など

「トルコ至宝展」@国立新美術館
 終わるといけないので行ってきた。オスマン帝国外伝にはまったのでこれは見逃せません。スレイマンの衣服もあったねえ。宝飾品が何よりも豪華で素晴らしかったが現在のイメージとは違う細長いチューリップの花が必ずといっていいほど登場する刺繍類もよかった。一番笑ったのは陶器で中国から来たのは地味だったので宝石をいくつも散りばめてしまうオスマンスタイルであった。
「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」@国立新美術館
 こちらもついでに観てきた。ウィーン世紀末美術というと耽美あるいは退廃といった印象が強いが非常に洗練されたデザイン感覚というものがあるのだなあと今回認識をあらためた。あと派手な女性遍歴のイメージがあってたしかに美しい女性画が多いクリムトだが割とムキムキ男性の絵も結構あるような。またウィーン世紀末美術の前にビーダーマイアーの時代、市民文化が隆盛を誇った時代があって日用品の機能美が素敵だった。上記のオスマン帝国の食器とは好対照(どちらにも魅力があるところが面白い)。
クリムト展@東京都美術館
 あまり時間が無かったので駆け足っぽくなってしまったが観た。いろんなものを取り込みながら高いデザイン性の作品を作り上げてきたのだなあというのが感想(月並みになるが)。複製だったが分離派美術館の《ベートーヴェン・フリーズ》のスケールの大きさが印象深かったなあ。《オイゲニア・プリマフェージ》の背景には日本画の鳥を模した生き物が描がかれているということだが、何が素だとしてもちょっと借り物っぽいぎこちなさがあったりして技巧的な画家としてはご愛敬といったところ。
NHKスペシャル朝鮮戦争 秘録〜知られざる権力者の攻防」
西陣営の対立をベースにしながら北朝鮮の背景にあったソ連・中国の思惑もあり長期化し多くの犠牲者が出てしまったやりきれない思いのするドキュメントだが、米軍に奇襲作戦で協力し犠牲者も出た2000人にも及ぶ日本人船員たちがいたことは驚きだった。戦後平和が続いてきたという紋切り型の言い回しには十分注意する必要がある。
スタートレックあれこれ
 うちはケーブルテレビでスーパー!ドラマTVも入るのだが、最近スタートレックシリーズをいろいろやっていて基本宇宙大作戦TOS)の一部や新スタートレックTNG)の一部しか観ていないのでランダムに録画してはHDDドライブを占拠して困っている(もう少し小出しにしてくれれば良かったのだが)。でまあボチボチ観ているわけだが、雑感を羅列
 :TOSは結構怪奇趣味がある。
 :TOSは案の定美女に騙される系のエピソード多し。美女に弱いのはカークだけではなくクルー一般で、今ではポリティカルコレクトネス的にアウトな部分そこかしこに(まあ同時代の他の番組よりはかなり進んでいたのだろうけど)。
 :TOSシーズン1 2話セイサス星から来た少年(Charlie X) 超能力を持つ少年がエンタープライズ号で騒動を起こす話だが、少年がスポックにブレイクの詩を朗読させるシーンがある。
 :TOSシーズン1 4話魔の宇宙病(The Naked Time) スールー(カトー)が裸フェンシングをするのはこの回。
 :関係ないがTOS観た後のコロンボにでてきたウィリアム・シャトナーのも矢島正明さんだということに気づいた。
 :DS9同性愛的な要素もでてきて(当然ながら)大分表現が変わってきている(シーズン4 6話禁じられた愛の絆(Rejoined)。
 :DS9シーズン4 10話ドクター・ノア(Our Man Bashir) 徹底的な007パロディ回。

2019年4月に観た映画など

「天才スピヴェット」L'extravagant voyage du jeune et prodigieux T.S. Spivet

(2013年)(TV録画視聴) 

  『T・S・スピヴェット君  傑作集』はグラフィックが入りレイアウトなど趣向の凝らされた良質の作品であったが、その意匠を映画のフォーマットに巧みに援用している。ただ、永久機関という言葉のしょぼい印象が尾を引いてどうも内容が素直に入ってこない(永久機関、といえば詐欺のイメージがあるからね)。

兵隊やくざ  大脱走」(1966年)(TV録画視聴)

  田村高廣勝新太郎の落伍兵士コンビによる兵隊やくざシリーズの第5作。玉砕した部隊で生き残った二人が別の部隊に入るが、という話。勝手に地位を偽ったり、コミカルな風味が楽しい。

兵隊やくざ  脱獄」(1966年)(TV録画視聴)

  第4作でこっちの方が大脱走より前だった。やはりこのコンビはいいね。座頭市も好きだけど、こちらのコミカルな路線(でも軍隊を諷刺している)もまたよいね。

犬神家の一族」(1976年)(TV録画視聴)

