異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2017年4月に観た映画など

劇場で観たのは1本のみ。なのでTVでやっていたものも一緒にまとめて。

『お嬢さん』を劇場で観た。サラ・ウォーターズの19世紀ヴィクトリア朝時代ロンドンが舞台の歴史ミステリ『荊の城』(未読)を日本統治時代の朝鮮に置き換えた韓国映画、という製作過程にして既にひねりのある作品。監督はパク・チャヌク。豪華なお屋敷やそこで繰り広げられる淫靡な朗読会など異様な日本趣味が前面に出ていて、一昔前のハリウッド映画の雑な日本描写とは違った、「細部はきちんとしているがどこかおかしい」ちょっと日本統治が続いた朝鮮をテーマにした改変歴史SFのような持ち味がある。この作品もちろんSFではないのだが、実は舞台となるお屋敷の偏執的な家長は日本趣味の強い韓国人という設定でこれは奇妙な世界を成り立たせる巧みな設定で、同じ時代を扱っても日本映画には見られない斬新なアプローチでそれがしっかり作品のユニークさにつながっていて脱帽。さらに全編を貫かれる変態性が強烈で(日本語の放送禁止用語バンバン出てくる)、こんなのアリかと驚かされっぱなしだった。原作が人気ミステリなのでどんでん返しもあり、見どころたっぷりの作品でかなり癖は強いので拒否感を覚える人もいると思うが個人的には非常に楽しめた。かなりの割合が日本語セリフで韓国俳優たちのプロ意識の高さにも驚かされた。韓国映画の動きは注目したいな。

他はTVで放送していたもの。
『42〜世界を変えた男』(2013年)。正攻法というかシンプルに一つの戦いを描いた感じの作品だが、差別発言をする実在の人物がきちんと描かれているのは立派。Chadwick BosemanはJackie RobinsonとJames Brownをやったことになるんだなあ。

アイアン・スカイ』(2012年)。ナチスをネタにしたコメディとは知っていたが、むしろアメリカが素材で予想以上にアメリカに対するキツめのジョークが目立っていた感じ。右寄りというFOXだけど、やっていたFOXムービーはまた違うのかな。

2017年4月に読んだ本

4月はいろいろ忙しくて少なかったなあ。反省(積読ばかり増えていく傾向がさらに加速しておる・・・)。
『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀
 19世紀ポーランドの農村を舞台にした重厚な『吸血鬼』から一転、今度は第二次大戦中のドイツ都市部で監視の目をかいくぐってジャズに明け暮れる若者たちの狂乱に近い危険な遊戯の世界が描かれる。映像的な作品でもあり音楽との関わりという点で、時代や地域的に隣接した映画「アンダーグラウンド」のブラス音楽が連想されたりもするが、むしろ登場する若者たちの姿により近いのは時代も背景も異なる「ストレイト・アウタ・コンプトン」のヒップホップである。時代の変化を嗅覚鋭く読み解いた若者たちのピカレスクの痛快さが「ストレイト・アウタ・コンプトン」を連想させるのだが、そういった表層的な類似性に留まらず、著者は<若者>という概念の誕生について巻末の「跛行の帝国」において世界的な視点から解き明かしてくれる。その透徹した視座の的確さは怖ろしいほどである。

『海街diary8 恋と巡礼』吉田秋生
 今回は千佳を中心とした回で、冒頭少し古風な(良くない)展開になりそうで不安になったが、そこはさすがベテランで巧く着地したなという感じ。

怪奇小説傑作集4

『FUNGI 菌類小説選集』第Ⅰコロニー オリン・グレイ&シルヴィア・モレーノ=ガルシア編
 なんと音楽レーベルや音楽出版で知られるPヴァインから「マタンゴ」インスパイアの菌類小説集が出たと聞いて、これは購読せざるを得ない。なにしろPヴァインはPファンク系で長くお世話になってきたしねえ(笑)。で、あまり予備知識なく購入したのだが、古今東西の菌類名作を集めたものではなく細菌もとい最近の小説を集めたものだった。ということで翻訳がある作家も何名かいるが比較的新しい世代のショウケースとなっている感じだ。全体としてややSF寄りか。テーマアンソロジーの常でいくつかは同傾向に近い作品がありその単調さはどうしてもぬぐい切れない面はあるものの、正調ホラーのジョン・ランガン「菌糸」、同じ設定を舞台にした作品が読みたくなるキノコ年代記ラヴィ・ティドハー「白い手」、声に出して読みたくなる意匠陰毛細工師マーキン・メイカインパクトが強烈なスチームパンク(猫入りなのでキャット・フンギ・パンク?)モリー・ダンサー&ジェシー・ブリントン「タビー・マクマンガス、真菌デブっちょ」が面白かった。モリー・ダンサーの「オートクチュール人工陰毛マーキンの国際舞台にいきなり現れた。」から始まるプロフィールに一番ウケたかもしれない(笑)。

