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異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん

The Residents公演@ブルーノート東京

 時々CDを買ったり、レコードコレクターズの特集号を買ってみたり。そういえばCD-ROMの“Gingerbread Man”を買ってみたこともあったっけ。ザ・レジデンツ
とにもかくにも正体不明のグループである。どうやら活動開始は1968年に遡り(「明快で曖昧、奇怪で愉快な目玉 ( レジデンツ )の世界」湯浅学 『レコードコレクターズ1998年4月号 特集レジデンツ』より)、ファーストアルバム1974年から数えても40年以上、目玉のイメージだけが一貫しているが妙に旺盛で息の長い創作意欲で音楽のみならず映像製作、早い段階からマルチメディアに取り組んでおり夥しい数にジャンルレスの作品群。扱うものも森羅万象何でもあり。しかもおよそ一般的なコマーシャリズムとは相容れぬ規格外の内容ばかりという有様である(なにせ最大の話題作『エスキモー』は「イヌイットの伝統的習俗をシンセサイザーと打楽器と歌唱により再現したもの」(同項より)だったりする)。

Residents-Eskimo (1979) Pt.1 HD
比較的見えてきやすい切り口としては<文明批評><諷刺>である(たとえば第三帝国のロックンロールをテーマにした2ndアルバム『ザ・サードライヒンロール』はロック産業を皮肉っている)。しかし『エスキモー』をディスコ化した『ディスコモー』に至ってはどう思えばいいのか。

The Residents - Diskomo
さらに2000年にはダメ押しのように『ディスコモー2000』まで出てしまい頭を抱えざるを得ない。
 しかし元より変なもの妙なものが気になって仕方のないブログ主である。長年の謎を解くきっかけらしきものがやってきた。そのザ・レジデンツが日本公演を行うというのだ。これを見逃す手はない。

 さて断片的な知識のない中(数枚のみしかアルバムを持っておらずまともに聴いたのは『エスキモー』ぐらい)、とにかく何かしらとっかかりでもつかめればと会場に向かったのだが、やはりライヴというのはありがたいものでこれがなかなか面白かったのだ。
 どちらかというと稚気にあふれた表現集団といった印象で、いわゆる芸術運動の歴史的な経緯からとらえようとしても抜け落ちる部分が多いのではないかと思う。個人的には怪奇趣味がルーツとして重要な位置を占めるのではないかと思う。死や幻想など日常を超える世界のイメージが繰り返し提示される。しかしそれは必ずしも哲学的なものではない。『フリーク・ショー』というアルバムもあるようにそのセンスに源に見世物小屋がるように思えてならない。子供の体験する異世界への入り口、恐怖そういったものが作品世界の根底にあるのではないだろうか。アメリカンゴシックの系譜でとらえてもいいのかもしれない。
 最近はありがたいもので(どれくらい正確かは分からないが)もうセットリストが確認できる。Hank Williamsのカヴァーというのにも一つのルーツなのかな。これを参照にいろいろアルバムを買っていこうかなあ。
 
The Residents Concert Setlist at Blue Note Tokyo, Tokyo on March 21, 2017 | setlist.fm

 

 ちなみにヴォーカルとキイボード(特に後者のお腹が随分出ていて、衣装とあいまってなんともいい感じのキャラクター感になってたのが可笑しかった。

The Residents - Man's World (James Brown cover)
 この頃の目玉集団は随分スリムで同じ人たちが太ってしまったのかもしれないが年月の重みなのだろうか(笑)。

 

2017年3月に観た映画

まだ3月も1週間あるが、たぶんこの2本で劇場で観た分は終わりそう。

『ショコラ』実在の19世紀末の黒人道化師を元にした作品。白人の芸人とのコンビで一世を風靡する中で周囲の差別や二人の葛藤などが描かれる。ショコラを演じるオマール・シーは人懐っこい笑顔と素晴らしいスタイルで魅力があった。俳優としても近年活躍しているようだが、元々白人とのコメディ・ユニットを組んでいるというのもはまり役といえるだろう。また映画でコンビを組むフティットも同性愛者で周囲に打ち解けることができないことが暗示されるなどマイノリティの苦悩がテーマになっている。この難しい役を好演しているジェームス‣ティエレはチャップリンの孫だそうでそういえばなんとなく面差しが似ている。全体としては少々甘めな内容だが、時代背景などは興味をそそられ元となったノンフィクションは是非読みたいところだ。
ショコラ 歴史から消し去られたある黒人芸人の数奇な生涯