 俳優陣の懐かしいことといったら・・・(気分は昭和モード)。観るのは大分久しぶりにだったが、さすが市川崑で完成度が高いことが確認された。音楽が大野雄二だったのは意識してなかったなー。

でNHKBSアナザーストーリーズ「犬神家の一族」も観た。事前の噂で話を大分盛っているということで警戒して観た(苦笑)。まあそれなりに面白い番組ではあった。大野雄二は映画音楽初めてだったらしく、その辺のセンスは素晴らしいね。あとトランクは石坂浩二が購入した話も良かった。

NHKBS BS世界のドキュメンタリー「素顔のボヘミアン・ラプソディ

 デビューから70年代中盤に人気が爆発するまでのドキュメント。思ったよりレアな映像が多くて楽しめた。ただ個人的にリアルタイムだったもう少し後のところまでは含まれていないので少々満足感を欠く。

「Dangerous Days: Making Blade Runner」(2007年)(TV録画視聴)

 以前観たことがあるが劇場公開されたことがあったかどうか覚えていないので、その時劇場かビデオかが思い出せない。まあそれはともかく。細部まで追うほどのマニアではないけど、思春期にはまった映画なので特に俳優陣や製作者の苦労話を聞くと完成してよかったなあとしみじみ思う。もちろんこれは製作者サイドなので経営陣については悪く描かれがちだということも注意しなくてはならないが。いろいろ偶然の重なりもあって成功した映画だが(あまり精緻に作られていない面がカルト人気を呼んでいる面もある)、自分としてはとある作家が(やや否定的に)「気持ちよいがボーッと観てしまう」といったことをどこかの座談会で言っていて、それはある意味正しい感じがしている。ついつい心地よい環境ビデオのように観てしまうのだ(しかしその点がこの映画の美点だと思うのだ)。その点では音楽についてのインタビューがないのは惜しい気がした(犬神家の一族も含め、映画においては音楽は重要だなあとあらためて認識)。

  

2019年4月に読んだ本、参加した読書イベント

 大型連休、諸事情で長期間の旅行までは出来ないものの幸いかなり休みが取れたので第14回名古屋SF読書会に参加。課題本は山田正紀『宝石泥棒』。
 (さすがに有名な作品なのでそのまま書いてしまうが)全体の構成としては異世界ファンタジーのように見えて実は・・・、というつくり。有名な作品ながら実は初読だったのだが、長年の強者SF読者でも同じく初読という方が散見されたのは意外だった(それなりの厚さと独特の難読漢字が並ぶタイポグラフィックが敬遠されたせいだろうか)。主人公の意志の弱さや解決力の乏しさへの不満があった。前者については作者がアンチヒーローを描こうとしていたと指摘されていた(この辺りはいわゆる日本SF第一世代が基本的な土台を作り上げた後に登場した第二世代としての屈折が現れているように思われる)。また異世界巡りの割にバリエーションが少ないことも物足りなさとして言及され、それも本来は描く予定があったようだ(他作品『超・博物誌』に使われなかったアイディアが流用されたのではないかという話が出たが、続編『螺旋の月』にも使われているのではないかと思われる)。ただ今でこそ異世界を生態系までふまえて創造する作品も珍しくないが、まだ日本では当たり前ではなくネットもない時代に作者は30歳以前(28歳?)にこのような作品を作り上げたことには驚きの声があった。作者はいまだに作品を発表し続けているが、その時々の時代の動きに呼応している作家でもあり、歩みを追うことにより日本のSFの歴史が見えてくるような貴重な存在ともいえる。ちなみに今回ついでに読んだ『螺旋の月』は1989年連載で今度は大きくコンピュータがアイディアとして組み込まれている。異世界のアイディアを加える部分と現代部分のミステリ的な部分の比重がはっきりせず散漫な印象もあるが、果敢なチャレンジを続ける姿勢が支持を集める理由の一つだと思われる。(あと積んでいた『氷河民族』も読んだが、こちらは懐かしい感じの伝奇SFでワンアイディアの軽い娯楽作品)
 その後2次会3次会まで参加、音楽などいろんな好き勝手なお話を聞いていただきほんとうに楽しい連休の始まりになった。皆様ありがとうございました。