『ハーレムの熱い日々』吉田ルイ子
 丸屋九兵衛さんの選書フェアが池袋ジュンク堂で開催されており大いに刺激されいろいろ購入。さらに選書フェアはハマザキカクとのバトルの様相を呈し、丸善で全国に飛び火してしまった!これはいけない全国の丸屋九兵衛ファン、ハマザキカクファンよ現地へダッシュだ!
 で購入した本作だが、米黒人社会の大きな変革期である1960年代にハーレムに住み写真を取り続けたジャーナリストの手記。ハーレムの再開発で黒人以外の人種も移り住むように低い家賃で新築の団地が貸し出され、リベラルな白人と結婚していた大学生の著者が大学の住宅担当者からそこを勧められたことから住むようになったことから始まる。そこにはアジア人であったこと(白人は住むのを好まないため)も担当者あったのではないかというなかなか考えさせられる内容も書かれている。ここに本書の大きな魅力があり、ハーレムに飛び込むことでしか見えない社会の様々な面が自身の言葉で書かれている(差別問題への立ち位置の違いから結局その夫とも離婚する)。住むきっかけや本人のプライベートな出来事などまさしくこの時代この著者からしか書けない非常に奇跡的な一冊ともいえるだろう。リベラルな白人と一線を画しあくまでも個人として向き合った視点は当然日本人にもおよび、その鈍感さへの指摘は残念ながら今も妥当であり非常に耳が痛い限りである。

SFマガジン2017年 6月号』
 先日一部だけだがSFコンベンション<はるこん>に参加し、ケン・リュウの実に明晰なトークぶりにいたく感動したのだが、もう一つ中国作家を紹介する立原透耶氏の企画も大変興味深かった。で、今号のSFマガジンのアジア系SF作家特集の三作品を読んでみた。
「折りたたみ北京」郝景芳(ハオ・ジンファン)
 2016年ヒューゴー賞受賞ノヴェラ。大胆なアイディアと下層階級に属する主人公の人間臭い苦悩が見事に融合し、現実の諸問題が浮かび上がってくる評判通りの傑作。
「母の記憶に」ケン・リュウ
 ショートショートといってもいいような作品だが、ありそうでなかったアイディアが見事に情感を醸し出している。さすが。
麗江の魚」スタンリー・チェン
 奇しくも(意図してか?)3作とも時間と人間をテーマにした作品で、「折りたたみ北京」とも共通する格差の問題も背景に感じられる。前の「鼠年」も良かったが今回の方がよりSFらしい。
どれも非常に面白かった。3作品(やケン・リュウ作品)で中華系のSFの印象をひとくくりにするのは問題であることは重々承知の上で印象を書くと、情緒的な部分でやはり共感する部分が大きく、同じ東アジアのせいか共有する文化的な部分によるものなのかもしれない。魅力的な作家が多くいるようなので今後中国の作品の紹介が進むことを期待したい。
※2023年7月追記
 SFマガジン2017年6月号日本作家の2作を遅れて読んだので追記
「スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾」藤田祥平
 作者は当時ゲームコラムで注目されていたようだ。いつからか小説以外の分野の若手による非SFをSFマガジンに積極的に載せている流れがみられるね。作品は、大学の卒業課題を「スローターハウス5」の評論と全訳にした主人公の日々を描く青春小説。今存在するのか疑問符が付くような酒まみれの大学コミュニティが活写されていて、切なくなかなかいい感じではあるが(あえてではあろうが)オールドスクールっぽさもある。
「コンピュータお義母さん」澤村伊智
 折り合いの悪い義母が老人施設からネットワークを介して家の中を支配していく。現代の日常から秀逸なアイディアで古くて新しい現代の怪談を描くのが上手い作家である。

『怪奇小説傑作集4 フランス編』

怪奇小説傑作集4<フランス編>【新版】 (創元推理文庫)