『哭声(コクソン』 韓国のうらびれた村に謎の日本人がやってきてから奇妙な病気や血腥い事件が起こる。というホラー映画。國村隼が裸で奮闘していると聞いて楽しみにしていたが、想像以上に裸で出ている割合が多かった(笑)。少々コミカルな前半で油断をさせておいて後半韓国映画らしい激しい描写と情念、ツイストに次ぐツイストで畳みかけてくる。大変面白かった。主人公の情けない警察官を演じるクァク・ドウォンをはじめイケメンとはいえない顔が揃うのも好み(個人的にはソン・ガンホとかこういった方面が韓国映画の顔なのよ笑)。子役も見事な演技だった。一方で謎も多く、その辺り気になったので町山さんの映画ムダ話の解説を聞いてみた。ここで出てきた合わないパズルのピースをはめていく手法にはこの映画に限ったことではなく若干疑問を感じなくもないのだが、ともかくさすが町山さんという鮮やかな分析だった。『エクソシスト』似てるというのは観ている間に自分も感じていたな。個人的には近代化から取り残された村というのが非日常的な世界に人々が引きずりこまれるこの映画の重要な背景なのではないかと思う。切り立った山々とひなびた村の風景がストーリーを支えているのだ。だからこそ終盤の異様なテンションが観客をぐいぐいひきつける。こんな怖ろしい役の國村隼が大人気となり賞を手にした韓国映画界やるねえ。

2017年2月に読んだ本

『剣の王―紅衣の公子コルム3』マイクル・ムアコック
 実はコルムまだここまで。最後は豪華キャラクターで盛り上がりを見せたなあ。ジャリーの飄々とした狂言回しぶりがよい。さて後半3部作はいつになるか・・・。

『マンボ・ジャンボ』イシュメル・リード

『中国遊園地大図鑑 北部編』関上武司
 丸屋九兵衛meetsハマザキカクの異色編集者対談でも話題に上がっていた、ハマザキカクの大当たり企画。先日ustreamを見ていたら、廃墟化した遊園地で農作物を植えてニワトリを食用にしソーセージを作りサバイバルする従業員という想像を遥かに越える世界が繰り広げられていたので(それは北部編ではないのだが)、第一弾である北部編を購入。やはり面白かった。予想していたより多くの場所が登場し、遊園地、抗日テーマパーク、公園だけでなく学校まで出てくる。こうした光景が広大な中国で繰り広げられていると思うといわゆるパクリだとかそういう単純な言葉では語り切れないものがあるような気がしてきた。まったくもって世の中知らないことが多い。物の見方も変わるほどである。各地のニセモノたちの顔つきや雰囲気にどこか共通するところがあるのも面白かった。もしかしたらパクりにも伝搬する経路があるのかもと考えるとまた楽しい。

『遁走状態』ブライアン・エヴンソン
 自分の存在が不確かになるような話が多いが、淡々とした中に胸がざわざわするようななんとも嫌な感じが漂うところに特徴がある。なかなか面白い個性の作家だと思う。

『夢の本』J・L・ボルヘス
 最近はじまり非常に楽しく参加させていただいているkazuouさんの“怪奇幻想読書会”第4回の夢テーマに合わせ読了。古今東西の夢に関するエピソードや散文が(自身のものを含め)並ぶ。ボルヘスらしい切り口で緩やかに連なり、印象的なものも多くさすがといった感じ。

ストーナージョン・ウィリアムズ
 第一回日本翻訳大賞の読者賞受賞作。一人の不器用な文学教師の人生が描かれ、訳者の思いや主人公と妙にマッチした地味な著者の名とか本というのは内容以外にもいろいろからなる不思議なものだなと思う。全体として面白かったものの、主人公自体かなり独特の人物で妻や子の視点からはどういう小説になったかつい考えてしまう。でもそういった主人公であることも美化せず書いてあるということでもあるんだよなあうーむ。