さて相変わらず読書は全体としてあんまり順調ではないが。
『ビット・プレイヤー』グレッグ・イーガン
 テクノロジーが人間をどう変えるか、という考察を科学的に踏み込んで行える点で貴重な作家だが、特に短編でその力が遺憾なく発揮されることを今回も証明。特に「七色覚」は多くの読者の支持を集めそうだ。
『巨星』ピーター・ワッツ
 実はイーガンより年上なのだな。こちらも人間とテクノロジーの関係を追及した点でイーガンと重なる作風だろう。翻訳では初短編集で日本オリジナルということでべスト的な作品集なので粒揃い。非常に面白かった。
天守物語』金子國義/画 泉鏡花/作 津原泰水:監修
 名古屋遠征で岐阜の古書店でゲット(この徒然舎、海外文学・怪奇幻想・ミステリ・SFなどに強く素晴らしいところなのでおすすめ。非常に状態の良い乱歩の昔の本は高額だったが、まだ出版された当初の読者の興奮が伝わってくるようで古書マニアがいるのがよくわかる気がしたなあ。コワいので手は出しませんが(笑)。金子國義の洋画と鏡花の世界のミスマッチがなかなかユニーク。澁澤が指摘した「垂直方向」の物語としての側面を切り口にした監修者津原泰水の解説も素晴らしい。
『郝景芳短篇集』
 「折りたたみ北京」の作者(本書では「北京 折りたたみの都市」)。エクス・リブリスから短編集が出るとは思わなかった。物理学専攻の一方で社会科学の学位も取得しているという多彩なキャリアが融合した作品集になっている。

Eric Clapton@武道館

 Eric Claptonというと大きな変化を続けてきたロックの世界でその時代時代に先駆けムーブメントをつくりながらしかもポピュラリティを獲得し続けた人物だが、その分なんとなく王道過ぎるようなところがあってちょっと当ブログ主は敬遠してきてこれまでライヴに足を運んだことがなかった。ただBob Dylanを追うようになり、特にThem Time Radio Hourを聞くようになってから昔のBluesにも興味が出てきて、その結果世代としては逆の時代の流れからそれをRockに消化した人物としてEric Claptonが気になるようになった。
 武道館のライヴなど久しぶりで前回いつで誰のライヴだったか思い出せないくらいだが、あんな椅子だったけかな。Set listはこんな感じ。マニアではないのでメジャーな曲が並んでいて非常に心地よかった。こうしてみると結構カヴァー曲が多いんだけど、それもBob Marley含めてしっかりRockのツボを抑えているようなところがさすが。実はI Shot the Sheriffも最初のスタジオのやつはリズムが重くて好きじゃなかったんだけど(※追記 書いてから聴くとスタジオのやつ、そんなに重くないな・・・。ただliveによって重く聴こえるやつはあって、この日はいい方だった。バックミュージシャンにもよるのかなあ)それもちゃんとレゲエらしい軽さが出るようになってるんだよね(Tears in Heavenも近年はレゲエっぽいリズムを取り入れている)。とにかくRockの歴史をそのまま見ているような公演だった。時代についていってるのではなくて自ら道をつくってきた人だから公演自体がRockの歴史そのものに感じられるのも当然か。
 アコースティックじゃないLaylaも久しぶりらしいが(噂では10年ぶりとか)、それもありがたかった。Laylaはあの後半部分の転調がいいんで(あのパートを40分ぐらいジャムっていてもいいんじゃないか(笑)、アコースティックバージョンじゃない方がいいんだよね。サプライズでJohn Mayerが登場してのも凄かったね。いや正直John Mayor全然聴いていなんだけど(失礼)、海外アーティストの飛び入りって初体験だったのでツイてたなあ。しかもCocaineやってくれたし(Cocaineがらみの事件や放送自粛の納得しにくい動きがあったりする中で、みんなでCocaineって叫ぶのはRockの中二的な楽しさがあふれていてよかったなあ(笑)。強いていえばよくライヴでやっているらしいファンクっぽいShe's Goneも聴きたかったな。
 メンバーではピアノ音の方のKeyboardのChris Staintonが目立ってたな。素晴らしかった。一方オルガン音の方も渋い演奏を聴かせてくれていたがMike + The Mechanicsにも参加していたPaul Carrackなのか。懐かしい。
 もう少し曲が多くてもよかったかなとも思ったが、高齢のファンが多そうな中で18時始まりでメジャー曲をガンガンやって遅くならないうちに終了というのは優しいのかもしれないな。