 4巻目はフランス編。これまでの巻と毛色が異なっている。
 特に面白かったのはヒロイックファンタジーの先駆ともいえそうな(しかも主人公は完全な悪漢)サドの「ロドリゴあるいは呪縛の塔」、科学の闇の部分を描きこれまた現代に通ずるボレル「解剖学者ドン・ペサリウス」、美しい幻想詩のようなフォルヌレ「草叢のダイヤモンド」、怪奇というよりは一般文学あるいは心理小説だが印象的なドルヴィリ「罪のなかの幸福」、なんとも首回りが苦しくなるような描写が光るモーパッサン「手」、短くシンプルだが映像的で鮮烈なシュオッブ「列車〇八一」、自転車がモチーフというのがユニークで奇妙な味わいの「自転車の怪」。
 渋澤龍彦の解説にもあるように心理や人間に比重を置きがちなせいか、いわゆる怪奇小説のおどろおどろしいイメージとはたしかに少しずれた感じの小説が多かった。たとえばユーモア色が目立っていたり恋愛がモチーフになっていたりラストがあまり締まっていなかったり(ただラストに関しては19世紀の作品が多く、形式への意識が高くないこともあるのだろう。むしろそこが良かったりもするのだが)。その一方で傑作とまではいえないが後を引くような作品も目立ち、本人はロマン派に批判的だったというのが意外なくらいに幻想にのめり込む主人公の強迫的な姿がよく描かれているゴーティエ「死女の恋」、恋愛テーマとはいかにもフランス的と思わせながらサイコな主人公が実に不気味な「恋愛の科学」、一種の超能力もので切れ味の悪いラストが妙に気になるアポリネール「オノレ・シュブラックの消滅」といったところがそうだし、またファレール「幽霊船」の阿片、エロ「勇み肌の男」の決闘、ロラン「仮面の孔(あな)」の仮面舞踏会、モーラン「ミスタア虞(ユウ)」の中国趣味など背景の時代を感じさせてくれる。
 作家たちの個性もそれぞれだが、迷信的な作家が狂熱的な小説を書き、理性を重視する作家が理知的でクールな作品を書いているかというと意外とそうでもないところが面白い。作家本人の話は好きで作品を読む手がかりになることも多いが、基本的には作品というのは本人と独立して考えた方がいいのだろうなあとあらためて感じた。

2017年3月に読んだ本

昔買って積んでいた文芸誌を結構拾い読みした。


『新潮』2015年9月号
川上未映子「苺ジャムから苺をひけば」
 腹違いの姉がいることを知った少女。技巧的には文句なしだが、手堅過ぎるのと子どもたちが妙に大人びているのが気になりいまいち。
金井美恵子「孤独の讃歌」あるいは、カストロの尻
 そこへいくと金粉ショーの男性ダンサーを扱ったこちらは一見昭和的な題材を扱っていても切り口が新しくさすがである。面白かった。
『新潮』2015年11月号
新潮新人賞 「恐竜たちは夏に祈る」高橋有機子 
 義父の介護に追われる衿子のもとに義父の孫緋鞠が訪れる。夏休みの間ということで、緋鞠視点では青春小説となるがなんとなくズケズケものを言う若者というパターンそのものが苦手なのかまあ普通ぐらいの印象。
「主催者」絲山秋子
 コンビニ博に行く導入からまさかの展開になるショートショート。実は初読なんだが、他も読まないとな。
第二十三回萩原朔太郎賞「雁の世」川田絢音
 長く海外に住みながら日本語の詩作を続ける詩人。背景を知ることによってその重みの一端に触れる。こういう創作人生もあるのだなあ。選評で川口晴美Tiger is here.』という詩集がアニメTiger&Bunnyを基にしていると知る。詩の世界にもそういうのがあるんだと驚かせれる。世の中には知らないことが多い。吉増剛造の文体も面白い。
アンドレイ・クルコフ×亀山郁夫ウクライナについての対談も(少し前だが)ウクライナの複雑な状況が伝わるものだった。
斎藤環青山七恵「繭」評は以前livewireで見た宮内悠介との対談に出てきた「オープンダイアローグ」のことが扱われている。
『新潮』2015年12月号 
「異郷の友人」上田岳弘 
 他人の記憶が入り込んでしまうという設定は面白い。が、実際のお笑いネタが入るのはどうも苦手なんだよな。特にこっちが知ってるとその部分が浮いているように感じてしまって。うまくはまると効果があるのかもしれないけど、ちょっと前の掲載だというズレもあるかなあ。
「岩場の上から」黒川創 
 近未来を舞台にした核燃料処理施設の話でこの時は新連載の冒頭部分のみ。もう既に刊行されているみたい。
「人違い」古井由吉 
 実は初めて読むがさすがに巧い。
「店」福永信 
 書くと死んでしまう病に侵された人物の独白。後半ちょっとのれない気がしたけどこちらの理解が追いついていないかもな。
「God Bless Baseball岡田利規 
 日本・韓国の野球話を題材にした戯曲。たしかにWBCなどで日韓台の野球史の違いは野球ファンとして興味を覚えるようになったな。
「文字の声」華雪 
 王義之の書を題材にした書家によるエッセイ。なかなか良かった。