『マンボ・ジャンボ』イシュメル・リード

{マンボ・ジャンボ (文学の冒険シリーズ)}

 P-Funk mythology(当ブログの関連記事1関連記事2)の原点ともいわれる作品で、個人的にはもっと早くに読むべきだった本。遅れてしまったが読了。
 ダンスが止まらないという奇妙な感染症ジェス・グルーをめぐり監視・抑圧を強めていこうとする白人勢力と対抗する黒人(とその仲間の)勢力の戦いが描かれる。
 踊らない汗をかかないサーノウズ=太陽神(アトン)信仰で弾圧側のヒンクル・フォン・ファンプトン
 Funkを広めようとするスターチャイルド=ヴードゥーによる黒人解放を(たぶん)目指しているパパ・ラバス
といった対立の図式がP-Funk mythologyと重なる。
 一方P-Funkと比べると本作は宇宙・SFがらみのエピソードは控えめでむしろ古代エジプトや歴史がからんでのオカルト偽史ミステリといった趣き(もちろん古代エジプトParliamentのTrombipulationではメインアイディアになっているのでやはり共通点はある)。またはっきりと白人vs黒人の対立図式となっているのもP-Funkとの違いでこの辺りはメディアや表現形式の違いもあるのだろう。興味深いのは本作が1972年の作でいわゆる公民権運動の大きな犠牲を生々しく記憶にとどめながらその50年前の1920年代を舞台にしているところである。そのため、1915年の出来事である、より直接的な黒人差別の問題あるいは黒人初の独立国家ハイチへのアメリカ介入が織り込まれている。これは公民権運動後も根強い問題が残り続けることを作者が認識していたことを示し、残念ながらアメリカをはじめ現在の世界を見るとその懸念は当を得ていたといわざるを得ない。
 なにはともあれ、強烈なリズムを叩き出し過去も現在も史実も妄想も渾然一体に描き出す文体はエネルギッシュで力強く時代を超越している。ポップブラックカルチャーそのものを肉感的に伝えてくれるマイルストーンといえると思う。

BEST SF2016投票

森下一仁さんのSFガイド恒例BEST SF2016に今年も投票。

『エターナル・フレイム』グレッグ・イーガン 1点
 このシリーズは物理学の根本から世界を作り上げるアイディアと主人公たちのSFとしてはオーソドックスな擬人化という組み合わせをどうとらえるかだと思うが、個人的にはユニークなチャレンジとして評価をしたい。
『死の鳥』ハーラン・エリスン 1点
 エリスンのベスト選集だから当然面白いのだが、個人的には“Deathbird Stories"の全訳が出て欲しかったなあ。
『宇宙探偵マグナス・リドルフ』ジャック・ヴァンス 1点
 事件を解決するのが爺様探偵というのからしてセンスが秀逸。ヴァンスはやっぱり楽しい。
『ロデリック』ジョン・スラデック 1点
 個性的な登場人物のすれ違いによるSFコメディ。妙な凝り性ぶりが細部に見られるのも可笑しい。
『ゴッド・ガン』バリントン・J・ベイリー 1点
 意外に多彩な作品を残していたことが分かる好短編集だった。ベイリー入門編に最適。

ケイト・ウィルヘルムの『翼のジェニー』入れるの忘れてたな・・・。それにしても古いのが多くなってしまったので今年はなんとかしたいな・・・。

2017年1月に読んだ本

『ストップ・プレス』マイクル・イネス 殊能将之氏のホームページでの秀逸な紹介から13年余り、翻訳刊行されてから11年余り、ふと思い立って読み始めたらミステリ慣れしていない当ブログ主にも(年末年始の休みを使うことによって)意外にすんなり読めた。癖の強い人物たちによるひねくれたエピソードやちりばめられたペダントリーに英国らしい味わいがある。そもそもなかかな殺人が起こらないとか(笑)。

『てなもんやSUN RA伝』湯浅学 前記したlivewireの吉田隆一VS丸屋九兵衛イベントの下準備に読了。実はイベントではあまりSun Raの話は出なかったのだが(笑)。ネットなどで曲を聴きしながら読んだ。作品が膨大でジャズに明るくないのでどこから手をつけていいか迷っていたが、本書で手がかりを得られた気がする。大変強い信念の持ち主で困窮していても迷わず突き進む真摯な姿が印象的で大変面白かった。晩年救急病院で問診に手こずる救急医に専門医が「この人は土星人だよ」と教える下りが最高。ついでにSun Raの映画「Space is the Place」入手困難のようだが、youtubeにあったので本書を参照しながら観てみた(ちなみにアップされているのはSun Raが削除を要求したと思われるシーンの残るバージョンっぽく、本書に書かれているがそちらが発売されたこともあるそうだ)

www.youtube.com

フィクション仕立てでブラックスプロイテーションと彼の宇宙的センスが融合した興味深いものだった。当然P-funkに近いが、1972年頃だとするとParliamentの宇宙路線より早いことになる(George Clintonは観たのだろうか)。