クルムヘトロジャンはKrum Petrosyanではないかという仮説

 クルムヘトロジャンがどこの出身であるか長年気になっていた。
 非常に情報が少ない中で唯一の資料となる知香社のウロン文学全集11「へろ」も持っていない(まあ買おうにも価格的に無理だったが)ところで途方に暮れる中、幸いにもネットの時代ありがたいことに内容を確認することができる。そこでなるほどと膝を打ったのは萩尾望都先生による名前の分割説であった。
 クルムヘトロジャン。世には信じられないくらい長い苗字が存在するようだが、それにしても手がかりの得にくい響きである。例えば世界各国の様々なスポーツ選手の名前が毎日のようにニュースで飛び交い、ある程度のスポーツファンである当ブログ主がパッと結びつく感じの名が思い浮かばない。強いていえばアゼルバイジャンが響きとして近い感じがあるが、あくまでも国名であり人名とは違う。ちなみに当然ながらアゼルバイジャンの有名人に近い発音の名はなさそうだ。
 いろんな分割の仕方があり、萩尾望都先生はクルム・へトロ・ジャンの三分割説を提唱されているが、ここでは二分割説を提唱したい。クルム・ヘトロジャンという分割法だ。ただここからは多少批判を覚悟してわが説を唱えなくてはいけない。本当にヘトロジャンという表記が正しいのかどうかということだ。これには異論を唱える人が多かろうと思う。熱心なSFマニアである吾妻ひでお先生が作家の名前表記を間違うのだろうかという点だ。その辺は時代背景というもので解釈していきたい。例えばこの「へろ」の中に残念ながら原語ないしアルファベット表記はない。となると実際の発音との齟齬が生じての表記であった可能性は無視できない。もちろん当方の推論でしかないことを認めるにやぶさかではない。ここはあくまでも推論を披露する場でしかないことは重々承知している。しかし謎の多いクルムヘトロジャンになんとか新たな光を当てたいというのが本稿の目的である。ご容赦いただきたい。
 さてそのヘトロジャン表記に疑念を持ったのはロサンゼルス・エンゼルス所属のリリーフ投手キャム・ベドロジャン(Cam Bedrosian)の名を目にした時である。あたかも天啓を得たかのようにクルムヘトロジャンの謎を解き明かす鍵を手に入れた気がしたのである。
 しかし連続して濁音が続くベドロジャンとヘトロジャンどうにも違和感がある。そこで検索してみると、現在は便利なことにnames encyclopediaの様な各国のいろいろな名前やルーツを調べるサイトがあり、ある程度の情報を比較的簡単に知ることができる(これは合衆国など移民の国で自らのルーツを知りたい人々が多くいることが原因のようだ)。そしてこのBedrosianという名前がアルメニア系であること、また同じくアルメニア系にPetrosyanつまりペトロジアンとやや柔らかい発音の名があることを知った。検索するとロシア・合衆国・ウクライナなどに実際は多いようだが、この辺りは地理的要因が大きいだろう。そういえば人気の高いピアニストのティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)もアルメニアでちょっと響きの似た名前だ。
 だがここで問題になるのはクルムの方である。クルムといえば日本では伊達公子の夫であったミハイル・クルム(Michael Krumm)を連想する人が多いだろうが、あれはもちろん苗字であって、Petrosyanが苗字だとするとクルムは名前first name,surnameということになる。
 そこでクルムという響きにいろんな綴りを当てはめてみたが、例えばCroomという綴りの名があるようだが検索してみると有名人では苗字以外ではミドルネームで出てくるくらいで普通ミドルネーム+苗字で表記することはないからしっくりこない。
 やはりここは素直にKrumという綴りで調べると、ブルガリアの男性名に登場する。それもそのはず、クルムはブルガリア皇帝の名だからである。(サッカー選手やチェスプレイヤーにKrumの名の人がいるようだ)
 話をまとめよう。クルムヘトロジャンはクルム・ペトロジャン(あるいはペトロジアン)でありKrum Petrosyanと表記されるのではないかということ。アルメニア系の苗字であるが、ブルガリアと縁が深い名をつけられていて、そちらのルーツを持つかブルガリアと深い関係を有する経歴を持っているのではないかということ。そうした要素を持ちつつ他の国(合衆国、ロシアあるいはウクライナ)で活動していた可能性もあること。以上が推察された。中~東欧系の文学やSFの文脈からとらえられる人物という可能性がでてきたことになる。思えばわが国では中~東欧のSFが翻訳されてきた。そうした歴史のミッシングリンクにクルムヘトロジャンはなり得る存在なのではないか。有識者によるさらなる検討を待ちたい。

※追記(2019年10月22日)10月13日に吾妻ひでお先生が亡くなられたそうである。 
https://twitter.com/azuma_hideo/status/1186149786287632385?s=20 シュールなユーモアセンスの塊のような人で、漫画に正直疎い当ブログ主以上に熱中した方も沢山おられると思うが、初めて買ったSFマガジン(1980年5月号)にもメチル・メタフィジークが連載されていたし、友人にもファンがいて中学生の頃にセンスを決定づけられた存在であった。SF小説の名作の多くは『不条理日記』で覚えたようなものだった。そしてその創作の影には相当な重圧があったことが『失踪日記』で明かされて、これまた驚かされたものだった。ご冥福をお祈りいたします。