海底二万里ジュール・ヴェルヌ 
 新潮文庫版を電子書籍で。初読。意外にもバッドエンド風味でびっくり。能天気な中盤はなんだった(笑) ストーリーテリングは時代の違いを考えると凡庸と評価するのは酷だが、傑出しているとはとてもいえず科学描写に興味が持てないと多少退屈だろう。それにしても生物関係の名前の羅列は執拗で科学性にこだわったヴェルヌの立ち位置がよく現れている。その科学性へのこだわりは飛躍した想像力を優先させたウェルズに後代への影響力という意味でかえって劣る結果になった印象はぬぐえないものの、その分当時の科学知識や思考過程の貴重な記録となっている。フィクションだからこその大胆で自由な発想の記述が残っているわけで、学術論文や記事から抜け落ちるものが入っているのではないだろうか。現在詳細な科学解説つきのヴェルヌコレクションが刊行されているのも時代が回ってその功績が見直されているためだろう。

『人間の条件』ハンナ・アーレント 
 読了するのに随分かかってしまった(苦笑)。こういった政治哲学本を読みつけていないので、結局あまり理解できなかったのだが、労働についての根源的な問いかけはかなり重いものなのではないかという印象を持った。


SFマガジン』2012年2月号 日本作家特集
ヨハネスブルグの天使たち」宮内悠介 
 既読
「小さな僕の革命」十文字青 
 ネットものは時間が経つとキビシイ感じだな・・・。まあラノベテイストが好みではないせいもあるのだが(ばらしてしまった(笑)。
「不思議の日のルーシー」片理誠 
 手堅い青春SFといったところ。
「真夜中のバベル」倉数茂 
 これも青春SFといえるが言語アイディアがちょっと面白かった。日本SFの大きな流れの一つでもあるよね。例えば川又千秋、牧野誠、伊藤計劃
「ウェイプスフィールド」瀬尾つかさ 
 研究者と少女のコンビが巨大海藻の謎を追うハードSF(後編まで読んだ)。これはオーソドックスだけど今回読んだ4編の中では一番楽しめた。他の作品も読んでみようかな。

怪奇小説傑作集2

『怪奇小説傑作集2』英米編Ⅱ

 kazuouさんの怪奇幻想読書俱楽部に参加しているので、まずは『怪奇小説傑作集』は読まないと。というわけでようやく2。(でも3は読んでるんで1~3まで終わったんですよ!<誰へのアピールか(笑)
 2巻は1巻の19世紀末から半世紀、20世紀前半の作品が収録。

「ポドロ島」L・P・ハートリー よせばいいのにいわくつきの島に向かう一行。この人の作品はニューロティックでいいよなあ。同名の短編集も積んでいるから読まないと。
「みどりの想い」ジョン・コリア 有名な作品で何度目かになるが妙なユーモアが癖になる。
「帰ってきたソフィ・メイスン」E・M・デラフィールド これはコメディにしか読めないんだが。
「船を見ぬ島」L・E・スミス 話そのものはよくありそうな孤島ものだが、なかなか雰囲気がある。
「泣きさけぶどくろ」F・M・クロフォード これも珍しい筋ではない気がするが、独白の語り口と終盤の映像的なインパクトがよい。
「スレドニ・ヴァシュタール」サキ サキも積んで長いんだが、早熟な少年と抑圧する保護者という図式が効果的。
人狼」フレデリック・マリヤット 話はタイトルで丸わかりなんだけど家族ものでもあるので現実にあるさまざまな出来事を想起させて何とも身の毛もよだつ話になっている。厭ホラー。
「テーブルを前にした死骸」S・H・アダムズ 切れ味の良い掌編。ただオチのネタそのものはどこかで聞いたことがあるような気もしないでもない(むしろこっちが元ネタなのかもしれないが)。
「恋いがたき」ベン・ヘクト これまたサイコ的な風味のある腹話術ものだが割としんみりしている。ジョン・キア・クロス「義眼」も腹話術ものだったが、あっちは不気味さが強かったな。
「住宅問題」ヘンリー・カットナー 部屋を間借りしている人物が大事にしている覆いのかぶった鳥籠。SF作家としてよく知られる著者だけにアイディアストーリー的なカラーが強い。個人的には非常に面白かった。
「卵形の水晶球」H・G・ウェルズ これも名作で何度目かになるが、怪奇小説集の中にあると謎に理論的に挑む要素が目立つね。
「チェリアピン」サックス・ローマー フーマンチューのことはよく知らないのだが、怪しげな人物を描く欲求が強いのかな。
「こびとの呪い」E・L・ホワイト 未知の第三世界への怖れといった視点が感じられる今となっては時代を感じさせる内容だが終盤の映像的な不気味さはいいね。

 古典的な怪奇小説から、人間心理の怖ろしさに視点を置いたものや科学的解明にアプローチしたものやユーモアに寄せたものなど多様性が出てきたのが時代の変化なのかなという気がした。