デヴィッド・ボウイ: 変幻するカルト・スター』野中モモ 熱心に聴いてきたわけではないボウイだが(アルバムの一部は発表された時代より後になったものの愛聴してきたし世代的にもある程度流れは把握しているので)、ポピュラー音楽の分析が近年は大分進んできているなあと感じた。翻訳家でもある著書のため歌詞などでの言葉遊びや引用についての言及も説得力があるし、他にもいろいろ発見があって面白かった。デヴィッド・ボウイはポピュラーミュージックのアーティストというより、ポピュラーミュージック(ロック)を使ってポップ・アートを表現したポップ・アーティストだったんだなあと思う。これからもいろんな角度から見直すことことができる人だろう。

SFマガジン 2016年4月号』 デヴィッド・ボウイ追悼特集号。随分遅れてしまったがこれも上記イベントのために読んだ。読み切りのみ感想を。
overdrive円城塔 思考のスピードが加速したらという着想。やっぱりこの人は凄いね。
「烏蘇里羆(ウスリーひぐま)」ケン・リュウ 満州を舞台にしたスチームパンクといったところか。日本作家が書くべきだが書ききれないところを書ききって傑作にしているように思える。作品の質がいつも高くて驚かされる。
「電波の武者」牧野修 久々に読むが、言語実験的なところがこういった方向性にいってるのか。「月世界小説」も読まないとなあ。
「熱帯夜」パオロ・バチガルピ 「神の水」スピンオフということでいかんせん短い。
「スティクニー備蓄基地」谷甲州 一篇では完結してなかった。<新・航空宇宙軍史>の短篇をSFマガジンで時々読むがクールな筆致がなかなかいいよね。
「七色覚」グレッグ・イーガン 視覚機能を拡充するインプラントが人間をいかに変えるかという実にイーガンらしい作品。もちろん面白いのだが、必ずしもスケールのデカい話になるわけではなく人生への諦念みたいなものがみられるところにイーガンの変化が感じられる(悪くない)。
「二本の足で」倉田タカシ NOVA2の「夕陽にゆうくりなき声満ちて風」しか読んだことがなかったので、思ったよりも普通の話で少々意外。アイディアもやや平凡に感じられたが移民をテーマにしておりアクタヴィア・バトラーやジャック・ウォマックが好きということのようて http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/150901.shtml なかなか気になるセンスの持ち主なのでまたほかの作品も読んでみるか。
デヴィッド・ボウイ追悼特集。現在少し時間をおいて読んでみると少々駆け足気味な内容だが、SFマガジンがミュージシャンが表紙にするのは初めてらしく、今後こういったメディアミックス的な方向にいく分岐点となるものではないかと思われ非常にエポックメイキングな号といえそうだ。こうした方向性について個人的には良いも悪いもなく自然な事だろうと思っている。
「やせっぽちの真白き公爵(シン・ホワイト・デューク)の帰還」ニール・ゲイマン 基本的には小品だが、2004年の本作品もボウイの死後には、<帰還>の場面の永遠性が感慨深く感じられる。端々にボウイへの敬意を感じられるところもいい。

『スペース金融道』宮内悠介 次々にいろんな作品を送り込んでその動向に目が離せない著者だが、本作はどんな相手からでも容赦なく借金を取り立てる二人組が主人公のユーモア連作SF。が、むしろアンドロイドの出現で変貌した未来社会が主要なテーマで、現代化されたロボット三原則といった感じのアイディアも含まれており、また著者の新たな面を見ることができる。

フレドリック・ブラウン傑作集』(サンリオSF文庫) 「闘技場」「星ねずみ」といった名作は今でも面白いが、時代の変化によって印刷技術の部分が分かりにくくなっている「エタオインさわぎ」やブラウンの文明に対する考えや「不死鳥への手紙」などにかえって作者のの手触りが感じられたりする。訳者の星新一が翻訳を始めたころの話で創作を加えていた話をあっけらかんと明かしているところにも時代を感じさせる。

『宇宙飛行士オモン・ラー』ペレーヴィン 再読。戯画化されたプロジェクトXみたいなノリでバカバカしい理由で面白くも悲しく登場人物たちが英雄的な犠牲を払う下りがやっぱり読みどころだと思った。

『ゴッド・ガン』バリントン・J・ベイリー

1984年』ジョージ・オーウェル(ハヤカワepi文庫)
『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー(古典新訳文庫)
 恥ずかしながらいずれも初読だがディストピアSFの古典を読んでみた。しかしこの二つ随分毛色が異なるし目指したものにも差があるように思われる。『1984年』は抑圧された社会と個人の関係が描かれ共産主義下のシリアスな文学と共通するところがある。また社会を管理する側が言語の幅を狭めることによって人間の思想をコントロールしようとする恐ろしさや逆に個人が自ら記述を行う重要性が描かれ言語学的なテーマに重きが置かれている。一方『すばらしい新世界』の方は技術の進歩によって社会や人間がどう変化するかといったところに主眼が置かれている印象がある。両作品とも古典文学の引用なども多く多重に意味の重ねられた歯応えのある作品だが、『素晴らしい新世界』の方は強いていえばSFによる思考実験と伝統的な文学趣味を融合を試みたトマス・M・ディッシュに相通じるものがあるように思われた。

『ゴッド・ガン』 バリントン・J・ベイリー

ゴッド・ガン (ハヤカワ文庫 SF ヘ)

 久しぶりに感想を(苦笑)。
 ニューウェーヴ世代の作家ながら荒唐無稽なアイディアが作品のコアとなるあまりに独特の作風のためムーブメントから浮いてしまい、結局日本では1980年代に再発見される形で一部に熱狂的な支持を受け<SFマニアのアイドル>ともいわれるほどのブームを巻き起こしたバリントン・J・ベイリー(そうあくまでも一部、というのがこの人のポイント)。当ブログ主はそのブームの真っ只中にSFにハマり始めたので思い入れの強い作家である。とはいえ実は結構ペシミスティックな話が多かったり、短篇集『シティ5からの脱出』はマイベストSF短篇集の一つではあるものの、長篇では破綻が無視出来ない瑕になっている印象が強く、『カエアンの聖衣』や『時間衝突』もかなり面白かったが実は再読はまだでどこか判断を保留してしまっているところがある。
 というわけで(SFマガジンで既読の作品もいくつかあったため)さほど期待せず読み出したのだが、この短篇集期待以上によかった。
「ゴッド・ガン」 神に与えられた銃ではなく、神を撃つ銃という発想がさすがベイリー。多少出オチっぽいがそれもまたベイリー。
「大きな音」 宇宙に音は届かないはずでそれはわかっているよーといった箇所もある。ただ妙な形而上学的言説がいつもは読みどころになるのだがそこは割にサラリと流れて大らかなユーモアの漂うホラ話になっている。
「地底潜艦<インタースティス>」 レトロ趣味ともいえる地底冒険SF。アイディアも滅茶苦茶ならストーリーも行き当たりばったりというこれぞベイリーといいたくなる楽しさ。他にない持ち味という点ではこれが一番かなあ。
「空間の海に帆をかける船」 アイディアSFだが興味のある場所があれば危険を顧みずずんずん入っていくリムは著者自身と重なって仕方がない。
「死の船」 強引な(正直よくわからないがベイリーにはよくある(笑)時間理論と主人公の苦悩が重なるというこの辺の不思議な重さもしばしば垣間見られる特徴。
「災厄の船」 なんとファンタジーである。人類と異なる種族の関係とかムアコックの影響がはっきり見えるのがちょっと微笑ましい感じ。
「ロモー博士の島」 もちろんH・G・ウェルズのパロディなんだが性が題材になっているところがこの人としては多少意外。こんなのも書いていたんだなあ。
「ブレイン・レース」 瀕死の重傷を負った友人を救うべく手術名人のチドという種族のいる星系へ行ったが・・・。不気味なユーモアが凄いな。狙ったのか偶然かよくわからないヒドいオチも度々みられるねベイリー作品には。
「蟹は試してみなきゃいけない」 まさかの蟹SF(蟹だけど宇宙人なのでSF)。蟹が主人公の小説って他にあるんだろうか。やることしか頭にないボンクラ少年たちのちょっぴり切ない青春グラフィティ。賞に恵まれなかったベイリーが英国SF協会賞短編部門を取った作品。
「邪悪の種子」 不死身の体を持つ異星人の秘密に取りつかれた外科医によるピカレスク冒険SFで、これはなかなかしっかりと完成度の高いサスペンス小説。この「不死身」がゾウガメで、蟹だとか蜜蜂だとか既にいる生き物をそのまま異星人として持ってくるところがベイリーはあるね。動物好きなのかなあ。
 以上大変バラエティに富んだ一冊だった。思えばベイリーは英ニューウェーヴSF勢の一人で書くことに自覚的に取り組んでいただろうし、決して巧いとは言えない作家だがその試行錯誤の痕跡が本書には見られる。その分、架空理論の歪みとイメージの強烈さでカルトクラシック的なインパクトが前面に立つ『シティ5からの脱出』に比べ、本書は入門編に最適なのではないか。